冥途へ誘う異世界の暗殺者の話⑤
レフィリアとシャンマリーが激しく鎬を削っているすぐ近くで、ルヴィスたちもいまだに賢者妹たちとの絶え間ない攻防を繰り広げている。
「疾風の如き俊足で駆け抜けよ――クイックネス!」
「はあああッ!!」
ノレナの支援魔法により敏捷性を強化された女僧侶が一気に疾走し、回転するように超高速の連続回し蹴りを繰り出してくる。
「くっ……!」
サフィアは後衛であるエステラとソノレに攻撃がいかないよう自分が前に出て魔力障壁を展開しながらも、女僧侶から叩きつけられる連撃を自ら引き受け、彼女を傷つけないようにしつつ双剣による迎撃を続けていた。
更にその傍ではルヴィスもまた、賢者妹の操るカーバンクルとジェドの魔法による同時攻撃を何とか凌いで、身を守りながらも反撃の機会を伺っている。
「そそり立つ岩槍、ロックグレイブ!」
ジェドが魔法を発動させて、ルヴィスの足元から鋭利に尖った巨大な岩の塊を勢いよく突き出してくる。
大型自動車すら紙工作のように貫通して粉砕しそうな威力で飛び出す突起を躱した先に食らいついてきたカーバンクルを、両手剣の薙ぎ払いで吹っ飛ばしながら、ルヴィスは隙のない動きで即座に体勢を整えた。
今のところはサフィアとルヴィスが敵の攻撃から持ちこたえてくれているが、いつまでもこのまま膠着状態という訳にはいかない。
「うーん、あまり上手くいく気はしないけどダメ元で試してみるか……!」
エステラは右腕に装着した魔導拡散器を展開して手を伸ばすと、賢者妹たちに対して魔法を行使する。
「身動き封じる不随の波動――パラライズショック!」
するとエステラの腕の先から、閃光とともに電流を思わせる魔力の波のようなものが広がって飛ぶ。
この魔法は対象の神経に作用して全身を痺れさせ、身体の動作を著しく阻害するというもので生物にのみ効果がある。勿論、本来ならば一度に単体しか狙うことが出来ない。
きまりさえすれば相手の命を奪うことなくそのまま行動不能にすることが出来るのだが、逆に麻痺状態は真っ先に対策される状態異常なため、結果的に誰一人として動けなくなるような者は出なかった。
「――あっちゃあ、やっぱり効かなかったか。そりゃあみんな、麻痺防止の装備品くらい当たり前に身に着けてるよねえ」
「だったら仕方ない。これも本当なら虎の子で味方に使うような代物ではないのだが……!」
そう言ってソノレが渋い顔でローブの中を漁ると、一つの魔力結晶を取り出してそれを思いきり放り投げる。
「恨まないでくれたまえ――ゴルゴンアイ!」
投げられた魔力結晶は空中で閃光を伴って弾け、視界を一瞬反転させるような背筋の凍る錯覚とともに、禍々しい呪いの波動を放つ。
ゴルゴンアイとは、対象を石化させるという極めて強力かつ希少な魔法で、純粋な人間の使い手はほとんどいないとされる、どちらかといえば禁断の呪法や魔物の特殊能力に分類される術技だ。
当然、普通ならば間違っても味方ではなく敵に使うものなのだが、対峙している相手が加減の難しい者たちばかりである以上、悠長に出し惜しみもしていられない。
とりあえず石に変えて動きを封じてから、後から解除魔法などで状態変化を取り除けばいい。
ところが――
「うーわっ、この魔法すら誰にも効かないのか。あのメイド服の鎧、よっぽど一級品の対魔法装備で揃えられているな……!」
たった一個限りの貴重品を解放したにもかかわらず何の効果も発揮できなかったことに、ソノレは悔し気に歯噛みしつつ冷や汗を浮かべる。
魔法による状態異常で動きを封殺できないのならば、それこそルヴィスたちに直接当身でもしてもらい気絶させてもらうしかないが、当人たちだってこちらを殺すつもりで抵抗してきているので、そう簡単に上手くいくとは思えない。
「ねえ、ソノレ。もういっそ“アレ”使った方がいいんじゃないの?」
「んんー、確かにそれが一番手っ取り早くはあるが、失敗すれば後は無くなるぞ。せめてそうならないよう手厚くサポートはしてほしい」
「オーケー。このまま現状維持しててもしょうがないし、私が上手くお膳立てしてみせましょう」
そう言うと、エステラはサフィアの方を向いて彼女へ大声をあげる。
「サフィアさん! その女僧侶を出来るだけノレナたちがいる方へ吹っ飛ばして!」
「――ッ!」
