袂を分かつ異世界の銃使いの話③
四発同時に発射されたロケット弾が、初速114m/sの速度を魔力によって更に倍増された状態で、シャンマリー目掛けて真っ直ぐ向かっていく。
魔弾の特性を付与されたそれは当然、避けてもしつこく追いかけて来る上に、刀で斬ったところでM235焼夷弾頭が爆裂し、1200℃もの猛烈な火炎をばら撒くだろう。
凶弾の性質を持つ爆炎は体表面に触れただけで、皮膚はおろか内側の臓器まで焼き尽くしてしまう悪質な攻撃性を持つ。
しかしそれはあくまで着弾すればの話であり、突然パンパンパンと甲高い破裂音が連続で聞こえたかと思うと、焼夷ロケット弾はシャンマリーにけして届かない離れた位置で全て爆発し、何もない空中で火炎を撒き散らすことになってしまった。
「ッ――?!」
何故、標的へ届かぬうちに撃ち落とされてしまったのかを確認するため、カリストロスはシャンマリーの方へ視線を向ける。
そこで彼は、信じられないものを見たかのように目を見開き、唖然とした表情になった。
「なっ……?! 何ですか、それは……ッ!!」
なんとシャンマリーの両手には黒光りする二丁の自動拳銃、ベレッタM92が握られていたのである。
その銃口からは薄く硝煙が立ち昇っており、彼女が拳銃からの銃弾によってM202のロケット弾を全部撃墜してしまったことを物語っている。
「何故、貴方がベレッタなんかを……!」
「ふふ、銃器を扱えるのは自分の専売特許とでも思っていました?」
カリストロスの困惑して驚いた表情がそうとう気に入ったのか、シャンマリーは腕を交差させてカッコつけたポーズをしながら、気取ったしたり顔まで浮かべてみせる。
「……なるほど。もしかして貴方、視た相手の能力をある程度まで模倣出来るのですね」
「――はい?」
「前々から不思議には思っていました。貴方は他の異世界転移者たちに比べても出来ることの幅がどうにも広いと。オデュロのように刀を主武装にしているかと思えば、ゲドウィンのように魔法を扱える。エリジェーヌのように他者を洗脳して操り、メルティカのように使い魔を自在に従える。そして私のように銃器を使用する能力……そうとしか思えません」
「ええと、正解か否かと言われれば間違ってるんですけど……まあ、大間違いってほどズレてもない……ですかねぇ」
シャンマリーは少しだけ困った顔をすると、くるくると拳銃を見せつけるように指先で弄ぶ。
「まあ、この武器自体は私の能力をちょっとだけ応用して作った自作の魔導式拳銃ですよ。貴方の銃みたいに神秘を無効化する機能まではついていません」
そこまで言ってシャンマリーは二丁拳銃を構えなおすと、カリストロスに向かって銃口を向ける。
「それでも当たれば、貴方のような魔人であろうと怪我はすると思いますよ?」
そして賺さず二丁拳銃からマシンガンのように銃弾を連射し、カリストロスは右手に持っていたM202を放り捨てると同時にそれを躱して、ステップを刻むように後方へと飛び退いた。
「ちっ――」
更に距離を取ったカリストロスは自身の周囲の空間から、M20スーパーバズーカやRPG-7といった、やや時代を感じるラインナップだが有名かつ人気のある無反動砲やロケットランチャーを幾つか出現させ、それを一斉に撃ち放った。
当然シャンマリーは発射されたそれらの弾頭を手持ちのベレッタによって、その全てが自分に届くよりも遥かに離れた位置で容易く迎撃してしまう。
だが、それらの砲撃はあくまで“牽制”であり、カリストロスは両手に二丁拳銃として黒とシルバーのコルト・アナコンダを出現させると、撃ち落とされた榴弾の爆炎に紛れながらそれらの銃口をシャンマリーへと向けた。
(両手に拳銃を握っているのならば、刀のように小さい銃弾を弾くことは出来ない筈だ。ならば――!)
