魔王様達と異世界で会議する話
――グランジルバニア王国、城塞都市カジクルベリー。
魔王軍の最大拠点であるブラムド城、改め――魔王城カリオストロ。
命名したのは勿論カリストロスだが、他の転移者たちが揃って散々どこかで聞いたことがある、と総ツッコミを入れていた魔王たちの居城だ。
現在では都市ごと、ゲドウィンによって徹底的な魔改造を受け、豪奢ながらも禍々しい様相へと変貌している。
その廊下を早足につかつかと歩くものが一人。
血に濡れた肩口を手で押さえ、苛立たし気な顔をしているカリストロスである。
すると廊下の曲がり角で、丁度鼻歌を歌いながら歩いていたゲドウィンと出くわした。
今日は定期報告会がある為、六魔将全員が魔王城に集まっているのである。
「お、カリストロスく――って、どうしたの?! その怪我!」
ゲドウィンは髑髏面ゆえに表情が無いながらも驚いてみせ、カリストロスの肩を指差す。
「……何でもないですよ」
「いやいや、何でもあるでしょ! 一体、何があったの?!」
ゲドウィンの言う通り、これは異世界転移者たちにとって無視できない大事であった。
というのも、六魔将たちは全員、この異世界に来てから誰一人、掠り傷すら負うことが無かったのである。
その為、カリストロスにこれだけの怪我を負わせた事象は何なのか、把握しない訳にはいかないのだ。
この世界に自分たちを脅かせるほどの脅威が存在するのならば、きちんと調べ上げねばならない。
「とりあえず傷を治そうか」
「あっ、おい!」
カリストロスが何か言う前に、ゲドウィンは呪文を唱えることすらなく、傷口に手を添えるだけで怪我を瞬時に治してしまった。
「っ……! 治してくれなんて頼んだ覚えはありませんよ」
「まあまあ、そう意地を張らないで。――それで、何があったんだい?」
真っ直ぐ見つめてくるゲドウィンに、カリストロスは言いよどむ。
「……聞きたいですか?」
「ええ、勿論」
「――ならば、今日の報告会の時に説明しますよ」
そう言うと、カリストロスはゲドウィンを避けるように、廊下の奥へと歩いて行ってしまった。
◇
――魔王城カリオストロ内の円卓会議場。
そこには魔王を含め、一応の配下である六魔将全員が揃い、椅子に腰かけていた。
カリストロスは怪我のことについて中々話そうとしなかった為、ゲドウィンが半ば無理やり促して、彼に一連の騒動について説明をさせる。
異世界転移者を名乗るレフィリアという女剣士との遭遇について、渋々語り終えたカリストロスは不愉快そうに頬杖をついた。
流石の事態に会議場に集まっていた全員が、その内容に驚きの表情を浮かべていた。
「異世界からの使徒……我々の他にもいたんですね。それも人類側の味方をしているだなんて」
普段、表情の変化が少ないメルティカですら、どこか困惑した声色で述べる。
すると魔王が申し訳なさそうに目元を手で覆いながら話し出した。
「ううむ、すまぬ。これは我のミスだ。諸君らを呼んだ触媒である宝珠は全部で七つあったのだが、最後の一つをどうしても見つけられずに放置してしまったのだ。……おそらく人間が宝珠のある遺跡に潜り込み、宝珠を発見してしまったのだろう」
その言葉に、カリストロスはものすごく冷ややかで殺気の籠った目で魔王を睨みつけた。
「どうして、そんな重要なことを今まで黙っていたんですか?! それに見つからなかったとはいえ、宝珠のある遺跡をそのままにしておくとは阿呆ですか! 無能な上に阿呆な魔王なんですか?!」
「ぬう、面目ない……」
返す言葉もないと魔王は酷く項垂れる。
「まあまあ、過ぎたことを言ってもしょうがないでしょう」
ゲドウィンが間に入ってカリストロスを諫める。
「それより、そのレフィリアという方はどうやってカリストロス君を撤退に追い込んだんですか? 話を聞く限りだと白兵戦に特化した剣士のようですが、カリストロス君の銃撃を搔い潜って接近するのは簡単にいかないでしょう?」
その問いに、カリストロスは押し黙り無言になってしまった。
――というのも、彼女に自身の銃撃が一切効かずに弾かれてしまったという、一番肝心なことを話していなかったからである。
自分のアドバンテージが全く通じなかったなど、カッコ悪すぎて口にしたくなかったのだ。
その様子を見かね、メイド服の少女、シャンマリーが口を挟む。
「エリジェーヌさんみたいにすごく動きが速かったとか……もしくはオデュロさんみたいにメチャクチャ頑丈だったとか?」
「え、マジ?」
「ほう、それは興味深い。俺も戦ってみたいですね」
他の面々が好き勝手に喋り出そうとする中、カリストロスはわざとらしく咳ばらいをして口を開く。
「……不意打ちです。奇襲を受けました。確かに速かったといえばそれなりに速かったですが、正面からならば私が負けることはありません」
「あ、なるほどー。つまり、シャンマリーさんみたいな暗殺者タイプだったって訳か」
エリジェーヌはポンと手を叩いて、カリストロスを見る。
「そうです。こそこそ隠れ回って寝首を掻くことしか能のない鼠です」
「こそこそ隠れ回るしか能がなくてごめんなさいね」
シャンマリーはニコニコした表情のまま答える。
その笑顔に若干、ひやっとしながらもゲドウィンは会話を元に戻した。
「まあ、たとえ奇襲だったとしても、我々にダメージを与えられるということはそれだけで要注意対象です。その人物についての動向は出来る限り探り、発見した場合は気を付けて対処しましょう」
ゲドウィンの言葉に、カリストロス以外の全員が頷く。
(あの女は俺が殺す……俺が見つけて、俺が絶対にぶち殺す……!)
カリストロスがこの異世界で――いや、今まで生きてきた中で最も強い苦痛を与えた相手、それがレフィリアだ。
そして肉体だけでなく、自身のプライドにも大きな傷をつけた。
何せ、カリストロスが最強だと思っている攻撃が、掠り傷の一つもつけられなかったのである。
そんなこと、あり得ていい筈がない。何か、絶対にカラクリがある。
それを暴き、吠え面をかかせた上で自ら引導を渡してやる、そうカリストロスは強く心に誓ったのだった――。




