冥途へ誘う異世界の暗殺者の話③
レフィリアとシャンマリーが斬り合いを開始した直後から、賢者妹たち四人はすぐに魔杖を構えて魔法詠唱を開始しており、ルヴィスたちに向けて情けの一切ない攻撃を繰り出そうと準備を済ませていた。
「震えろ大気、轟け大地。それは全てを吹き飛ばす爆炎の絶叫――フィアフル・エクスプロード!」
「裁きの雷霆、ライトニングボルト!」
そしてルヴィスたちが気づいた頃には既に賢者妹とジェドがそれぞれ大火力の範囲魔法を解き放っており、ルヴィスは急いで剣を床に突き立てて対魔法攻撃用の防御特技を使用する。
「剣陣隔絶結界――ッ!」
すんでのところで展開された結界により、凄まじい大爆発の爆炎と大量の雷撃は完全に遮断され、ルヴィスたちは全員ダメージを一切受けることなく防ぎきることに成功した。
しかしその間にも、今度は女僧侶とノレナが立て続けに魔法詠唱を行い、自分たちのパーティ全体に補助効果をかける。
「偉大なる主よ、どうか我々に悪しきを払う光の御加護を――ホーリーギフト!」
「血や苦痛と無縁なる楽園の奇蹟をここに――リジェネレイト!」
女僧侶の使用したホーリーギフトとは、頭上から清らかな聖光を降り注がせて、範囲内の味方全員の物理防御、魔法防御、そして幸運値を一時的に上昇させる神聖系の魔法である。
またノレナが発動させたリジェネレイトは、魔法をかけた対象に自動的な治癒効果を継続して発生させるというものだ
シャンマリーが従えている四人は全員が揃って魔法職であるが、賢者妹とジェドが火力重視の攻撃担当、女僧侶とノレナが回復や補助といったサポート担当というフォーメーションをとっているようである。
「なるほど。攻撃担当の二人に高火力広範囲の魔法を撃たせて敵を牽制しつつ、その間に残りの二人が補助魔法を積みまくって守りを固めるつもりのようね」
冷静に分析するエステラの隣でごそごそとローブの中を漁りながら、ソノレが落ち着いた様子で話しかける。
「ふむ、じゃあどう対処するつもりかな?」
「分かりきったこと聞くもんじゃないわよ。相手が魔法職しかいないのなら、やることは決まってるでしょう」
「それもそうだね。――っと、あったあった」
ソノレはローブの中から一つの魔法結晶を取り出すと、それを賢者妹たちへ向けて放り投げ、魔法を発動させた。
「エクスパンション・ディスペルマジック!」
空中で魔力結晶が発光しながら弾けた途端、見えない波動のようなものが発生して、先ほど賢者妹たちにかけられたばかりのホーリーギフトとリジェネレイトの効果が打ち消されて解除される。
「――ッ?!」
その直後、エステラは右腕に装着した機械仕掛けの籠手のような装備を展開すると、即座に魔法詠唱を行った。
「魔を統べる契約の言の葉を噤め――サイレンスキャスト!」
途端、彼女の伸ばした手から黒い波動のようなものが広がるとともに、賢者妹と女僧侶は急な違和感から苦しそうに手を喉元にあてる。
「こ、声が……ッ?!」
「まずッ……! これは魔封じ……!」
エステラが行使したのは魔法詠唱を封殺する沈黙効果の魔法であり、呪文を唱えようとすると声が出なくなるという代物である。
しかしこれは本来、一度の詠唱につき一人しか対象にすることが出来ないのだが、エステラの右手につけている彼女手製の装備、魔導拡散器の機能によって魔法の出力上昇及び効果の全体化が可能になっていた。
「そんなの僕には効かないよ! 死滅の寒風、アイシクルゲイル!」
ところがジェドには呪文封じの効果は及んでいないようで、伝説の武具である魔杖を振りかざすと、極低温の冷気の旋風を発生させて、結界を展開しているルヴィスたちをまたもや攻撃してくる。
