災禍を招く異世界の最強竜の話①
――天気は快晴。何処までも広がる青く澄み切った大空と、同じく見渡す限りの蒼い大海原が視界を埋め尽くす。
場所はウッドガルドから大きく離れて、ドライグ王国領海上空。
ウドガルホルムの復興作業が一段落つくとともに、天翔ける船箱が再び飛行可能になったため、レフィリア以外の一行はエステラに連れられてラスター族組の故郷、アルバロン島へと向かっていた。
目的としてはルヴィスとサフィア、ジェドの装備の点検及び再調整と、魔法職組のための専用武装を準備するというもの。エステラの見立てでは、遅くても一週間は掛からないだろうと言われている。
とりあえずウドガルホルムにはレフィリアが一人残っていれば、ある程度の襲撃なら仮に起きたとしても大丈夫であろうが、なるべくなら早く戻ってあげたいとクリストル兄妹や賢者妹は思っていた。
「今日は雲一つなくて、本当に気持ちの良い天気ですね。空の霞も全然ないので、遠くの島々までよく見渡せますよ」
船箱の窓から外の景色を眺めてそう述べるサフィアに、ソノレが横に並んで声をかける。
「本当にそうだねえ。今日の素晴らしい青空と蒼海は、まるでサフィアさんの綺麗な髪の色みたいだよ」
「え……? えっと、どうしたんですか急に……?」
「気にしないで下さい。この男、もともと女好きなので同年代の女性とか見かけるとすぐ声をかけてそんな事言ったりするんですよ」
「こらこら、ノレナ。そんな風に言ったら、まるで私が軟派男みたいじゃないか」
「違うとでも言うんですか? せっかく元通りにしてあげた貴方の手首にでも聞いてあげましょうか」
「あー、止めなさい! せっかく生えてきた私の手をもう一度千切ろうとするんじゃあない! ていうか、捻らないで!」
ノレナの超級回復魔法、レインステイトによって再生を果たしたソノレの手首を、ノレナは護身術の要領で掴んでは痛みを感じさせる方向に捻り上げる。
その様子はまるで夫婦漫才のような雰囲気で、それを見たサフィアはふと笑ってしまっていた。
「しかし、これだけ周りにワイバーンが沢山飛んでいるというのに全く気付かれないなんてスゴイですよね。光学迷彩っていうんですか? 技術的にとても興味があります」
サフィアのすぐ傍で同じように窓から外を眺めていた賢者妹が、そんなことを呟く。
確かに船箱の周囲一帯にはまるでカモメの群れのように、魔王軍の巡回警備隊としてワイバーンの影が飛び回っているのだが、完全に透明化した上で更に高い位置を飛行している船箱が認識されることは一切ない。
「勉強熱心で感心ですね。僕とこっちの莫迦はその便利な機能を活かして、あちこちを楽々移動出来ているという訳です。それにこの船箱に興味が持てるのでしたら、アルバロン島でも色々と変わった技術に触れることが出来ると思いますよ。エステラさんの工房を覗くだけでも楽しめるかと」
「わああ、それは楽しみです。この世界に広まっていない、超古代から伝わる技術の数々を目にすることが出来るなんて」
賢者妹は闇の神殿で自分の命を救ってくれたノレナにとても懐いており、ウドガルホルム復興中の数日間でお互いにとても仲良くなっていた。
彼女がノレナに話しかけたことで開放されたソノレは、捩じられた手首を擦りながら疲れたように息をつく。
「ああ、痛かった……。しかしこの娘もすごく優秀そうだからねえ。僕らの島に何日かいたら、エステラ並みの知識が身につくんじゃないの? まあ、技術流出だけは勘弁してちょうだいね」
「彼女はとても良識がありますのでそんなことはしませんよ。僕の新しい友人を悪く言うと、また手首を捻りますよ?」
「いや、別に悪く言ってなんかない。むしろ褒めているのさ。彼女は色んな面で将来有望というか、とても素質がある。それに成長したらもっと綺麗になるだろうから、今のうちに親密になっておこうと思って――あだだだだ!」
またもや手首を攻撃されるソノレに賢者妹は少し困った顔をしながら、ノレナへと制止をかける。
「ま、まあその辺で止めてあげてください。私、ソノレさんって兄に少し似ているんで別に嫌いじゃあないんですよ?」
「本当かい?! じゃあ私に脈有りってことで解釈していいのかな!」
「いや、別にそういう意味じゃないんですけど……」
「これ以上、僕の友達を困らせるんじゃありません」
ノレナに後ろからぺちんと頭をはたかれ、ソノレはしょんぼりして項垂れてしまう。
「あぐっ……すみません」
「そ、それはそうと妖精門でしたっけ? ノレナさんたちの故郷って、別の次元に隠されていて、そこから転移して出入りするって話ですよね。私、それも楽しみなんですよ」
「そうなのですか? まあ、転移そのものは一瞬なのですけどね」
「ですが魔法技術的には職業柄、絶対に見過ごせません。島ごと異次元に移送した上で出入りを可能にする魔法施工なんて、どこの国の誰にも成し得ることなんて出来ませんから」
賢者妹がテンションを上げながらそのように話していると、操縦席の方からエステラの声が聞こえてくる。
「まあ、同じこと再現しろって言われたら私たちも難しいんだけどね。――ってことで、お目当ての妖精門の位置に到着ですよー」
サフィアや賢者妹たちが窓から外を見ると、高度を落とした船箱の周りに妖精門が敷かれた三つの岩が見えた。
「よおし、じゃあ早速可愛い賢者ちゃんの為にも私が妖精門を使ってあげようかなー!」
「わあい、楽しみです!」
「この男、調子に乗りよって……ただ一言、詠唱するだけなのに……」
「それじゃあ行くよ。――反転せよ、妖精門!!」
ソノレが声高らかに呪文を唱え、船箱は一瞬で大空から姿を消し、アルバロン島のある次元へと転移する。
「よし、到着!」
「あっ、ホントに何もなかった場所に突然大きな島が――って、あれ?」
一行の視界には確かにアルバロン島が現れたのだが、その様子は一目見ただけで判るほど明らかにおかしかった。
というのも島中が黒煙に包まれており、あちこちから激しい火の手が上がっていたのである。
「おいおい、これは一体どういうことだ?!」
操縦席の窓からルヴィスが身を乗り出して島の状況を見つめ、エステラが困惑した表情を浮かべる。
「分かりません、何が起きているのか……もう少し近づいてみないと……」
一行は船箱を更に降下させると、島中が炎上している原因を特定することが出来た。
それは大量のワイバーンによる襲撃によって引き起こされたものであり、何百何千という飛竜の群れが島全体を蹂躙していたのであった。