いくらシャンマリーといえど、射撃に最も特化した自分の銃弾を同じように銃弾をあてて全て凌ぐような真似は出来ない筈。
彼女の両手に拳銃を握らせた状態を維持させるために、あえてロケット弾による飽和攻撃を行い、撃墜させているその隙に目標へ44マグナム弾を直撃させる。
それを目論み、カリストロスは完璧なタイミングで銃弾を叩きこんだのだが、連続で放たれた十数発の弾丸は全部、シャンマリーへ触れる前に弾かれてしまうこととなった。
「なッ……?!」
「危ない危ない。どうせそんな事をしてくるだろうとは思ってましたけどね」
コルト・アナコンダによる弾丸が弾かれる瞬間、カリストロスの超人的な視力はどうやってシャンマリーがマグナム弾による不意打ちを防いだのかを目撃していた。
それはベレッタを握っているシャンマリーの両手の小指から伸びている見えない糸――幽糸霊線を触手のように振るっての切断によるものである。
彼女の操る糸は硬化させることで鋼鉄すら容易く鋭利に斬り裂けることはカリストロスも聞き及んでいたが、まさかここまで精密な動作が可能だとは想像もしていなかった。
その幽糸霊線はカリストロスの視力を以てしてもなかなか見えにくいものの、よく目を凝らせばシャンマリーの周囲を覆うように無数の糸がガードしていることが確認できる。
「ちいっ、姑息な小細工を――っとお!」
息をつかせる間もなく、反撃に拳銃弾を連射してきたシャンマリーの銃撃をカリストロスはすんでのところで回避する。
(くそっ。銃弾と榴弾、どちらも防がれるとなると埒が明かない。何か策は――いや、あるな)
カリストロスは急に何かを閃いたような顔を浮かべると、今度は自身の周囲に、MGL-140という回転式弾倉を持つグレネードランチャーを複数出現させた。
これも映画やアニメ、ゲームなどに何かとよく登場する機会の多い人気のある銃火器だが、6発シリンダー内蔵型の回転式チャンバーに搭載された40mmグレネード弾をシャンマリー目掛けて一斉に発砲する。
懲りないですねえ、と内心ほくそ笑みながらシャンマリーはそれら全ての榴弾をベレッタの弾丸によって撃ち落としたが、迎撃されたグレネードからは破裂と同時に猛烈な白煙が沸き立ち、瞬く間に周囲一帯を真っ白に染め上げた。
「催涙弾――ッ?!」
グレネード弾から発生した白煙はただの煙幕ではなく化学的な催涙剤であり、皮膚や粘膜に付着すれば咳や落涙、嘔吐や強い痛みなどの症状を引き起こして行動を阻害する。
勿論、シャンマリー相手にそんな鎮圧効果が期待できる筈もなくただ視界を奪うだけの一時的な目眩ましにしかならないのだが、カリストロスのことなので何をしてくるかは判らない。
(逃亡した……? いえ、まだそこにいますね――!)
気配によってカリストロスがまだその場に佇んでいることを確認しつつ、シャンマリーは幽糸霊線を張り巡らしながらも、何が飛んできてもいいようベレッタを構えて迎撃の姿勢を取る。
すると案の定、白煙に紛れてまたもや数発のグレネード弾がシャンマリーを囲うように飛んできたため、彼女はその全弾の位置を正確に把握してまたもや精密な動作で銃弾を撃ち放った。
(煙幕越しの焼夷弾による飽和攻撃ですか。しかし、そんなもの――)
何の有効打になりもしない、所詮グレネード弾の爆炎など自分に届きはしない、とシャンマリーは高を括っていた。
しかし、迎撃した40mmグレネード弾は爆炎を放つ成形炸薬弾などではなく、大量の細かい金属片をばら撒く破片榴弾だったのである。
「ッ――?!」
シャンマリーが反応した時にはもう遅かった。
いくら銃弾を弾き落とせる幽糸霊線といえど、更に細かく小さい、そして何百もの金属片によるシャワーを全てガードすることは出来ない。
しかもカリストロスはわざわざ、シャンマリーが逃げられないようグレネードがばら撒く散弾の効果範囲を立体的に重ね合わせて包囲する形で発射したため、不用意に撃ち落とした時点でシャンマリーには防ぐ手立てなど無かったのである。
爆発による衝撃波により超高速で飛散した鋭利な金属片はシャンマリーの身体を無慈悲に斬り刻み、一瞬で見るも無残なミンチへと姿を変えてしまった。