エステラからの指示を受けたサフィアは女僧侶からの打撃技を防ぐと同時に、剣の刃を向けない当身による攻撃で女僧侶を大きく突き飛ばす。
「あぐっ……!」
後方から魔法による支援を行っているノレナたちのいる位置まで女僧侶が飛ばされたとところで、エステラは取り急ぎ呪文の詠唱を試みる。
「精神搦め捕る引力の渦――ソウルアトラクション!」
すると相対している四人のちょうど中央の位置に、空間の揺らめきのようなものが発生し、突然見えない力で無理やり四人の身体を引き寄せ始めた。
「わっ、ちょっ……?!」
「な、何ですコレ……?!」
まるで磁石が金属をくっつけるかのように強い力で四人は一気に引っ張られ、全員が一カ所に集められて身動きが取れなくなる。
「今よ、ソノレ!」
「下準備どうも!」
普段からは考えられない程この上なく真面目な表情で前に出たソノレが、無事な方の腕を固まった四人に向けると、狙いを定めて精一杯に魔力を集中させる。
「身中に巣食う悪しき蠢魔を慈悲無き陽光にて焼き払わん――アークサンライト!」
そして自身の頭上に太陽を思わせる光の球体を出現させると、そこからスポットライトのように青白く眩い閃光を照射し、魔法の引力によって身動きのとれない四人を包み込んだ。
「うわっ?!」
「眩しッ……!」
十数秒ほど光を当て続けたところで疑似太陽が消失し、その直後にソノレが疲れたように膝をつく。
「……っと。さて、効果の程は……?」
ソノレたちが対峙していた四人を確認すると、全員が気を失ってその場に倒れ込んでおり、完全に行動不能の状態へ陥っていた。
「――ふう、どうやら上手くいったみたいだ。しかしかなり久々に使ったけど、やっぱりこの術は疲れるねえ」
ソノレが使用したアークサンライトとは、前に彼が説明した通り、誰かに憑依した悪霊や寄生した魔蟲などをピンポイントに抹殺する魔法で、太陽の特性を持った肉体を透過する魔力光で“取り付いた対象のみ”を焼き払うというものである。
勿論、効果はそれだけではなく悪霊や魔影といった類に対してはそのまま照射しても極めて強力なダメージを与える上に、吸血鬼などの陽光を苦手とする魔物には絶大な威力を発揮する。
「手繰り寄せる魔導の引力――トラクターフォース!」
賺さずエステラが牽引魔法によって失神した四人を自分の傍まで引っ張って来ると、一番初めに来たジェドの脈や呼吸などをすぐに確認し、健康状態を調べた。
「――大丈夫。ただ気絶しているだけで、命に別状はないわ。彼女たちを操っていた寄生体が焼失したことで、一時的に意識を失っているに過ぎない状態ね」
「それは良かった。これで俺たちもレフィリアの方に加勢できるな」
そう安堵してルヴィスがレフィリアの戦っている方向へ目を向けると、そこにはシャンマリーによって縛られ、動きを封じられている彼女の姿があった。
「なっ、レフィリア……?!」
「レフィリアさん……!」
ルヴィスとサフィアが叫んだところでシャンマリーと目が合い、今まで支配下に置いていた四人が解放されてしまっている様子に、流石のシャンマリーも驚いた表情を見せる。
「脳貫蟲が全て死滅している……?! 宿主に影響を与えず寄生体のみを取り除く、そんな都合の良い魔法が存在したなんて……!」
せっかく良質な手駒を手に入れていたというのに勿体ない、とシャンマリーは目を細めたが、しかし現在本命であるレフィリアは自分の糸によって自由を奪われている状況である。
依然として自らの有利な状態は変わらない。囚われのレフィリアを盾や人質のように扱うことで、幾らでも眼前の彼らを翻弄できるとシャンマリーは高を括っていたが、なんとルヴィスとサフィアは剣に魔力を収束させると、構わずこちらに技を放とうと大きく構えを取っていた。
「行きますよ、兄さん!」
「ああ! すまん、レフィリア。悪いがやらせてもらう!」
「いえ、お願いします! どうか思いきり!」
「ッ――!」
シャンマリーが相手側の意図を理解したのも束の間、すぐさまルヴィスとサフィアは互いの呼吸を合わせてからの魔力を集中させた合体奥義を解き放つ。
「「雷雪神風嵐――ッ!!」」
ルヴィスの衝雷旋風刃とサフィアの雪華烈風刃を組み合わせた、極めてすさまじい威力の広範囲大量殲滅攻撃。
猛烈な雷霆と氷雪を織り交ぜた、破壊と殺戮の嵐が宮殿の内部をメチャクチャにしながら通過し、そのまま真っ直ぐレフィリアごとシャンマリーを飲み込んでいった。