古代遺跡と異世界の探索者の話③
隠し通路の先へ進んでいったルヴィスたちは、しばらくして急に広い空間へと出るに至った。
不自然なくらい天井も高い広間の中央には円形の大きな台座があり、その中心にはなんと――白金に輝く一本の“剣”が突き刺さっていた。
「ああっ! あの輝きは間違いなく僕たちが見つけられなかった、最後の武具だよ!」
ジェドが指差した先にある、荘厳な雰囲気を漂わせる両刃の長剣は、まるで選定の剣の如く刀身の三分の一ほどを台座に埋めている。
その崇高なる佇まいはまるで、伝説に名高い緑の帽子の勇者が扱う退魔の剣のようでもあった。
「この中で両手剣使いはルヴィスだけだから、必然的にルヴィスが抜くべきだよ!」
「でもいいのか? あの剣はジェドの仲間がずっと欲しがっていたものなんだろう?」
「いいのいいの。アンバムのヤツには僕が後でお祈りして断っとくからさ。ルヴィスは気にせずに、カッコよく剣を引き抜いちゃってよ」
「……分かった。ならばせめて、君の友人の分まであの剣は大事に使わせてもらおう」
ルヴィスが剣を取りに行くことが決まると、女僧侶が手に持っている杖を彼の方へと向ける。
「それじゃあ一応、“リアクティブアーマー”の魔法をかけておくわね。台座に近づいたり、剣を取った時に何が飛んでくるか判らないから」
今回の剣のように、ダンジョン内でこれ見よがしに目立つところに置いてあるアイテムを取るときには、特に細心の注意が必要となる。
下手に無防備なまま接近すると何かしらの罠が作動して、毒矢や魔法弾による狙撃を受けないとも限らない。
「凶弾防ぐは、爆ぜ飛ぶ不可視の装甲――リアクティブアーマー!」
女僧侶がルヴィスにかけたこの魔法は、物理や魔法を問わず、対象に接触した攻撃に対して魔力装甲が自動的に炸裂することによって、一度きりではあるがその攻撃を無効化するというものである。
魔法が自身にきちんとかかったことを認識したルヴィスは、ゆっくりと部屋の中央まで近づいていき、台座へと足を乗せる。
そしてその中心にある剣の柄へと手を伸ばそうとした時――足元から微細な振動を感じ取ったことで、直感的に後方へ即座に飛び退く。
それとほぼ同時のタイミングで、ルヴィスが乗った円形の台座が突然動き出し、四方から長い脚のようなものが生えてきたのであった。
「おっと……?!」
台座から伸びた細長い何かは、節足動物の脚を思わせるような形状をしており、その先端には削岩機を彷彿とさせる爪がついている。
ルヴィスが咄嗟に後ろへ下がっていなければ、台座の動きによってバランスを崩したところをその物騒な脚で深く抉られていただろう。
「なっ、何コレ?! 蜘蛛? いや、蟹?!」
「気をつけて! おそらく剣を守るガーディアンだ! 流石にそう簡単には取らせてくれないか……!」
台座に擬態していた円形のガーディアンは、UFOを思わせる本体から四本の脚を伸ばしきったあと、タカアシガニのようにのそりと立ち上がる。
そして本体の下部がハッチのように開くと、その穴から機械仕掛けの金属質な突起のようなものがにょきりと降りてきた。
その突起の先端からは緑色をした光が真っ直ぐに伸び、まるで照準器のようにルヴィスの身体へ光線を当ててくる。
「――ッ?!」
ルヴィスはガーディアンの真下から現れた突起について、どうにも何かに似ていると既視感を感じていた。
そう。まるで六魔将、鐡火のカリストロスが出現させる武器、レフィリアが“銃”と呼んでいたもののような――。
