勇者兄妹と異世界の旅に出る話①
――傭兵団のアジトを後にしてから、数日後。
レフィリアはクリストル兄妹の故郷である王国、《エーデルランド》に到着していた。
聞くところによれば、この国は世界的にあらゆる分野において良くも悪くも平均的な、正直パッとしない国家だと評価されていたらしい。
しかし前回の魔王侵攻時、世界で最も有名な英雄となる勇者とその仲間を輩出したことによって、一気に有名な国となったのだとか。
その勇者と仲間たちも、現在では全員が六魔将との戦いに敗れ戦死してしまっているのだが――。
そして今、レフィリアはルヴィスとサフィアの二人に連れられ、エーデルランド国王に謁見していた。
「よくやった、クリストル兄妹よ。異世界からの使徒殿の召喚と護送の任、誠にご苦労であった」
国王からの賛辞にルヴィスとレフィアは跪き、礼を述べる。
金髪で小太り、髭のせいで威厳はあるが実際にはあまり老けていない、憎らしくも愛らしそうな風貌の国王は、レフィリアに向き直った。
「そして異世界からの使徒殿も、この二人に快く協力していただき、本当に感謝する。勇者――というよりは、寧ろ清廉な聖女といった印象ですな」
その言葉に、レフィリアはとても照れくさそうな表情をする。
「い、いえ――聖女だなんてそんな……それはちょっと恥ずかしいと申しますか、身に余ります……」
「ふむ、ならば其方のことは聖騎士レフィリアと呼ぶことにしよう。――兄妹よ、報告によればこの方はあの六魔将が一人、勇者を討ちし憎き鐡火のカリストロスを打ち負かしたそうだな?」
国王の問いにルヴィスは頷く。
「はい。レフィリア様は私の叔父、勇者エメルドの仇であるカリストロスに正面から立ち向かい、退けて無傷で生還するという偉業を成し遂げました」
「い、いや……一発斬りつけただけで、取り逃がしてしまったので寧ろ申し訳ないといいますか……」
慌てた顔をするレフィリアに、国王は満足気な表情で頭を横に振る。
「卑下するでない。あの六魔将を相手に五体満足で生還し、その上で手傷を負わせたのであれば、それだけで前代未聞の快挙なのだ。流石は異世界からの使徒殿である」
一頻り褒めちぎった後、これからが本題だと言わんばかりに国王は真剣な顔つきになった。
「さて、では聖騎士レフィリア。早速で悪いのだが貴殿には魔王軍討伐に向けた、ある作戦に協力してもらいたい。……本来なら使徒殿の来訪と六魔将への勝利を祝って国を上げた盛大な宴を開きたいところなのだが、今は一刻を争う事態ゆえ、その余裕が無いのだ。それについては先に許していただきたい」
国王は申し訳なさそうに頭を下げる。
するとルヴィスとサフィアが咄嗟に声を上げた。
「畏れながら国王陛下、どうか私たち兄妹もレフィリア様とともにその作戦に参加させてはもらえませんか?」
「私からもどうかお願いします」
どうも兄妹は国王の言う作戦の内容を知っているような口ぶりだ。
「ううむ、その申し出は私としては非常に助かるのだが――本当に良いのか? 作戦に参加するとなれば、長旅と任務の疲れを癒す間も与えてやることは出来なくなるのだぞ?」
国王の言葉に兄妹はしっかりと頷く。
「構いません。エメルドの親族としても、どうかレフィリア様に少しでもお力添えをしたいのです」
「……分かった、同行を許可しよう。お前たち兄妹の事は信頼している。どうかその力を聖騎士レフィリアの助けになるよう役立ててくれ」
「ありがとうございます、陛下」
ルヴィスとサフィアは深く頭を下げる。
「あの……ところでその作戦というのは――」
「それについては、私から説明いたしましょう」
レフィリアの問いに、国王の隣に控えていた元帥が前に出た。
物腰は柔らかそうだが軍人としての風格もある、白髪をした壮年の男性である。
「現在、我々エーデルランド軍は魔王軍に占領された隣国である《シャルゴーニュ公国》に再度攻め入ろうかと考えています」
テーブルに広げた地図を差しながら元帥は続ける。
「理由としましては、このシャルゴーニュ公国から魔王軍を退かせることが出来れば、今後ほかの魔王軍占領地へ侵攻するための大きな足掛かりとなるからです。――しかし、それには大きな問題が一つ」
元帥はシャルゴーニュ公国が描かれた箇所の大きな街を指差し、その周りを指で丸くなぞる。
「シャルゴーニュの首都である《城郭都市ガルガゾンヌ》には、街全体を覆う巨大城壁があります。これは現在、魔王軍の手によって改造され、グランジルバニアの嘆きの壁と同じような攻性外壁となっており、地上はおろか空からも容易には近づけないのです」
厳密には城塞都市カジクルベリーを隔絶した嘆きの壁よりも遥かに凶悪な代物であり、不用意に接近しようものなら城壁屋上に設置されたタレットのような複数の魔導砲台が、自動的に強力な砲撃を連射して外敵を地形ごと吹き飛ばすらしい。
その為、大軍で正面から攻め込もうものなら、格好の的にしかならないのだ。
実際、過去に隣国への救援に向かったエーデルランド軍はそれによって大きな痛手を受けている。
「そこで我々は少数精鋭の潜入部隊を組織し、壁外の地下用水路にあるという抜け道からガルガゾンヌ市内に侵入、城壁の防衛機能の無力化を試みたいと思っています」
地下用水路の抜け道というのは、魔王軍に攻め落とされた公国から命からがら逃げのびてきた、王城に仕えていた従者から得られた極秘情報である。
元々は非常事態時に要人が国外へ逃げるために使うもので、そういった隠し通路が幾つか存在するのだとか。
「あの……城壁の無力化というのは、具体的に何をどうするのですか?」
レフィリアは手を上げ、元帥に問いかける。
「はい。この城壁を改造及び管理しているのは、シャルゴーニュ公国を任されている六魔将の一人――《邪導のゲドウィン》と聞きます。貴方方には市内に潜入後、王城に攻め入ってその邪導のゲドウィンを討ち取ってもらいたいのです」
――六魔将の一人、邪導のゲドウィン。
その人物もまた、自分と同じ世界から来た人間なのだろうと、レフィリアは心の中で思いを巡らせる。
「六魔将を倒しても城壁の機能がすぐ停止するとは限りませんが、少なくとも増築や修繕は不能になると思われます。城壁さえ無力化できれば、あとは我が軍で一気に攻勢にかけることが可能なのです」
元帥の説明に、国王も頷いて見せる。
「聖騎士レフィリアには我が軍から選りすぐりの三人を仲間に与える。本当ならもっと大勢の兵士を寄越してやりたいのだが――作戦の都合上、何より目立つ訳にはいかぬのだ。どうか理解してほしい」
「いえ、私も期待に応えられるよう、全力で事に当たりたいと思います」
レフィリアとしては内心不安もいっぱいだったが、とにかく出来ることからやるしかないと自身に言い聞かせ、国王からの指示に承諾した。
ステレオタイプなファンタジーRPGならよく見る王様からの魔王討伐依頼、自分に上手くこなせるだろうか――。




