女主人公が異世界で巡り合う話③
――傭兵団アジトの最奥部。
渓谷内部にある天然の洞穴を利用した、開けた空間の一室には、たった今傭兵団のリーダーを嬲り殺したカリストロスが佇んでいた。
彼の周りには、他にも数人の猟犬兵がM16やM4カービンなどの軍用小銃を持って控えている。
室内の地面には、お頭とともに猟犬兵へ抵抗して、なすすべもなく撃ち殺された傭兵団の構成員たちの死体がごろごろと転がっていた。
「――全く、蟻みたいにこそこそと巣を作って。あなた方みたいな連中に嫌がらせのようなゲリラ活動をされると、色々と予定が狂って面倒で迷惑なのですよ」
カリストロスは傭兵団のリーダーである男の頭をブーツでぐりぐりと踏みつける。
傭兵団の存在はカリストロス本人にとっては微塵も脅威になり得ないが、魔王軍を構成する雑兵からしてみれば多かれ少なかれ障害となるのだ。
「本来なら私自らがこんな、薄汚くて埃っぽい場所になんて来るべきではないのですが……まあ、たまには現場に出て身体を動かさないと、せっかくの能力が錆びついてしまいますからね」
要するに、ちょっとした散歩感覚でひと暴れしたかっただけである。
手練れの傭兵団ということで少しくらいは緊張感のある戦いが味わえるかと思っていたが、全くの期待外れであった。
いつも通りの一方的な鏖殺である。
「まあ、全っ然物足りませんでしたけど。本当に蟻をプチプチ潰しているような気分でした。――ですが」
カリストロスは今、自分がいる部屋の出入り口に目線を向ける。
「……私の兵士が何人か倒されていますね。少しは骨のある蟻がいるのでしょうか」
自身の使い魔である兵士が十数人ほど消滅しているのを認識し、カリストロスは目を細める。
この世界の住人で彼の兵士を相手に真っ向から戦える者は非常に少ない。
カリストロスの知る限り、最も彼の兵士を多く減らせたのは、この世界で勇者と呼ばれていた男だが――なんと今の時点で、勇者が築き上げたスコア以上の数の兵士が消滅させられていた。
(一体、誰だ? まさか他の六魔将が、何かの理由で私の邪魔をしにきたんじゃないだろうな……?)
カリストロスが思案に耽っていると、部屋の出入り口から剣を持った三人の男女が駆け込むように侵入してきた。
「お頭! ――くっ……!」
ルヴィスは、部屋の中央に立っている軍服姿の男の足元を見て、思わず顔を顰めた。
そこには、彼がお頭と呼んだ傭兵団のリーダーの男が、無残な死体となって床に臥せっていたからだ。
「――お前が六魔将の一人、鐡火のカリストロスか……!」
「……だとしたら?」
怒りに満ちた表情で凄むルヴィスの視線に、カリストロスは鬱陶しそうに答える。
「俺はお前が殺した勇者の甥だ。叔父の仇を討ちに来た」
「勇者? ……勇者……ああ、あの緑色の……ええと、何ていったかな……」
「勇者エメルドだ」
「ああ、そんな名前でしたっけ。ていうか、雑魚の名前なんていちいち覚えてなんかいませんよ」
その言葉に、ルヴィスは更に表情を険しくする。
「……何だと?」
「しかしよくもまあ、あの程度の力で一度は世界を救えましたねぇ。――ああ、そういえば魔王も雑魚でしたから出来なくもありませんか」
「……お前は俺たちをどこまで侮辱すれば気が済むんだ」
憎悪を向ける目の前の相手に、カリストロスはやれやれと肩を竦める。
「お話はそれで終わりですか? ならば、今すぐあの世でその叔父とやらと再会させてあげますよ。天国とか地獄なんてものがあるのかは知りませんけどね」
「――いえ、私からも話したいことがあります」
すると白い女剣士、レフィリアが前に出た。
「初めまして、カリストロス。私はレフィリア。――異世界から来た者です」
「――何?」
異世界から来た、という単語に反応し、カリストロスは眉を顰める。
「貴方はこちらの世界に来て、沢山の人間を殺めたようですね。……心が痛んだりはしませんか?」
その言葉に、カリストロスはしばらく無言になってしまった。
