特別編には異世界で幕間劇の話①
これはまだ物語の舞台となる異世界に、レフィリアが召喚されていない頃の話。
竜と妖精の住まう神秘多き島国、と称される《ドライグ王国》にて。
完膚なきまでに攻め落とした王国を占領地とし、完全に支配下へ置いた魔王軍幹部である六魔将の面々は、勝手に休暇と称して海岸の砂浜に“海水浴”に来ていた。
「うーん、メッチャ良い天気! もう絶好の海水浴日和だねぇー!」
魔法でアバターの見た目をいじくり、衣装を水着に変化させたエリジェーヌが、イカしたサングラスを気取って外しながら、いち早く浜辺へと姿を現した。
因みに身に着けている水着は、赤と黒を基調とした派手目なビキニで、彼女の健康的でスタイルの良い肢体をより際立たせている。
「しかし今更ですけど、一応幹部である六魔将が揃って休暇なんかとって大丈夫なんでしょうか。結局、魔王さまも誘いませんでしたし」
続けて同じように水着に着替えた銀髪の少女、メルティカがエリジェーヌの隣に並ぶ。
彼女の来ている水着は、ラベンダーカラーのスカートにフリルがついた、なんとも可愛らしいデザインのものだ。
「いーじゃんいーじゃん、別に私たちが一日二日くらい抜けたって何とでもなるでしょ。それにカリカリのヤツはせっかく誘ってやったのに断りやがったから、別に六魔将全員って訳でもないし」
「あー……まあ、彼の性格を考えると、多分来ないだろうとは思っていましたが……」
メルティカは人差し指を顎にあてながら、やれやれと小さくため息をつく。
「しかし私としては、正直なところ魔王さまともご一緒したかったですね」
「――でもメルティカさん、それやっちゃうと私たちの正体がバレかねませんよー」
するとエリジェーヌとメルティカの後ろから、六魔将の女性陣最後の一人であるシャンマリーが歩いて近づいてきた。
当然彼女も水着に着替えており、白と水色をした涼し気なワンピースタイプのものを着用している。
「どうも魔族には海水浴の概念が無いみたいですから」
「へー、そうなんだ。まあ、確かにイメージはないよね」
「最悪バレたところで別に痛くはないのですが、今後も円滑で良好な関係を保つなら余計な情報は与えるべきではないでしょう」
「ならせめて、海辺で食事会をするくらいのニュアンスで伝えれば良かったのでは……」
「まーまー、たまには同期だけで遊ぶのもいいじゃん。メルティカちゃんが魔王ちゃん好きなのは知ってるけどさ!」
エリジェーヌはメルティカの肩に手を回して彼女の身体を揺さぶりながら、気さくに微笑みかける。
「……それもそうですね」
「よーし、それじゃあゲド君とオデュロ君とも合流しようかー!」
エリジェーヌが元気いっぱいに腕を突き上げてそう言うと、三人は既に浜辺に用意された、大きなビーチパラソルが立てられている場所へと移動する。
そこには貴族風の骸骨と真っ赤な甲冑騎士――ではなく、明らかに人間の姿をした、水着にアロハシャツを着た二人の男性がバーベキューなどの準備をしている最中であった。
「やっほー! ゲド君、オデュロ君! 先に色々準備任せちゃってゴメンね!」
エリジェーヌに明るく声をかけられて、二人のうち、深い緑色の髪をした長身の男が先に振り向いて親し気に微笑む。
「やあ、みんな。待ってたよ。――うーん、思ってた以上に水着すごく似合ってるねえ。眼福、眼福……って、あんまりジロジロ見続けるのは失礼かな」
「いいっていいって。ジロジロ見られんの気にしてたら、レイヤーなんかやってられないし。むしろ、どんどん見なさい見惚れなさい!」
「流石にリアルだとこんなにスタイル良くないので、そもそも水着なんか着ないですからね……それでも、少し恥ずかしくはありますが……」
「まあまあ、メルティカちゃん! 魔族には裸同然の格好のヤツなんていっくらでもいるんだから、異世界にいる時くらい大胆な格好しちゃおうぜ!」
いつもより更にハイテンションな様子でエリジェーヌはメルティカに絡み、彼女の身体をまたもや揺さぶる。
「あ、お疲れですオデュロさん。準備、手伝いますね」
シャンマリーがグリルの炭を熾しているもう一人の人物へ近寄ると、赤毛の髪を短く刈り上げたガタイの良い男が、火ばさみを片手に返事を返した。
