戦場となる異世界の大宮殿の話①
――レフィリア救出作戦当日。
日が昇り始めた早朝から天翔ける船箱にてアルバロン島を発ったルヴィスたちは、エステラを含めた7人で六魔将の一人、シャンマリーの支配地であるウッドガルドへと向かった。
7人とはいってもエステラは船箱の操縦士兼撤収時の回収役として戦場となる王宮の上空に光学迷彩を展開しつつ待機してもらうため、実質王宮に潜入を行う実働メンバーは6人となる。
というのも、船箱は確かに携帯性に優れるが、取り出して出現させるにはある程度の場所の広さがいる上に、出してすぐ発進させられるという訳ではないからである。
既に太陽も高く昇った頃、穏やかな日差しに照らされたラグナ宮を視認したエステラは、操縦席から全員に声をかけた。
「目的地である敵拠点、ラグナ宮を確認。宮殿のバルコニーに船箱をできるだけ寄せるから、作戦通りなるべく時間をかけずに飛び移って!」
「うひゃー、あれがウッドガルド王家の大宮殿、ラグナ宮かー。豪華で立派なデッカイ建物だなぁー」
「まさかこんな風に大空高くから、かの王宮へ入ることになるなんて思ってもみなかったわね」
どんどん迫る王宮の絢爛な姿を窓から見据えながら、ジェドと女僧侶が感想を述べる。
「あの王宮にレフィリアがいるとは限らないが、何にせよ攫った本人である六魔将、無影のシャンマリーの根城だ。会敵、交戦する可能性は高いだろう」
「まずは宮殿内を潜作してレフィリアさんの捜索、シャンマリーと遭遇した際は彼女の討伐及びレフィリアさんの所在を問い詰める……ですね!」
既に鎧へ変身を済ませたルヴィスとサフィアが互いを見合わせて作戦内容を確認すると、ソノレとノレナが船箱の扉をスライドさせて出入り口を開ける。
「よし、諸君! ここからバルコニーまで飛び移るぞ!」
「光学迷彩起動中ですが、手早く! 船箱の存在が気づかれないうちに!」
実働班である六人は魔力によって瞬間的に脚力を強化し、速やかにバルコニーへ飛び移る。
エステラは操縦席からの遠隔操作ですぐにドアを閉じて、機体を完全に周囲の景色へ溶け込ませると、魔導拡声器で最後の声掛けを行った。
「では私は王宮が一望できる空域に待機していますので、撤収の際は信号魔弾で合図を!」
「了解です! エステラさんもどうかお気をつけて!」
エステラの乗った船箱が無事に離脱したことを確認し、前衛を担当するルヴィスが六人全員揃っている事を確認する。
「よし、それじゃあ王宮内へ潜入するぞ。言うまでもないがあの六魔将の居城だ、各自油断しないように!」
全員が一斉に頷き、ルヴィスとサフィアを先頭にバルコニーの扉から王宮内へと侵入する。
王宮のとにかく広い通路には幸い誰の姿も見受けられず、幅が10メートル以上もある見渡す限りの豪奢な回廊は、気味の悪いくらいしんと静まり返っていた。
「うはあ、きっれえー! こんな時じゃなかったら時間をかけてじっくり見て回りたいくらいだよ」
「ジェド、見惚れている場合じゃありませんよ」
「分かってるよサフィア。油断なんかしてないって」
全方向に気を配りながら、一行は隊列を組んで回廊の中を進んでいく。
そしてしばらく移動したところで、ルヴィスたちは即座に戦場特有の違和感と殺気を感じ取り、各々が剣や杖などを握り締めた。
(ついに侵入を気づかれたか……?!)
