邪神巣食う異世界の巨大樹の話③
「おいおい、どういうことだ?! レフィリアの剣に突き刺されて爆発したら、不死身であっても復活できないんじゃなかったのか?!」
流石の事態に驚愕した表情を浮かべるルヴィスに、サフィアが冷や汗を浮かべながら意見を述べる。
「兄さん、もしかしてこの怪物は一匹ではなく複数体存在するのでは……?」
「いや、それなら初めから物量で俺たちを包囲してくる筈だ。それにギガントモンスター超えの化け物がそうポンポン大量にいるとも考えられない……!」
ルヴィスの言っていることは尤もだ、とレフィリアも思った。
ならばこの怪物は、レフィリアの必滅の一撃を受けても本当に再生しているというのか?
そのことに関しては正直、根拠こそないがそうだとは思えない。レフィリアの技の効果が無い、とかではなくもっと理屈は簡単な筈だ。
そうだと仮定すれば導き出される答えは一つ。敵は倒された後に再生や復元をしているのではなく、単純に一から新しい身体を作って投入しているのかもしれない。
そして――
「サフィア、とりあえずまたヤツを凍らせてくれ。今ならまだ当てられる」
「了解です。――雪華烈風刃ッ!!」
まだ天井から這い出てきている途中の邪神モドキに対し、サフィアは真上に向かって双剣から猛烈な吹雪を放ち、怪物の体表面を凍らせて動きを鈍らせる。
しかしそれも所詮はたった数十秒程度の時間稼ぎにしかならない。今のうちに何か対策を講じたいところではあるが……。
「さて、どうしたものか。この様子じゃ、このまま倒し続けても埒が明かなそうだぞ」
「あの、ちょっといいですか? あくまで私の推測なんですけど……」
「ん?」
「多分、私たちが今戦っている怪物は、世界樹に巣食う寄生体の“本体”ではないんだと思います。おそらくは幾らでも作り出せる遠隔端末のようなもの……。だから私の剣で爆裂させても問題なく復帰してくるんです」
レフィリアからの話を聞いて、ルヴィスはふと賢者妹が従えていた召喚獣のカーバンクルを思い出す。
アレも本体である宝石を破壊しない限り、術者の魔力がなくなるまでずっと幻獣が存在しているままの代物であった。
それと似た理屈であるというならば、確かに合点もいく。
「そうか。本体を直接潰している訳じゃないから、幾ら倒しても復活してくるということか」
「敵の本体は離れた安全な位置から戦闘用の人形を操って、私たちを食い止めようとしているのですね」
推論とはいえ理屈こそ理解したルヴィスとサフィアであったが、ならば尚更とルヴィスは難しい表情を浮かべる。
「でも、だとしたらどうする? この超巨大な世界樹のどこにいるかも判らない敵の本体を、あの怪物をやり過ごしながら探し出して仕留めるか? それとも怪物が在庫切れになるまでひたすら倒し続けるか?」
「いえ、どちらも現実的でないと思います。それに後者だと、この樹に囚われている人たちの生命に危機が及ぶかもしれません。……そこで、私から妙案が」
レフィリアからの提案に、ルヴィスとサフィアが目を見開く。
「何か策があるのか?」
「はい。今から私は先ほど閃いた、ある“新技”を使おうと考えています。上手くいくかは正直判りませんが……」
少し歯切れの悪いような口調で話しつつも、意を決した様子でレフィリアは話の続きを述べる。
「ですがおそらく、この技を使うと成功失敗に関わらず私は動けなくなってしまうと思います。ですので、その後のことを二人に任せたいのです」
「えっと、レフィリアさん。一体、何をするつもりなんですか……?」
「やること自体はソノレさんがラグナ宮でやってたことと同じです。この世界樹に巣食っている“寄生体のみ”を滅ぼします」