そして数秒後、信じられないというような表情になった。
「――はっ、何を言ってるんですか貴方は。痛む訳なんてないでしょう」
カリストロスはものすごく呆れたような顔でレフィリアを見る。
「貴方は何か勘違いをしているのかもしれませんが、ここは異世界ですよ? 私たちが元いた世界とは違うのです。物語の主人公がいちいち倒した雑兵を気にかけたりしますか?……しませんよねぇ、世界一有名な髭親父も亀一匹潰すのに悔やんだりなんかしませんよねぇ?」
今までと違い、少し感情の籠ったカリストロスの言葉に、レフィリアは静かにため息をついた。
「――よく判りました。とりあえず、貴方は私が倒します」
レフィリアは右手に蒼い光の剣を取る。
「はっ、馬鹿な女だ。三人纏めて死に晒せ!」
カリストロスは勢いよく右腕を上げ、周囲の兵士たちに号令をかける。
「疾風の如き俊足で駆け抜けろ――クイックネス!」
ルヴィスとサフィアの二人は即座に詠唱し、魔法で自分たちの敏捷性を強化する。
部屋中の猟犬兵たちが敵対者の三人、特にレフィリアを集中的に狙ってアサルトライフルやアサルトカービンを一斉発射した。
「はああッ――!」
兄妹はすれすれで弾丸をかわしながら一旦、積まれた荷物などの物陰に隠れ、レフィリアは銃撃をかい潜りながら一気に接近する。
そして一撃で三人の猟犬兵を一度に斬り捨てた。
「ちいッ――!」
レフィリアのすぐ近くにいた八人程の猟犬兵は咄嗟に銃を投げ捨てると、コンバットナイフを片手に群がるように飛び掛かって来た。
「無駄です!」
しかしレフィリアは回転するように斬りかかり、八方から迫りくる敵兵を即座に一網打尽にする。
だが――
「馬鹿め! 足を止めたな!」
背後からのカリストロスの声。
彼の方を振り向くと、彼の周囲には数十丁のセミオートライフル、ウインチェスターM100がレフィリアに銃口を向けて宙に浮いており、今にも発砲されそうな状態であった。
(やばッ――!)
「はっ、死ねよ脳筋――!」
カリストロスが即座に指を鳴らし、ライフルから銃弾が豪雨のようにレフィリアへ降り注ぐ。
「レフィリア様?!」
その光景にサフィアが叫ぶ。
しかし、他の猟犬兵を兄とともに相手をしている彼女には、どうすることも出来ない。
レフィリアも動作の大きい攻撃のすぐ後なので、咄嗟に避けることが出来ない。
無慈悲な死の旋風が彼女に襲い掛かる。
――だが、レフィリアに降り注いだ筈の弾丸は、彼女の身体にあたる前に見えない何かに阻まれ、豆鉄砲のように全て弾かれてしまった。
「えっ――?!」
「な、何が起きた……?!」
カリストロスは自身の攻撃が全く効かなかったことに狼狽するが、レフィリア本人も訳が解らないでいる。
レフィリアには怪我どころか、弾丸が接触した感触すらない。完全なノーダメージだ。
「っ――これならどうだ……!」
カリストロスはまた指を鳴らし、自身のすぐ傍の空間を歪ませると、今度はカールグスタフM4という無反動砲を出現させる。
これは本来ならば戦車や装甲車への攻撃に使われる84ミリ口径のロケットランチャーだ。
いくら異世界からの使徒といえど、この火力ならば充分仕留められる筈。
「くたばれ――ッ!」
カリストロスの号令とともに対戦車榴弾が発射され、レフィリアに向かって真っすぐ飛んでいく。
そして彼女の元へ即座に到達し、直撃した砲弾は凄まじい大爆発と衝撃波を引き起こした。
「――ははっ、これなら流石に死んだでしょう!」
砲撃が着弾した地点から、猛烈な爆炎が広がり黒煙が立ち昇る。
――しかし、レフィリアは全く無傷のきれいな姿のままであった。
堂々と佇んでいる彼女は完全なノーガードでありながら、服の一片も破れておらず、髪型一つ崩れていない。
明らかに狼狽えているカリストロスをレフィリアは静かに見据えると、ゆっくり彼に向けて歩を進めた。
「――貴方、魔法少女みたいな能力を使うんですね」
「……は? 今、何と言った……?」
