袂を分かつ異世界の銃使いの話④
「――――――」
催涙弾による白煙があらかた晴れていき、カリストロスは注意深く屍となって倒れたシャンマリーの傍へと近づき、彼女の死亡を確認する。
さっきのような使い魔による身代わりではなく、確実に肉で出来た本体が夥しい裂傷によって惨たらしく絶命しており、数秒ほど彼女の死体を見つめた後、カリストロスはぼそりと独り言を口にした。
「そういえば、ミンチよりひでぇやって台詞が何かの作品でありましたねぇ。……まあ、これは本当にミンチそのものですが」
あの小賢しいシャンマリーのことだから、まだ生きているかもしれない、もしくは何か仕込んでいるかもしれないと警戒して丹念に色々と調べてみるが、これといって特に何も危険な要素は見受けられない。
しばらくして、安心して大丈夫だろうと判断したカリストロスは、勝利を確信してついに六魔将の一人を仕留めたと口元を歪ませて笑おうとする。
しかし、その時――
「やってくれましたねー、カリストロスさーん」
背後から不意に聞こえてきた可憐な少女の声に、カリストロスは慌てて後ろを振り向いた。
「なッ……?!」
カリストロスが振り向いた先には、掠り傷どころか服の汚れ一つ見当たらない無事な状態のシャンマリーが、にこやかに微笑みながら佇んでいた。
しかし彼が激しく驚いた理由は、単にシャンマリーがまだ生存していたからというだけではない。
――なんと、カリストロスの視界の先には三人もシャンマリーが立っていたのである。
「シャンマリーが三人……?! 分身……? いや、人形か――?!!」
困惑しつつも敵の復活に攻撃態勢を取り直すカリストロスであったが、そこで彼は直感的に酷い悪寒を感じるに至った。
ほぼ無意識的に横へと飛び退き、咄嗟に身体を捻って重心を移動させる。
途端、カリストロスの片腕が肩の付け根からすぱっと切断されるとともに、彼の元いた場所の後ろから独りでに高速回転する日本刀が飛び出してきた。
「ぐっ……?! あ゛あ゛ああああああッ!!!!!!」
気が付くといつの間にか自分の片腕が無くなっており、不快な喪失感と共に今度は遅れてやってきた激痛からカリストロスは目いっぱいの絶叫を上げる。
ブーメランのように空中を飛んできた日本刀を三人いるシャンマリーのうち、真ん中にいる一人が華麗にキャッチすると、刀をぶんと振って刀身についた彼の血を払った。
「油断しましたねえ、カリストロスさん。まあ、私も人のこと言えないんですけど」
「て、テメェえええええッ!!」
気が動転してついに逆上したカリストロスは、残った方の手に握っているコルト・アナコンダを連射するが、彼女は涼しい顔で全ての銃弾を日本刀により弾き飛ばす。
「くそッ……! だったら、コレはどうだ!!」
続けてカリストロスは今の段階で出力できる全ての魔力を総動員し、自身の背後及び頭上の空間全体から、何百丁ものAK-47やAKMといった軍用小銃を一気に大量出現させた。
まるでウニや針鼠のトゲの如くびっしりと揃って突き出た、AKと称されるその小銃群は、優れた生産性や耐久性から“世界最多の軍用銃”にして“人類史上最も人を殺した兵器”として畏れられる代物である。
彼の憎悪と焦燥、そして戦慄をそのまま具現化させたような軍用小銃の大群には全て、カリストロスの魔人としての力が込められており、その一発一発が必中必殺の呪弾としての効果を帯びている。
「――あら、これはスゴイ」
「くたばれええええええ!!!!!!」
カリストロスが叫ぶとともに、一丁につき装弾数30発、発射速度毎分600発もの弾丸の集中砲火が豪雨のように三人のシャンマリーに向かって叩きつけられる。
鼓膜を一瞬で破裂させそうな勢いのけたたましい発砲音を鳴らして一斉発射された過剰すぎる包囲銃撃であったが、しかしその弾丸の嵐はシャンマリーたちに触れることすらなく全てが防がれることとなってしまった。
「なあッ……?!!!」
何百もの小銃に込められた銃弾を全部撃ち尽くし、猛烈な砂埃と金属粉が舞い上がる中、カリストロスは渾身の一撃を容易く凌いだシャンマリーの姿を凝視する。
「「――死線領域」」
すると三人並ぶシャンマリーのうち、左右にいる二人がそう呟き、両手の指先全てから大量の幽糸霊線をドーム状に張り巡らして、自分たちを包む結界のようなものを形成していた。
この結界は蜘蛛の巣のように細かく編まれた糸が何層にも重なって形作られており、硬化させた糸そのものだけでなく、糸同士が超高速振動しつつ共鳴し合うことで、銃弾の嵐だろうが金属片の雨だろうが、一発も通すことなく防ぎきる攻防一体のバリアーとなっているのである。
更なる驚愕から唖然としてしまっているカリストロスに、三人いるシャンマリーたちがそれぞれ厭らしい笑みを浮かべながら言葉をかける。
「――お手洗いは済ませましたか?」
「――ご家族にお別れは?」
「――みっともなく土下座して命乞いする心の準備はオーケー?」
どこかの老執事を思わせる台詞にカリストロスは歯噛みしながら、周囲に展開したAKを消滅させると同時に、残った魔力で今度はパンツァーファウストやカールグスタフといった、対戦車弾を搭載した無反動砲を大量に出現させる。
「舐めやがって! クッソがああああああッ!!!!!!!」
運動エネルギー弾が駄目ならば、成形炸薬弾による高温と高圧の爆轟波であれば通用するかもしれないと、必死になって放った飽和攻撃。
直撃した対戦車榴弾による凄まじい爆炎は幽糸霊線の結界ごとシャンマリーを包んで飲み込み、彼女たちの総身を容赦なく焼き尽くした。
勿論、その砲弾の一つ一つにもカリストロスの魔力を込めて魔弾と凶弾の特性が付与されているが、もしこれで通用しないならそれこそ戦闘機で特攻を仕掛けるくらいしか思いつく対抗手段がなくなってしまう。
(いい加減くたばれ、このクソアマが……ッ!)
