魔法都市と異世界の巨大樹の話①
――ウッドガルド首都、魔光都市ウドガルホルムのラグナ宮特別地下牢。
レフィリアがシャンマリーに囚われてから三日目の夕刻、彼女のいる部屋の床に光の魔法陣が発生すると、にこやかな笑顔を浮かべた賢者妹が入室してきた。
「あ、今度もきちんと完食してくれたんですね。えらいですよレフィリアさん」
るんるん気分でそう言いながら、賢者妹はテーブルの上に置かれた、既に空になった食器が乗ったトレイを手に取る。
「レフィリアさんがご飯食べてくれないと私、グッチョグチョにお仕置きされちゃいますんで助かります」
「………………」
そんなことを満面の笑みを浮かべながら述べる賢者妹に対し、ベッドに腰かけて部屋に備え付けの雑誌を読んでいたレフィリアの表情は見るからに優れない。
本当は食欲なんて全く湧いてこないし、最悪食事を取らなくてもどうにかなる身体なのだが、レフィリアがちゃんと与えられた料理を食べないと代わりに賢者妹が制裁を受けてしまうのだ。
この地下牢に入れられた初日、反抗の意思も含めて食事に手をつけなかったレフィリアは、目の前で賢者妹が頭に取り付いた蟲から強制的に脳を掻き回され、床をのたうち回るほどよがり狂わされる様を見せつけられてしまった。
食事には何か混入しているのかもしれないが、だとしても賢者妹があまりに可哀想なので、あんな光景はもう二度と見たくはない。
それに食事で栄養は補給している筈なのだが、魔力の方は一向に回復する気配がない。これもおそらくシャンマリーが仕込んだ“何か”によるものなのだろう。
「……レフィリアさん、私とほとんど口を聞いてくれなくなりましたよね。私、相当嫌われてしまったんですね」
暗い表情になって悲し気に呟く賢者妹に対し、レフィリアはあえて彼女の顔は見ずに返答する。
「別にそういう訳ではありません。ですが、正気ではない今の貴女と会話をしたくはないのです」
「そんな……」
賢者妹は憧れの人物から受けた明確な拒絶に、手に取ったトレイに力を込めながら、辛そうに目を潤ませる。
すると――
「レフィリアさーん、そんなこと言ったら可哀想ですよ。彼女が貴方を慕う気持ちは紛れもなく本物なのですから」
いつの間にか、レフィリアのすぐ後ろにはメイド服の少女、シャンマリーが笑顔を浮かべて寄り添っていた。
「――ッ?!!!」
レフィリアは反射的に、シャンマリーの胸ぐらか髪を掴んで殴り飛ばしそうになる。
しかし彼女の敵意を感じ取った体内の拷問蟲が一斉に内臓へ噛みつき出し、その激痛から腹を押さえてベッドに倒れ込むこととなってしまった。
「あ゛ッ……いや……痛い痛い痛い……ッ!!! 止め……あ゛ああッ!!!」
「もう、レフィリアさんたら懲りませんねぇ。もしかして痛いのが好きな被虐体質にでも目覚めちゃいましたぁ?」
「違ッ……い゛ぃ……くああッ……!!」
「でもレフィリアさん、食べたばかりで拷問蟲を刺激すると戻しちゃうかもしれませんよぉ。あ、もし戻しちゃった時はそちらのお嬢さんにその場で食べてもらいますので」
脂汗を流しながら悶絶しているレフィリアの姿を、シャンマリーはとても楽しそうに眺めている。
しかしレフィリアは苦悶の表情を浮かべながらも、口を手で塞いで痛みから押し寄せる吐き気を何とか必死に堪えていた。
自分の吐瀉物を大切な仲間に食べさせるなんて光景を見せられたら、それこそ立ち直れなくなってしまう。
「はあ……はあ……はあ……ごほっ!」
「レフィリアさん、大丈夫ですか……? お水飲んでください……」
賢者妹は部屋にある冷水の入った容器からコップへ水を灌ぐと、苦痛の波が収まり始めたレフィリアへ手渡そうとする。
