勇者兄妹と異世界伝説武具の話
ルヴィスたちが伝説の武具最後の一つである、剣を手に入れてから翌日。
いつもよりだいぶ遅めに起床した一行がアルバロン島に到着したのは、その日の昼過ぎとなった。
島についてそのまま直接工房へ向かうと、魔工技師であるエステラが休憩室でちょうど遅めの昼食を取っている最中であった。
「あ、お帰りー。前来た時より人数が増えてるってことは、無事にサフィアさんのお兄さんを連れてこられたのかな?」
椅子に座って飲み物の入ったカップを手に持ちながらエステラが聞くと、ルヴィスが前に出て彼女へ頭を下げる。
「ルヴィスと申します。話は妹から伺いましたが、この度は私たちにお力添えしていただき、誠に感謝致します」
「いやいや、そう固く喋らなくっていいですよ。もっとフランクに話しましょう、フランクに。今、貴方用の鎧も作ってますので、もうちょっと待ってて下さいねー」
エステラがにこやかに笑いながらそう述べると、ソノレが彼女の近くへ寄ってきて話しかける。
「因みに昨日は彼用の装備として、七つの武具最後の一つである“剣”を取りに行っていたんだ。これで攻撃面でのバランスもバッチリさ」
「嘘っ?! じゃあ今ここには既に“輝きの七武具”が全部揃ってるってこと?! 良かったー、あっち先に仕上げといて―」
一人で勝手に納得しているエステラに対し、全員が頭に疑問符を浮かべる。
「えっとねー、預かってた武具のうち、“弓”と“槍”の方を先に改修したんですよ。――あ、助手君! 工房にある“魔杖”と“双剣”、こっちに持ってきてくれないかなー!」
「あ、はい! 了解ですー!」
エステラが扉の向こうに叫ぶと、その先から姿こそ見えないが男性のものと思われる返答が聞こえてきた。
「おや、武器の改修の方を先に行ったのかい?」
「そうそう。そっちの方が早く済むし、もし緊急で出向かなきゃいけなくなった時はその方が助かるでしょう? まあ、そのせいで鎧の方の進行度はまだ2割くらいだからもう少し待っててほしいかな」
そんな会話をしていると、扉の向こうからドタドタと大きな足音が近づいてくるのが聞こえてくる。
そして扉が開くと、なんと人間ではなく“オーク”がケースを2つ持って入室してきた。
「エステラさん、持ってきましたよ」
「あっ、ありがとー。そこに置いといてくれるかな」
「お、オーク……ッ?!」
ルヴィス、サフィア、ジェド、女僧侶の4人はぎょっとしているが、エステラは部屋に入って来たオークとあくまで普通に接している。
そのオークは恰好も不思議で、2メートル以上ある巨躯に合うよう仕立てた立派な研究衣を着ており、特注のメガネもかけている。
オーク特有の野蛮な雰囲気やきつい体臭もなく、とても理知的で清潔感のある、実にオークらしくない姿をしているのであった。
「あ、彼は私の愛人でもある助手君。オークだけど人を襲ったりはしないから安心してね」
「どうも、エステラ先生の助手です。驚かせてしまったのならすみません」
助手を名乗ったオークは、礼儀正しい所作で客人であるルヴィスたちに挨拶をする。
どうやら初対面の人間に驚かれるのも慣れているようで、特に客人の反応を見ても不機嫌になっているようには見受けられない。
「あ、ああ。宜しく」
「す、スゴイね……。異種族で付き合ってる人自体は今の時代、別に珍しくもないけど、オークと付き合ってる人を見るのは流石に初めてだなあ……」
テーブルにケースを置いているオークの助手をまじまじと眺めるジェドに、エステラは笑いながら返答する。
「でしょー。彼ってオークの中でも突然変異レベルの超優良物件だからねえ。仕事でもプライベートでも最高のパートナーっていうかー」
「先生、こんな大勢の前でそんな風に言われると照れてしまいますよ」
「あはは、ゴメンゴメン。それじゃ惚気てても仕方ないから、早速改修した武器を見せちゃいましょうか」
そう言ってエステラは2つ並べられたケースを開けると、その中にはそれぞれピカピカに輝く杖と双剣が収められていた。
「あーっ、なんか全然違うデザインになってるー! 弓の方なんて、もう完全に剣になってるよ?!」
ジェドの指摘通り、2つの武具は依然と全く異なる形状へと造り直されていた。
特に弓は分離させた曲刀から、二振りのショートソードになっており、遠距離武器としての面影は微塵もない。
「そう! 二人の戦闘スタイルを考えて、思い切って余分な機能はオミットしちゃいました。“魔杖”の機能を備えた槍は本当に“魔杖”に、“双剣”へ変形する弓はいっそ“双剣”にって感じでね」