「っとお――ッ!!」
その時、砲台のような突起の先端に魔力が収束したかと思うと、即座にビームのような熱光弾がルヴィス目掛けて放たれた。
ルヴィスは事前に飛び道具が来ると予想していたこともあって、間一髪で身を翻し光弾の一撃を回避する。
目標を外れた熱光弾はそのまま床に直撃すると、石で出来た地面を真っ赤に溶解させつつその飛沫を周囲に激しく撒き散らした。
その威力は、ガルガゾンヌでルヴィスたちが戦ったフルメタル・ゴーレムの破壊光弾にも引けをとらない。
「兄さんッ……?!」
「何よコイツ! なんか前に戦った嫌な敵を思い出すわね……!」
熱光弾を連続して撃つことは出来ないのか、台座のガーディアンは砲身を一度冷却させる状態に入ろうと、一旦ルヴィスたちから距離を取り始める。
「俺は大丈夫だ! それよりサフィア、俺がこいつを引き付けるから、その間に反対側から脚を狙え!」
そう言ってルヴィスは再びガーディアンに近づくと、剣の刀身に風の魔力を纏わせる。
「風嵐閃刃――ッ!」
そして剣の振り抜きと同時に風の刃を放ち、ガーディアンの本体へと直撃させた。
しかしガーディアンの身体は頑丈で、表面にうっすら一文字の斬り跡が残っただけに終わる。
だが敵の注意を引くという目的は成功し、ガーディアンは再びルヴィスを標的として、脚による踏みつけ攻撃を行ってきた。
虫でも叩き潰そうとするかの如く振るわれる連撃を見事な身のこなしで躱していくルヴィスに、女僧侶は更に魔法による支援を行う。
「疾風の如き健脚で駆け走れ――クイックネス!」
敏捷性と反応速度がより上昇したルヴィスはガーディアンを翻弄しつつ、サフィアが対角線側に移動しやすいよう敵の攻撃を引き付けていった。
「ジェド! 私が反対側に回り込みますので、援護をお願いします!」
「オーケー、任せて!」
サフィアがルヴィスとは逆から迂回するようにガーディアンへ接近すると、ジェドも賺さず杖を構えて呪文を詠唱する。
「邪悪なるものを聖なる鎖で縛りつけろ――ホーリーバインド!」
するとガーディアンの周囲から無数に光の鎖が伸びて、四本ある脚のうち一本へ絡みついてその動きを拘束した。
そのタイミングを見計らって、サフィアは双剣の刀身に魔力を巡らせつつ、縛り付けられた脚へ向かって一足で跳躍し飛び掛かる。
「はあああッ! クリスタル・ブレイカーーッ!!」
サフィアの得意技の一つである、冷気と炎熱の魔力を纏った双剣の回転連撃が、ガーディアンの脚の関節部に叩きつけられる。
脆性破壊を引き起こして、脚の一つをボキリと折られたことにより、ガーディアンはバランスを崩してつんのめった状態からその場に倒れてしまった。
「兄さん!」
「よくやった、サフィア! よし、トドメの一撃だ!」
ルヴィスは回避行動から一転して、即座に剣の刀身に火炎と雷電の魔力を合わせて収束させ始める。
先ほどの戦闘でミノタウロスも一発で仕留めたルヴィスの必殺奥義である、クリティカル・ブレイド。
これならば、たとえ頑丈な対物装甲を持つガーディアンさえも一撃で斬り伏せられるだろう。
だが剣に魔力を溜めている瞬間、倒れたガーディアンは下部の砲身をルヴィスの方へ向けて可動させると、照準器の光を当てて狙いを定めてきた。
「ヤバいよルヴィス! 避けて!」
「いや、このままでいい!」
(今から避けても飛び掛かっても中途半端な間合いになる。ならば……ッ!)