全員が神経を尖らせて周囲を見回していると、耳元にかさかさと小さく何かが蠢くような音があちこちから聞こえてくる。
すると周りの床や壁、天井にある調度品や飾り、照明などが変化しだし、様々な虫の魔物へと姿を変えた。
「魔蟲の群れだ! 気をつけろ! こいつら、周囲のものに擬態しているぞ!」
ソノレが全員に警戒を促すと、回廊のあちこちから、通常より遥かに大きいサイズの虫がわんさかと一行の元へ急接近してくる。
刃物のように鋭利な翅ですれ違いざまに獲物を切り裂く魔刃蟲、穀物どころか人間すら集って骨まで食らいつくす黒蝗蟲、生き物に取り付くと同時に血肉を身体の内側から貪り食らって掘り進む髑髏蟲、大蛇のように巨大な百足の毒龍蟲と、その多様な種類には節操がない。
しかし――
「ああもう、気持ち悪い! 紅蓮の炎よ、プロミネンス!」
ジェドが新調した魔杖を向けて即座に呪文を唱えると、回廊全体を包み込まんとばかりの猛烈な火炎流を発生させて、大量にいた魔蟲の軍団を一気に焼き払った。
「ふっふーん、飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことさ!」
自慢げに杖をくるりと回すジェドを、サフィアが冷静に窘める。
「ジェド、助かりましたがこれだけ強力な火炎の乱用はなるべく控えてください。火事になると退路が潰れます」
「あー、ゴメン。虫には炎ってついね。何とかは消毒だーって言いたくなるでしょ」
「はあ……」
「まあ、気持ちは解る」
「解るんですか、兄さん……」
「ありがとー、ルヴィスー!」
そんな会話をしていると、増援として通路の先から更に別の見た目をした蟲の魔物がまたもや大挙して押し寄せてきていた。
「ちょっと! 呑気に駄弁ってる場合じゃないわ! また来たわよ!」
女僧侶が注意を促すと、ジェドは余裕そうな様子でまたもや杖を構える。
「オーケー、ようは燃やさなければいいんだね。だったらこれならどうかな? ――射貫け、マジックアロー!」
するとジェドは、以前ベルヴェディアのホルン市で魔王軍の軍勢を一掃した際に使った、無数の光弾を放つ魔法を使用した。
星のような魔弾の一つ一つが虫の魔物を一体一体捕捉して正確に貫いていき、またもや敵の群れを一瞬で全滅させる。
「どんなもんだい!」
ジェドがカッコつけて決めポーズを取っていると、女僧侶が何かの違和感に気づき慌てて声を上げた。
「ちょっと待って……! あれ、虫の死骸から瘴気が出てない?!」
女僧侶の発言に全員が注目すると、ジェドが撃ち落とした虫の魔物の身体からは、しゅうしゅうと炭酸が泡立つような音を立てながら白い蒸気のようなものが発生し、通路の先に立ち込めていった。
「あれは……おそらくアシッドミストですね。強酸性の霧なので、近づくと皮膚が爛れて肺が焼けますよ!」
冷静に分析して危険性を述べるノレナの忠告を受けて、ジェドがげんなりとした表情になる。
「げぇー! ろくでもない魔物をけしかけてくるなぁ……!」
「だが近づかれる前に対処できて良かった。あんな手合いに目や喉でも潰されようものなら溜まったものじゃない」
「とりあえずここは私の役目ね、任せてちょうだい」
杖を掲げた女僧侶が前に出ると、通路へ立ち込めていく強酸の霧に向かって魔法を詠唱しだした。
「生命蝕む悪しき汚れを、清き光で浄化せよ――ピュリフィケイション!」
女僧侶が魔法を行使すると、彼女を中心に優しい光の輪が広がっていき、それに接触した霧が霧散するように消滅していった。
「流石は僧侶の浄化魔法。ここでの戦闘では重宝するだろうねえ」
ソノレが感心したように呟くと、女僧侶は霧の完全浄化を確認して全員へ向き直る。
「ひとまずこれで安全に先へ進めるわ。でも油断だけはしないように。毒虫に噛まれたと思ったらすぐに私へ言う事!」
「へへ、これは頼もしいねえ」
「よし、第三波が襲ってこないうちに更に先へ進むぞ……!」