自信満々に語るエステラの隣で、助手が落ち着いた口調で補足を述べる。
「杖の方は白兵戦機能が無くなった代わりに、魔法の出力が上昇しています。双剣の方も弓としての機能が無くなった分、身体強化にリソースが割かれています」
「へええ、まさかここまでガッツリ造り直せちゃうとは想像してなかったなあ。まあ、僕は槍の機能なんてほとんど使ってなかったし、こっちの方がいいかも」
「とりあえず手に取って、感触を確かめてみて下さい」
エステラに促され、サフィアとジェドはそれぞれ割り当てられた武器を手に取る。
「こ……これは……ッ?!」
「うーん、これこれ。この一気に超人になったーって感じ」
ジェドからすればよく知った感覚だが、サフィアは剣を持ったルヴィスの時と同様、伝説の武具を手にした途端の力を詰め込まれるような感じに、驚きから目を見開いている。
「これなら前みたいに――いや、前以上にすんごい魔法を撃てると思うよ。どうもありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして。――そうだ。ソノレとノレナにはこれを貸しておこうかな」
そう言うとエステラは足元に置いていた自分の鞄の中から、2つのそれぞれ色が異なる魔力結晶を取り出す。
「おっ、それはまさか……」
「鎧が出来上がるまでは、まだあと数日はかかるから、その間これで“慣らして”あげたらいいんじゃない?」
「ふむ、それは良い考えだ。それじゃあみんな、早速で悪いんだがちょっと外に出ようか」
ソノレとノレナはエステラからクリスタルを受け取ると、ルヴィスたちを工房から出るように促す。
「ん? それはいいけど、そのクリスタルって一体何なの?」
「まあ、すぐに判るよ。それに新しい武器の性能を試してみたいだろう……?」
◇
ソノレに案内されて一行は、アルバロン島の居住区から少し離れた場所にある、周りに何もない広場のような所へとやって来た。
ソノレとノレナは他の二人からある程度の距離を取ると、先ほどエステラから渡された魔力結晶を手元に取り出す。
「では説明しよう。このクリスタルは召喚用アイテムだ。因みにこのようなモンスターが封印されている」
そう言って二人がクリスタルを放り投げると、眩い光が発せられるとともに、2体の巨大な魔物が姿を現した。
一体は大型トラック程の大きさをした、燃えるように青白く光り輝く荘厳な狼型の魔獣。
もう一体は七色に輝くクリスタルで全身が構成された、上半身は人型、下半身は4つ足の多脚型をした、一軒家ほどの巨体を誇るゴーレムのような怪物であった。
「ちょっ?! これってまさか巨大怪物?!」
驚いて叫び声を上げるジェドに、ソノレはちっちと指を振る。
「いいや、この2体は確かに巨大怪物級ではあるが、この島のれっきとした哨戒衛士と防衛機構だ」
「センチネルにガーディアン……ということは、古代遺跡にいた魔物と同じものということですか?」
サフィアの問いに、ノレナが頷いて補足をする。
「はい。なのでこの島で戦闘を行う以上は、センチネルであるこの《ラスターフェンリル》はいくらでも復活再生します。もう片方の《クリスタラー・ガーディアン》も同様です」
「だからエステラが鎧を作っている間、二人が伝説の武具に慣れるための訓練相手としては打ってつけという訳さ」
「なるほど、確かにいくら強力な武器でも使いこなせなければ意味がない。せっかくの空き時間も無駄には出来ないしな」
ルヴィスは意図を理解すると、即座に昨日手に入れた剣を取り出し、光の刀身を出現させる。
「分かりました。少しでもこの強大な力を自分のものにしなければいけませんからね。――えっと、こうすればいいのですか」
サフィアはルヴィスの隣に並んで手に持った双剣に魔力を込めると、同じように光の刃を発生させた。
「二人とも、やる気十分ですね。私たちもこの使い魔を上手く手繰らなければ」
「オーケー、この2体は不死身だから思いっきりやってみるといい。――あ、今回は二人の為の訓練だからすまないがあとの二人は戦闘には参加しないでくれ」
「うーん、そりゃそうよねえ……」
「僕も派手に魔法ぶっ放してみたいのになぁー。まあ仕方ないかー」
女僧侶とジェドがとりあえず見学しておこうと離れた位置まで下がると、ルヴィスは剣を構えてサフィアの方を横目で見る。
「よし、じゃあ行くぞサフィア。――ではソノレさんにノレナさん、手加減抜きでよろしくお願いします!」
「分かった! まあ、伝説の武具があってもこの2体はそれなりに強いと思うから、油断だけはしないようにね!」