地面にクレーターを作るほどの集中爆撃は、見たところ糸の結界ごとシャンマリーを吹き飛ばしたかのように思える。
しかし油断は出来ないとカリストロスが目を凝らそうとしたところで、彼は急に自分の胸元に違和感を感じてふと視線を降ろした。
「あ――」
すると、自分の胸のほぼ中央、ちょうど心臓があるであろう位置から赤い鮮血に濡れた、細長い刃物の先端が思いきり突き出ていた。
「――ッ?!!!!!!」
気づいた直後に顔を出していた刃物の先が身体の方へ戻っていき、そして自分の背中からずぶりと引き抜かれていくのを感じる。
「ごふっ……!」
途端、喉から一気に血が込み上げて口から溢れ出るとともに、カリストロスは急な眩暈と激痛から地面に勢いよく倒れてしまった。
地面に転がった状態で上を仰ぎ見ると、いつの間にか背後に回り込んでいたシャンマリーがこちらを見下ろしながら刀についた血を払っている。
「い、つの間……に……」
「あんまり派手にバカスカ撃ち過ぎですよ、カリストロスさん。それでは見えるものも見えなくなってしまいます。――さて」
そう言ってシャンマリーは倒れているカリストロスの首筋へふっと刀の先を向けると、笑みの消えた酷薄な表情で彼の顔を見つめた。
「魔人である貴方は心臓を破壊したところで、すぐには死んでなんてくれないでしょう。ですので、その首を刎ねます」
(…………ッ!!!!)
この状況は拙い。本当に拙い。
本来ならば魔人であるカリストロスは、たとえ四肢を千切られて主要な内臓を破壊されたとしても、魔力次第で存命し回復も行うことが出来る。
しかしシャンマリーの刀には再生や復元を阻害する“何か”が仕込まれており、貫かれた心臓はおろか先に斬られた腕もいまだに治るどころか血が止まる気配すら一向にない。
そんな彼女の武器で首なんて斬られようものなら、それこそ確実に殺されてしまう。
「――では、さようなら。今度生まれ変わったら、もう少し人と仲良くする努力をしてくださいね」
そして、シャンマリーは一切の容赦なく無慈悲にカリストロスの首へ刀を振り下ろした。
(――――ッ!!)
そこでカリストロスは咄嗟に、残った力を振り絞って懐に手を突っ込み、何かペンダントのようなものを掴んで取り出す。
途端、シャンマリーの刀が通過する直前でカリストロスの姿がその場からかき消え、一瞬にしていなくなってしまった。
「……ッ?!」
突然の予期せぬ事態に、流石のシャンマリーも困惑した表情を浮かべる。
(今のは空間転移……?! 消える直前に何か、薔薇みたいな紋様のついた装飾品を取り出していましたが……まさか!)
急に思い立ったようにシャンマリーが魔王令嬢ロズェリエの倒れていた方を向くと、なんと彼女もいつの間にかそこから姿を消してしまっていた。
周囲を見回してみるが、シャンマリー以外の人影や気配は全く感じ取ることが出来ない。
(なるほど、万一に備えて緊急離脱用の強制転移アイテムを持たせていた訳ですか。やられましたね……)
シャンマリーは静かに刀を鞘に納めつつ、自分の中に意識を集中させて、魔光都市中に配置した使い魔からの情報を収集する。
(市内には見当たらない……ということは街の外まで転移したということですか。困りましたね……)
笑みの消えた顔でメイド服の少女は小さく息をつきながらメガネの位置を直すと、カリストロスの爆撃で地面にクレーターが出来た場所へ視線を向ける。
「しかし彼も存外にやってくれたものですねえ。私の人形のストックが切れてしまったではないですか」
シャンマリーの本体がカリストロスの背後へ回り込む際に一瞬だけ幽糸霊線の結界を解かなければならなかったので、三人いたうち人形の二体は跡形もなく焼かれてしまったのである。
「本当は探し出してトドメを刺したいところですが……今はレフィリアさんを奪い返す準備をしなければなりませんね」
そう言い残すと、シャンマリーは自分の居城である王宮の中へと帰っていくのであった。