「溢れ出でよ、猛き力の奔流――ブーステッド!」
同じようにノレナも問題なく呪文を唱えると、強化魔法によって賺さず傍にいる女僧侶の身体能力を上昇させた。
「あー、ジェドの魔杖には魔法封じ防止の機能があったっけ。ノレナも状態異常完全無効化の護符持ってるからなぁ」
エステラが困ったなあ、とばかりに呟いていると、ノレナによって筋力を強化された女僧侶が僧兵を彷彿とさせる動きで機敏に壁を伝って飛び回り、三角飛びの如く側面からエステラ目掛けて蹴りを放とうと飛びかかって来た。
「えっ、ちょっ――」
「光の盾よ、フォトンシールド!」
即座に反応したサフィアが急いで光の障壁を発生させて、エステラに向けられた女僧侶の飛び蹴りを防ぎ、弾かれた女僧侶は反動を利用して空中回転するとすぐに後方へと飛び退いていく。
「あ、ありがとうサフィアさん!」
「いやあ、今のは肝を冷やしたねえ。あの僧侶、呪文を封じたところで格闘できるから油断はできないよ」
エステラの隣で冷や汗をかいたソノレがそう述べていると、女僧侶と同じように呪文を封じられた賢者妹もまた、懐から何やら宝石のついたペンダントを取り出す。
「私の頼もしい戦友を召喚します」
そう言って真っ赤な柘榴石がはめ込まれたペンダントを光らせると、閃光とともに賢者妹の隣に一匹の、栗鼠や兎を掛け合わせたような可愛らしい小動物のような生き物が姿を現した。
それは“カーバンクル”と呼ばれる幻獣で、長い耳にふさふさの大きな尻尾とつぶらな瞳、そして額には特徴的な赤い宝石が一つくっついている。
猫ほどの大きさをしたその獣は一見、戦闘力など皆無そうな見た目であったが、突然全身をメラメラと燃え上がらせながら、まるで虎のような形相の大きな猛獣へと変貌してしまった。
「ルヴィスさんを攻撃してください!」
賢者妹から命令を受けたカーバンクルは、一目散に疾走してルヴィスまで飛びかかり、その喉笛に食らいつこうとする。
「ちいっ!」
ルヴィスは咄嗟に剣を床から引き抜いて結界を解除するとともに、食らいつこうとしてきたカーバンクルを斬り払い、一閃の下に両断して撃退する。
ところが斬られた筈のカーバンクルは火炎と共に即座に再生すると、またもやルヴィスに向かって牙や爪で攻撃を仕掛けてきた。
(くそっ、精霊と同じ類の特性か……! おそらく本体は彼女の持っている方の装備品、あれを破壊しない限りは無限に復活を繰り返す!)
ただ敵を倒すだけならば、ルヴィスの剣から大技を放ってカーバンクルごと術者の賢者妹を吹っ飛ばせばいいだけなのだが、相手が救出すべき味方である以上そうもいかない。
しかもこのカーバンクルはおそらく、あくまで牽制と陽動が目的。
本命はおそらく――。
「ルヴィスごめん! 視えざる矢弾よ、インビジブルアロー!」
ルヴィスの予想通り、カーバンクルを迎撃していた側面からジェドの強力な魔法攻撃が飛んできた。
ごめんという言葉とは真逆に、空気を圧縮させた鋭く重い不可視の矢を無数に放つ、明確な殺意に満ちた厄介な遠距離射撃。
即座に反応したルヴィスは回避しつつも剣を振るって目に見えない風矢を弾いたが、ジェドも彼同様に伝説の武具を装備しているため、もし魔法の直撃を受ければ流石の彼だって一溜りもない。
(この流れは良くないな。どう切り返す……?!)
賢者妹が操る幻獣とジェドの魔法による同時攻撃を凌ぎつつ、ルヴィスは状況を打破しようと思考を巡らせる。
一方、レフィリアとシャンマリーが斬り合っている領域では鎌鼬の如き神速の剣戟が繰り広げられていた。