戦場となる異世界の大宮殿の話③
「うーん、六人中二人しか眠らなかったということは、もしかして他の四人は完全状態異常対策とかしてます?」
余裕そうな態度でそう尋ねてくるシャンマリーの登場に、ルヴィスたちは戦慄を感じ冷や汗を浮かべる。
実はホール内には既に、強い麻酔効果のある地形トラップがシャンマリーによって仕掛けられていたのだが、ソノレとノレナは護符、ルヴィスとサフィアは鎧の状態異常無効の特性によって、幸いにも影響を受けずに済んでいるのであった。
(一体、いつの間に……! 剣と鎧を身に着けている状態でも、気配すら感じ取れなかっただと……?!)
しかし剣と鎧を装備していることで身体能力も知覚能力も飛躍的に強化されているというのに、それでさえも敵の接近に気づけもしなければ、敵から何をされたのかも判らなかった。
改めて六魔将である、無影のシャンマリーの底知れぬ恐ろしさを痛感したルヴィスであったが、既に会敵してしまった以上は覚悟を決めるしかない。
「ふっ――!」
まずはとにかく敵の位置がこちらに近すぎるので、ルヴィスは牽制の目的も含めて即座に剣を振るい、刀身から剣圧による風の刃を飛ばす。
しかし斬撃が直撃したかのように見えたシャンマリーの姿は幻のようにかき消えると、またもや気配も含めてその場から存在を感じ取れなくなってしまった。
(ッ――?! どこに行った……!)
全員が周囲一帯に気を配るが、彼女がどこへ移動したのか見つけることが出来ない。
「うっ……!」
途端、ノレナが小さな呻き声を上げたかと思うと、どさりと力なく床へと倒れ込む。
残った三人が咄嗟に彼女の方を向くと、またいつの間にか接近していたシャンマリーが、赤い血で濡れた人差し指を突き立てていた。
なんとメイド服の少女はか細い指先で背後からノレナの胴を容易く刺し貫き、彼女に何かを仕込んだらしい。
「貴様ッ――!」
サフィアがすぐに飛びかかって斬りかかるが、またもやシャンマリーの姿は残像を残して煙のように消え去ってしまう。
そして少し離れた位置へパッと瞬間移動でもしたかのように姿を現すと、指先についたノレナの血を美味しそうに舐めた。
「ほとんどの方が見覚えのある顔ぶれですね。もしかしなくても、レフィリアさんの救出に来たのですか?」
「ご名答。話が早くて助かる」
ルヴィスは内心の戦慄や動揺を顔に出さぬよう気丈に振舞いながら、シャンマリーの方を向いて返答する。
「レフィリアはこの宮殿の中に囚われているのか?」
「さあ、それはどうでしょうねえ……。そのことを教える義理もなければ、本当のことを言ってるか判断する術もないでしょう?」
「……確かにな。しかしこうして会ってしまった以上は、お前という最大の脅威を取り除くことが何より先決だ」
「あら、随分と自信が御有りのようですね。流石はただの人間でありながら、オデュロさんに襲われても生き残って戦線復帰してきただけはあります」
シャンマリーが言ってのけた最大限の皮肉に、ルヴィスは忌々し気に目を細める。
「ふふ、もしまた運良く瀕死で済みましたら、今度はオデュロさんのところへお土産として送ってあげましょうか。貴方なら良い造魔人に生まれ変われると思いますよ」
「笑えない冗談だな!」
そう言って、ルヴィスは剣の刀身へ即座に雷の魔力を込めると、閃光のように一瞬で間合いを詰めてシャンマリーへと斬りかかる。
「雷電光剣ッ――!」
初撃の速度に全てを込めた、残光を残すほど瞬速の斬撃であったが、シャンマリーは表情一つ変えずにひらりと容易く攻撃を躱してみせる。
(恐るべし六魔将、伝説の武具で超人化したアダマンランク冒険者でもいまだに捉えることが出来ないか……。ならば――ッ!)
心の中で歯噛みしたソノレは、状況を打開するために懐から魔力結晶を取り出すと、それを放り投げようとする。
「おっと、そうはさせませんよ!」
しかし、ナーロ帝国の円形闘技場で白いローブの男が魔力結晶により大規模魔術を即座に発動した出来事をシャンマリーは忘れていなかった。
回避と同時にまた姿を消したシャンマリーは、一瞬でソノレのすぐ傍まで接近すると、なんとただの手刀の一閃で彼の手首を切断した。
「がッ……?!」
すぱっと鋭利に右手首を斬り落とされたソノレであったが、ギリギリのところで魔力結晶の投擲には成功し、投げられた結晶は空中で眩い閃光を放つ。
するとその光はルヴィスとサフィアの二人に膨大な量の魔力を与え、両者の戦闘能力を大幅に強化させた。
「これはッ……?!」
「いま、発動した魔法は“リインフォース”だ! これで二人は最大限の能力を発揮できる筈だ!」
斬られた手首の断面から多量の血を流して苦悶の表情を浮かべつつ、ソノレは精一杯の声で二人に叫ぶ。
リインフォースとは、凄まじい量の魔力を一気に消費する代わりに、ブーステッド、プロテクトアーマー、クイックネス、その他様々な強化の効果をいっぺんにかける上級補助魔法だ。
時間の制約こそあるが、これによって魔法をかけられた対象者は攻守ともに極めて高いパフォーマンスを発揮することが可能となる。
「ちっ――」
魔法の発動自体を阻止できなかったことに小さく舌打ちしながら、シャンマリーはソノレに蹴りを放つと、少女の見た目からは想像も出来ない脚力でソノレを大きく吹っ飛ばす。
「ごはあッ……!」
放物線を描いて空中を飛んだソノレはそのまま地面に落ちると、腕から血を撒き散らしながらごろごろと床を転がっていった。
「ソノレさんッ……!」
「おのれ! 双牙鋏顎刃ッ!」
サフィアは倍以上の長さで伸びた光刃を伴う双剣でシャンマリーへと斬りかかり、剣を交差させて切断する奥義を放つ。
シャンマリーはそれすらも避けきって後方へ飛び退いてみせたが、移動した先で自分が着ているメイド服の裾が少し裂けていることに気づいた。
「あら……?」
自分の衣装の破けた箇所を確認すると、シャンマリーは本当に感心したようにサフィアのことを見つめる。
「いやあ、すごいですねえ。余波程度とはいえ、ほんのちょっとでも私に攻撃をあてるなんて」
「くっ、馬鹿にして……!」
「いえいえ、素直に褒めているんですよ。私、俄然貴方がたに興味が湧いてきました」
シャンマリーはにこにこと微笑みながら、眼前に立つ兄妹二人の姿を見据える。
「決めました。赤い髪のお兄さんはオデュロさんへの手土産に、青い髪のお姉さんは私のものにしちゃいましょう。――ですが」
そこでメイド服の少女は、ここにきて始めて肩から背にかかっていた帯に手をかける。
「貴方がたと素手でやり合うのは私も流石に怖いので、久しぶりに“これ”を使わせてもらうとしましょうか」
そして背中に背負っていた鞘から、徐に日本刀を引き抜いてみせた。