慌ててジェドが叫ぶも一、二秒あとには既にルヴィスへ向かって砲台からは熱光弾が発射されていた。
直撃すれば胴体を丸ごと持っていかれ、半身を一瞬で融解させられるだろう。
「雷刀一閃! リバースセイバーーーーッ!!!!」
ところがルヴィスは魔力による荷電粒子を纏わせた剣の刀身で熱光弾をタイミング良く斬り払うと、そのまま発射してきたガーディアンへ熱光弾を弾き返した。
撥ね返された熱光弾は砲台へ真っ直ぐ直撃し、砲身内部の魔力に反応したのか大爆発を引き起こす。
しかも爆発は砲台だけに留まらず、接続部からガーディアンの内部へと連鎖的に続いていき、最終的にガーディアンは活動を停止して完全に沈黙してしまった。
「ふう……。博打ではあったが、上手くいったな……」
「スゴイ……。実体の無い光弾を斬り払うどころか、打ち返すなんて……!」
ルヴィスの雄姿に感激したジェドは、目を輝かせながら彼へ称賛の言葉を送る。
「いや、ちょうどクイックネスの魔法をかけてもらえてたから確信を持って出来たんだ。あとは……思い出したくはないが、オデュロにやられた時の経験が活きたかな」
「でも兄さん、今回は仕方ないとしてあまり無茶な戦法は取らないで下さいね。見てるこっちがヒヤヒヤしますから」
「そうそう。あんなに威力の高い光弾なんて、リアクティブアーマーでも完全には防ぎきれないんだから」
サフィアと女僧侶に注意され、ルヴィスは申し訳なさそうに頭を掻く。
「ああ、悪かった。俺だってこういう肝の冷えることはそう何度もやりたくないから。――さて」
ルヴィスは動かなくなったガーディアンの方へ向き直ると、上部中央に依然として突き刺さったままである剣の傍へと近づいていく。
今度こそ何の妨害もなく、赤い髪の青年は剣の柄に手をかけると、徐に台座から輝く刀身を引き抜いて見せた。
「こっ、これは……ッ?!」
剣を手に取った瞬間、ルヴィスは自分の中に神がかった力と膨大な情報が一気に流れ込んでいくのを感じ取る。
想像を遥かに凌ぐ逸品。この武器は叔父である勇者が手に入れたという、今は無き伝説の聖剣にすら匹敵するであろう。
美しい煌めきを放つ剣を握ってから、驚いた顔のままずっと固まっているルヴィスの様子に、サフィアと女僧侶は心配そうに声をかける。
「……大丈夫ですか、兄さん?」
「もしかして剣に呪いでもかかってた?! もしそうなら私が解呪するけど……」
「い、いや大丈夫だ。それにしても、この剣は何ていうか……スゴイな……」
「へへ、手に取っただけでなんか自分がメチャクチャ強くなったーって感覚があるでしょ? あと、ちょっと剣に魔力込めてみてよ!」
物知り顔で語るジェドの言う通り、ルヴィスは剣へ自身の魔力を通してみる。
すると剣の刀身から更に光の刃が発生し、重さはそのままながら攻撃範囲が倍近くも伸びた。
「これは――まるでレフィリアの光の剣みたいじゃないか……ッ!」
驚き半分、喜び半分の表情で、ルヴィスは自分が発生させた光剣の刃をまじまじと凝視する。
その様子を後方から確認したソノレとノレナは満足気に頷きながら、剣を手に入れて一安心している全員に話しかける。
「よしよし、剣の方も無事にルヴィス君の手に馴染んだようで何よりだ。だけど家に帰るまでが遠足だぞう」
「目的の武具を手に入れましたので、もう長居は無用ですね。速やかにこの遺跡から脱出して、アルバロン島へ戻りましょう」
一行は来た時と同じように妖精門を発動させて遺跡の外へと転移すると、周りはすっかり日が暮れて真っ暗になってしまっていた。
「あちゃー、思ってたより結構長い時間遺跡の中に潜っていたようだねえ。みんな疲れているし、今夜はここに泊まって出発は明日かな」
ソノレたちが使う船箱は単なる移動手段としてだけでなく、簡易的に寝泊まりする場所としても用いることが出来る。
一行は島の海岸まで移動すると持ってきた荷物から最低限の野営の準備をし、出発は明日に控えて今日はもう休息を取ることにした。
あとは鎧さえ完成すれば、レフィリア救出作戦へ着手することが出来るのであるが――。