「おっ、すまんな。火の方はいい感じになってきたから、食材の方を準備してくれると助かる」
「分かりました。じゃあ、テーブルの方に用意しときますね」
「あ、それとシャンマリー」
「はい?」
「……水着、似合ってるな。語彙力がないもんで上手くは言えないが……いいと思うぞ、それ」
少し照れくさそうに誉め言葉を言うオデュロに、シャンマリーはにこりと微笑みを返す。
「ふふ、ありがとうございます。水着を褒められるのは初めての経験なので、ちょっとこそばゆいですね」
「向こうでは海に出かけたりとかはしなかったのか? まあ、俺もどっちかっていうと山とか川の方が好きなんだが……」
「私、インドア派でしたから、あまり屋外でのアウトドアな遊びは馴染みが無かったもので。繰り出すとしても、街中の方ばかりでしたしねぇ」
そんな会話を二人がしている中、エリジェーヌが作業を手伝いながら緑色の髪の男へと話しかける。
「でも、ゲド君すごいねぇ。今のゲド君とオデュロ君、人造人間の肉体に意識を繋げて、遠隔操作できる人形にしてるんでしょ?」
「そうそう。こうでもしないと僕たち、種族的に飲み食いできないからねぇ。まあ、僕は飲酒が趣味だからそれ用の身体をそのまま持ってきたけど、オデュロ君のは新しく作り出したんだ」
緑髪の優男――ゲドウィンが言う通り、今の男性陣二人は人造人間を遠隔端末として意識を映し、本体は魔王城の方で眠っているのである。
こうすることで本来なら飲食をすることの出来ないゲドウィンとオデュロも、味覚を感じ料理を楽しむことが可能になるという訳だ。
勿論、眠っている本体側は結界や警備ゴーレム等によって厳重に守られており、万一何かあった場合はすぐに意識を戻すことが出来るように処置を施している。
「ねえねえ、バーベキューで焼くお肉って何用意してきたの? ドラゴン肉? それともベヒモス肉?」
喜々として聞いてくるエリジェーヌに、ゲドウィンは酒などを用意しながら苦笑いした表情を浮かべる。
「流石にメルティカさんがいる席でドラゴンステーキとはいかないですからねぇ。あと、ベヒモスの肉は超拙いと評判ですし」
「あっ、ごめん。メルティカちゃん……。ええと、じゃあ何の肉持ってきたの?」
「牛肉の代わりにゲリュオン肉、豚肉の代わりにカリュドン肉、鶏肉の代わりにグリフォン肉なんかを調達してきた。きっとベヒモス肉よりは幾分マシな筈さ」
「その……それって普通に牛、豚、鶏の肉で良かったのでは? 別にわざわざ魔物の肉で代用する必要はないと思いますけど……」
メルティカに突っ込まれたところで、ゲドウィンは笑いながら手を横に振る。
「ははっ、冗談だよ。心配せずとも、本当に用意したのは人間も普通に食べる肉ばかりさ。そもそも魔物の肉は美味しく食べようとすると、下準備に手間がかかって面倒だからね」
「もしかして、準備してきた食材の中に“人間”はありますか? 私、ホルモンとか好きなんですけど」
ニコニコしながら話に混ざるシャンマリーに、ゲドウィンは苦笑しながら肩を竦める。
「いやあ、悪いけど今回それは持ってきてないね。用意しても良かったんだけど、絵面があまりに最悪になるから」
「んー、残念ですねえ。あとで個人的にホルモン鍋でも作りますか。あれ美味しいんですよねえ」
「流石はシャンマリーちゃん、心行くまで人外ライフを堪能してるなあ。……うーん、カニなんとかなら私は蟹食べる方がいいかなぁ」
「だったら僕の魔法でジャイアントクラブでも召喚してみようか? 独特の臭みがあったり、強酸泡噴いたり、寄生蟲いたりするかもだけど、シャドウフレアとかでよく火を通せばきっと大丈夫だよ」
「えー、そこは普通にズワイガニとかの方がいいー。あとシャドウフレアだと、跡形もなく消し飛ぶからー」
「だから、何で魔物の肉で代用しようと……」
「焼き蟹もいいが、蟹なら俺は鍋がいいな。茹でた蟹は最高の贅沢だからな」
「じゃあ、今度はみんなで鍋パーティしましょうよ。あとホルモン鍋をですね――」
そんな会話をわちゃわちゃ続けながら、六魔将一行(一人除く)はバーベキューの準備をみんなで進めていくのであった。