レフィリアは震える手でコップを受け取ると、零さないようゆっくりと水を口の中に流し込んでいった。
「痛みが引いてきたようですね。レフィリアさん、その苦痛から解放されたいのでしたら、いつでも言ってください。貴方の同意があれば、脳貫蟲を植えつけることが可能でしょうから」
賢者妹にハンカチで汗を拭いてもらいながら、何とか半身を起こしたレフィリアはキッとシャンマリーのことを忌々し気に睨みつける。
「そもそも……私に一体、何の用があるんですか……!」
「用? 私はレフィリアさんとお話がしたいと思って来ただけですよ。仲良く会話して、お互いのことをもっとよく知りたいじゃあないですか」
「私は別に貴方と話すことなんて――」
そこでレフィリアは、待てよ、と一つ思い留まった。
せっかく相手がこちらと話をしようとしているのだ。ここを抜け出すつもりでいるのなら、何か少しでも情報を引き出しておいた方が、今後何かの役に立つかもしれない。
けして諦めないと誓ったのなら、この機会を無駄にしてはいけない筈だ。
「――そういえば聞きたいことがありました」
「あら、何でしょうか?」
すんなり会話を受け入れてくれたことに、シャンマリーはとても嬉しそうに応じる。
「私が今まで行った魔王軍の支配地では、そこを管理している六魔将がその国で必ず“何か”を行っていました。――だとすると、貴方はこの国で何を行っているのですか?」
「ああ、確かにレフィリアさんは六魔将のうち三人分の管理地を巡ってきたんでしたね。確かに六魔将は各々が自らの領地で魔王軍のために“何か”の施設を運営しています。……そうですね。一言で言うならば、ゲドウィンさんは『人間牧場』、エリジェーヌさんは『強制労働所』、オデュロさんは『人体実験場』……」
そこでシャンマリーは人差し指をピンと立てつつ、もう片方の手でメガネの位置を直す。
「そういった分類の仕方をするならば、私のところはさしずめ『生産工場』といった感じですかねー」
「生産工場……?」
「そうです。因みにこんなものを作ってるんですよ」
するとメイド服の少女はまるで手品のように衣服のどこからか、栄養ドリンクくらいのサイズのガラス製の小瓶を一本取り出す。
その瓶は綺麗な青紫色をしており、まるで高級な魔法薬の容器を思わせる、とても凝った装飾をしていた。
となると、このウッドガルドでは魔王軍のための補給物資として回復薬などを製造しているということなのだろうか。
「し、シャンマリーさん。それは……」
レフィリアがそんな風に推察していると、シャンマリーの取り出した小瓶を目にした賢者妹が、物欲しそうな顔でゴクリと唾を飲み込む音を鳴らす。
「そうですね、毎日給仕に励んでくれている貴女には、あとで特別に一本差し上げましょうか。今夜はもっと気持ちよくなっていいですよ」
「わあぁ、ありがとうございます……!」
賢者妹はうっとりとした表情で、本当に嬉しそうにシャンマリーへお礼を言う。
彼女の反応から見て、どうやらただの医薬品という訳ではなさそうだが、もしかして嗜好品の類なのだろうか……?
「ところでレフィリアさん、工場見学とか興味ありません? ここからだと映像のみになりますけど、レフィリアさんなら特別に見せてあげてもいいですよ」
「……お願いします」
もしかしたら非常に悍ましいものを見せつけられるかもしれないが、今はとにかく少しでも情報が欲しい。
それを踏まえた上で覚悟を決めて頷いたレフィリアを見て、シャンマリーは何とも意味深な笑みを浮かべる。
「ふふ、分かりました。では私がこの国で何を行っているのか、勤勉なレフィリアさんにきちんと教えてさしあげますねぇ」