冥途へ誘う異世界の暗殺者の話⑥
一瞬にして、王宮の広いエントランスホール内を徹底的に蹂躙しつくした破壊の豪風が通り過ぎると、レフィリアの全身に纏わりついていた刺穿蟲の大群や幽糸霊線がきれいさっぱり消失する。
そしてシャンマリーの姿もどこかに消え去っており、後には拘束から解放されたレフィリアだけがぽつんと残っていた。
「ごほっ……! ありがとうございます、助かりました……!」
「すまないレフィリア。やりたくはなかったが、これくらいしか君を解き放つ方法が思い浮かばなかった」
「ごめんなさい。レフィリアさんの能力があるとはいえ、味方ごと攻撃に巻き込むような真似をしてしまって……」
「気にしないで下さい。むしろ躊躇せずすぐに撃ってくれて感謝しています」
レフィリアは少しだけ微笑んで見せると、呼吸を整えながら体勢を立て直しつつ、消えたシャンマリーを探して周囲を見回す。
すると少し離れた位置の上空からすとんと、まるで蜘蛛のように降りてきたシャンマリーが地面に着地すると、衣服についた埃を手のひらで払いながらレフィリアたちの方を見た。
ルヴィスとサフィアが放った奥義の余波によるものか、メイド服の裾がところどころ破けて少し汚れてしまっている。
「いやあ、そちらのお二人も本当にやりますねえ。レフィリアさんがお得意の空間跳躍を使って脱出を図ったら、これで仕留めてあげようと思っていたのですけど……目論見が外れてしまいました」
シャンマリーはいつの間にか回収していた、身代わりの方が持っていた筈の日本刀を見せつけるようにクルクルと回してみせる。
彼女としてはレフィリアが空間跳躍で拘束から抜け出した際、カリストロスの腕を斬り落とした時と同様に、遠隔操作で日本刀を飛ばしての不意打ちを狙っていたのだが、結果的にその機会は失われてしまった。
「私の可愛いお人形さんたちもみんな獲られてしまって……。こうなったら、本当に殺し合いをするしかなくなってしまうではないですか」
そう言うと、シャンマリーの表情から笑みが消え、静かな殺気とともにすっと刀を構え始める。
(――ッ! この鋭すぎる殺気、何かヤバいのがくる……ッ!!)
レフィリアは直感的に背筋がぞわりとするような悪寒を覚え、無意識のうちに光剣を握りなおし咄嗟に身構えた。
この感覚はそう、ナーロ帝国の円形闘技場で絶刀のオデュロと戦った時に彼が使用した奥義、裂空斬月を放とうとした時によく似ている。
凌ぎきれなければ確実に即死するという、命そのものが警鐘を鳴らしているかのような喉の詰まる緊張感。
そんな恐ろしい剣技を彼女も今、繰り出そうとしてきている。
「――――――」
先ほどまで派手に激闘が繰り広げられていた、瓦礫と埃に塗れたエントランスホールも今となっては逆にしんと静まり返っており、冷や汗の垂れる音すら聞こえてきそうな程の静寂に包まれている。
誰も声すら出すことができない、そんな戦慄が数秒ほど続いたかと思うと――途端、シャンマリーの姿が一瞬にしてかき消えた。
「――ッ!!」
――疾風い。今のはルヴィスたちどころか、レフィリアにすら視認できなかった。
そしてレフィリアが反応した時には、既にいつの間にか懐まで潜り込んできたシャンマリーが居合の如く刀を振り回す。
「真閃、閻魔斬り――ッ!!」
オデュロの必殺奥義とはまた異なる鋭利さと精密さを兼ね備えた神速の一閃。
いや、瞬間的な剣速であれば、あの暴力的な速さを誇るオデュロやエリジェーヌすら凌駕していたかもしれない。
というのも、正面からまともに立ち向かったのでは確実にレフィリアは逸らすことすらままならず、受けきれずに急所を斬り裂かれていた。
それだけの無慈悲にして残酷な剣閃。そんなものを躱して凌ぐには、それこそ邪道な手段を用いるしかない。
「……ッ?!!」
結果だけを見れば、シャンマリーの斬撃はレフィリアにあたらなかった。
剣の振り抜きは彼女をきれいに捉えてこそいたが、ここにきてレフィリアが今まで大事に取っておいた空間跳躍を遂に発動させたのである。
大技の後には明確な隙が出来る。刀を振り切ったシャンマリーの側面から飛び出してきたレフィリアが、彼女目掛けて光剣を思いきり振り下ろす。
しかし、その騙し討ちすらもシャンマリーの想定の範囲内であった。
「かかりましたね。――椿返しッ!!」
不意を打たれたかと思いきや、即座に振り向いたシャンマリーが無理な体勢から流れるように刀を振り回し、レフィリアの光剣を受け止める。
実は先ほどの必殺の居合切りすら牽制。あくまで本命はこちらの、相手の勢いがついた剣を受け止めて、尚且つそれを利用し流してから放つカウンターの剣戟。
レフィリアからの必殺の一撃を逆手にとって、今度こそ二度目の振り抜きで彼女を斬りつける。
その筈だったが――なんとそこで、シャンマリーの刀が根元近くからぺきんと折れてしまった。
「なッ――?!」
日本刀の刀身が弾かれて飛んでいき、シャンマリーが驚愕したのも束の間、これを好機とレフィリアの畳みかけるような二度目の攻撃が彼女へと振り回される。
「はああッ!!」
「つっ――」
シャンマリーは間一髪でレフィリアからの斬撃を躱しつつ、咄嗟に彼女の顔目掛けて折れた刀の柄を手裏剣のように投擲した。
ほんの数センチほど残った刀の刃がレフィリアの頬を掠めて彼女が顔を顰めた一瞬の隙をつき、シャンマリーは低く屈むと同時にレフィリアへ足払いをかける。
「あっ……!」
不意の蹴りに転倒してしまったレフィリアの背後へシャンマリーは滑るような動作で回り込むと、またもや指先から大量の幽糸霊線を伸ばして彼女を徹底的に縛り上げた。
しかも今度はそれだけではなく、肉や衣服を突き破るような音とともに、シャンマリーの背中から節足動物の脚のようなものが八本、それこそ蜘蛛のように突き出て彼女の身体をがっちりと支える。
「レフィリア?!」
ルヴィスは再び拘束されてしまったレフィリアを助け出そうと剣を構えるが、途端に彼の反応できない速度で頬のすぐ傍を、ものすごい熱量の黒い光線のようものが通り過ぎていった。
「……ッ?!!」
その光線はシャンマリーから放たれたものであり、彼女の背中から生える八本の脚の一つが、威嚇するようにルヴィスたちの方へその先端を向けている。
「あ、さっきみたいな真似はよした方がいいですよー。レフィリアさんの身を案じるのでしたらねー」
そう言ってシャンマリーは見せつけるように縛られたレフィリアの身体をぐっと引き寄せ、彼女の首筋へ刃物のように鋭い蜘蛛の脚の先端をあてがった。