既に余裕の欠片もない、殺気の籠った表情でカリストロスは眼前の女を睨みつける。
「この私の能力が魔法少女みたい、だとぉ……?!」
頭にきたカリストロスはまたもや指を鳴らし、カールグスタフと入れ替わりに今度はGAU-8、つまり魔王を滅多撃ちにした機関砲を出現させた。
「ふざけるな! 馬鹿にするのも大概にしていただきたい!」
「馬鹿にしたつもりなんてないのですが――はああッ!」
GAU-8の巨大な砲身から弾丸が発射される前にレフィリアは一気に跳躍し、飛びかかると同時にその砲身を光の剣によって一刀両断する。
「くそッ――!」
カリストロスは即座に後方へ飛び退くが、レフィリアは着地してからすぐにまた剣を振り、カリストロスの肩口を斬りつけた。
「ぐっ……!」
血の溢れ出た肩の傷を手で押さえ、カリストロスはレフィリアを睨みつける。
「――痛いですか? 少しは人の痛みが解りましたか?」
「お前……ッ!」
カリストロスは唸りながらも、瞬時に周りを把握する。
眼前の敵は、装備やこれまでの動作から白兵戦に特化しているのは明白だ。
この位置と距離では、回避に徹すれば今ならギリギリ逃走できるが、反撃は絶望的。
相手に自身の攻撃が通じない理由が判らない以上、防戦すら厳しいだろう。
――非常に不本意だが、やむを得まい。
「……いいでしょう。今回は、このくらいにしておいてあげます」
そう言ってカリストロスは指を鳴らすと、自分の足元からパンツァーファウスト3という無反動砲を幾つか出現させた。
しかし、それは全て砲身が縦に向いている。
「何を――」
レフィリアが言い終わる前に、カリストロスはロケットブースターのついた弾頭を一斉に上へ向けて発射する。
ロケット弾は天井に着弾して爆発すると、崩壊した瓦礫や砕けた岩石の雨を部屋中に降り注がせた。
「なッ――?!」
「では、勝負は一旦預けます」
そう言い残し、レフィリアが意識を逸らした一瞬の隙をついて、カリストロスはあっという間に部屋から姿を消した。
飛び道具ばかり使っていた彼だが、身体能力は決して低くはない。
まるで忍者のような動きで降り注ぐ瓦礫を物ともせずに搔い潜り、戦場から鮮やかに撤退していった。
彼がいなくなったと同時に、部屋の中にいた全ての猟犬兵が姿を消していく。
「――レフィリア様!」
レフィリアの背後から、サフィアの叫ぶ声が聞こえる。
「ここは、もう埋まります! 早く脱出しましょう!」
「わ、判りました……!」
爆発の衝撃で次第に崩壊が広がっていき、落下してくる瓦礫をかわしながら、三人の剣士は何とか傭兵団のアジトから脱出した。
当然、アジトの外にカリストロスの姿などはない。
「……逃げられてしまいましたか」
歯痒そうな表情のレフィリアに、ルヴィスが声をかける。
「ですが、あのカリストロスに一泡吹かすことが出来ました。六魔将に手傷を負わせた者なんてこれまで一人もいませんでしたよ。流石はレフィリア様です」
尊敬と希望に満ちた眼差しで見つめてくるルヴィスに、レフィリアは少し困った顔をする。
「とりあえず、今日はもう暗いですからこの近くで寝泊まりしましょう。そして、日が昇ったらすぐに出発しましょう」
「そうだな、敵の増援がまたやってこないとも限らない。それから――」
これからのことを話し合うルヴィスとサフィアを、レフィリアはどこか遠い目でぼうっと眺める。
アジトの中で死んでいた傭兵団たちの遺体、そしてカリストロスの言っていた言葉がふと脳裏に思い出される。
『――ここは異世界ですよ? 私たちが元いた世界とは違うのです』
何か心に引っかかる違和感。そして、それを明言化できない気持ち悪さ。
(――他の転移者たちの行為を認める気はないけど……私もおかしくなってたりしないのかな……)
とっくに日の落ちて暗くなった夜空を見上げる。
レフィリアの視界には、まるで死んでいった者たちの命が天に昇って輝いているかのように、満点の星々が煌めいていた――。