「……ッ! もしかしてレフィリアも同じことが出来るようになったのか?」
「実際に使ってみないとどのくらいの効果か分からないので、正直賭けですけどね。ただ――」
そう言うとレフィリアは、すっと光の剣を両手で構えて強く握り締める。
「一応、念のため剣の結界を張っておいて下さい。あと、技を使い終わるまで目を瞑っていること」
「了解した。――剣陣隔絶結界!」
レフィリアに言われた通り、ルヴィスは速やかに両手剣を地面に突き立てて、自身を中心に結界を張り巡らせる。
「あとの事は私たち二人に任せてください。例え博打になろうと、私たちはレフィリアさんを信じてついていきますから」
「ありがとう。――では、行きますよ!」
力強く声を上げて、レフィリアは光の剣を真っ直ぐに頭上高く掲げると、残った魔力をその刀身へと全力で注ぎ込む。
「ディスペルライト――オーバーレイッ!!」
そして技の名前を唱えた途端、剣の刀身を長く伸ばすとともに眩く発光させ、視界全てを真っ白に塗り潰すほどの極光を放った。
「――――ッ!!」
ルヴィスとサフィアは目を瞑るだけでなく手で瞼を覆っていたが、それでもまるで自分のすぐ傍に太陽でも降りてきているかのような、光の圧力的なものを全身で感じ取る。
それから光が照射されて十数秒後、身体に圧力を感じなくなったとともに隣から人が倒れるような音と衝撃を感じ、二人が目を開けると隣でレフィリアが力尽きたように膝をついていた。
「レフィリアさんッ!」
光も消え去ったことでサフィアは慌ててレフィリアの傍へ駆け寄り、彼女へ肩を貸す。
「はあ、はあ……やっぱり魔力消費的にギリギリでしたね……。ですが、具合はどうでしょうか……?」
「――ッ!」
ルヴィスは天井で動きを止めていた、邪神モドキの方を仰ぎ見る。
すると邪神モドキはまるで焼けた鉄のように全身がオレンジ色になって赤熱化しており、苦しみ藻掻きながら身体をすぐさま真っ黒に炭化させて、地上へと落っこちてきた。
地面に激突した怪物は黒焦げになったまま衝撃で粉々に砕け散り、そのまま跡形もなく崩壊してしまう。
「やった……のか?」
眼前の怪物が倒れたとはいえ、またどこかから性懲りもなく別の個体が湧き出て来るかもしれない。
そう思って警戒を緩めず周囲を注意深く確認していた二人だったが、なんと先に倒れた怪物だけでなく、周囲の触手たちすら次第に崩れていき、その姿を保てなくなっていった。
「兄さん、周りの触手も見る見るうちに崩れ去っていきますよ」
「これは……どうやらレフィリアの想定通りに事が運んだんじゃないか?」
先ほどまで自分たちを飲み込むように包んでいた、世界樹そのものに及んでいた異様な雰囲気が次第に薄れていく。
「レフィリアさん、世界樹の内部に張り付いていた触手そのものが消えていきます。きっとレフィリアさんの技がこの樹に取り付ていた敵の本体を仕留めたんですよ」
「ホントですか……? それは、良かった……」
額に汗を浮かべて疲れた表情をしながらも、レフィリアは安心したように二人へ微笑んでみせる。
「よし、ならばとりあえず一旦ここを出て外の様子を確認しよう。サフィア、お前はレフィリアを頼む」
「はい、兄さん」
サフィアは自力で動けないレフィリアをひょいと抱え、ルヴィスが剣を手に護衛として先導して、元来た通路を世界樹の外へ向けて駆け抜けていく。
それからしばらくして世界樹の外へ脱出できた三人は、あれだけウネウネと蔓延っていた触手の大群が全て死滅していることを確認するに至った。
つまり、レフィリアたちは世界樹に寄生していた邪神モドキを真の意味で倒し、この国に潜んでいた最大の脅威を取り払ったのである――。