女主人公が異世界で巡り合う話①
――レフィリアが召喚されてから数日後。
ひとまずルヴィスとサフィアの兄妹は、異世界転移者であるレフィリアを故郷の王国に連れ帰るため、帰路に就いていた。
レフィリアは二人に初めてあった遺跡や旅の道中で受けた説明の内容を思い返す。
(はぁ、つまり私より先に来た異世界転移者は全員、魔王側についたのかぁ。いくら何でも、六対一はちょっとなぁ……)
今後のことを考えると、レフィリアは正直、気が重くなった。
その場の空気と兄弟の真摯な頼みによって魔王軍討伐の協力を軽く了承してしまったが、よく考えれば自分の状況はかなりハードモードである。
相手は多勢に無勢な上に、半年も前に召喚されているので、こっちのことには慣れているし詳しいはずなのだ。
かといって、この兄妹を始めとした人間側を見放すのもあまりに心苦しいし……。
(とりあえず、やれるだけのことはやってみようかぁ……うん、頑張れば何とかなるかもしれないし)
レフィリアは心の中で何とか自分を勇気づける。初めから自分は不利だと思い込む方が良くない。
別に自分は異世界転移者としては一人というだけで、他に味方がいないという訳ではないのだ。
――例えば、自分の前後にいる二人。
この兄妹ははっきり言ってかなり強く、道中で出くわした魔物なんかは特に苦戦することもなく、速やかに退治してくれた。
レフィリアも手伝おうとしたが、彼女が手を出す前にいつも仕留めてしまうので、レフィリアが戦闘に参加できたことは一度もないのである。
(ていうか、この二人これだけ強いんなら、私いらないんじゃない……?)
そんなことを思いながら、レフィリアは二人について渓谷を進んでいく。
するとサフィアが急に言葉を発した。
「――兄さん、そろそろ暗くなり出しますので野営の準備をした方が」
「そうだな……いや、ここなら少し進めばあの場所がある。そこで一晩、宿を借りよう」
「ああ、あの場所ですか……ここからなら大丈夫そうですね」
兄妹にしか解らない会話に、レフィリアは首を傾げる。
「あのう……あの場所とは?」
「あ、この場所から少し山の中に入ったところに、知り合いの傭兵団のアジトがあるんですよ」
そう言いながら、ルヴィスは山道から外れた方角を指差す。
「よ、傭兵団?!」
「はい。厳密にいえば、傭兵団というよりは対魔王軍を掲げて活動している反乱軍といいますか、ゲリラみたいなものですね。元山賊の隠れ家を再利用したアジトがあるんですよ」
「そ、そんな所にお邪魔して大丈夫なんですか……?!」
心配そうなレフィリアに、ルヴィスはにかっと笑う。
「大丈夫ですよ。そこのお頭とはよく知った中なんで。……確かにちょっと荒くれものなところもありますが、頼りになりますし。何よりレフィリア様を合わせておきたい」
「お金を払えば、いくらか旅の装備も援助してくれる筈です。ちょっと歩きますけど、野営をするよりは良い環境で安全に眠れるでしょう」
二人の様子から、信頼できる場所だということが感じ取れる。
だとすれば、レフィリアに拒否する理由はない。
「分かりました。では、案内をお願いしますね」
◇
――それから小一時間後。
三人は渓谷を進んだ先にある、大きな滝が流れている場所へと辿り着いた。
「わぁ、すごい滝……そういえば小っちゃい頃、家族でこんな場所に来たことがあったっけなぁ……」
「あの滝の裏から傭兵団のアジトに入れる入り口があるんですよ。合言葉が要りますけどね」
三人は切り立った険しい崖に辛うじてある細い道を進みながら、滝の裏側へとやって来る。
「――ん?」
すると、滝の裏側には彼の言った通り出入口があったのだが、その扉は完全に開かれていた。
「おかしいな、扉が開けっ放しなんて」
ルヴィスはおそるおそる入口へと近づく。
傭兵団が根城にしている場所だ。防衛上の都合、出入り口の扉が開きっぱなしになっていることなどある筈がないし、そもそも見張りが誰もいないなんていうのは異常事態である。
「――ちょっと待て」
咄嗟に、しかし静かにルヴィスは手を横に伸ばし、後続の二人を立ち止まらせる。
異様な空気。静かすぎる人気のなさ。そして、ものすごくかすかな血の匂い。
ルヴィスとサフィアはゆっくりと剣を手に取ると、静かにゆっくりとアジトの中に入っていく。
そして薄暗い出入り口の先に、血に濡れた二人の男が倒れているのを発見してしまった。
「兄さん、これ……」
「襲撃があったみたいだな。――それにサフィア、遺体をよく見てみろ」
ルヴィスは近くにあった松明を手に取ると、死亡している見張りの遺体を照らす。
その遺体の身体には、無数の小さな穴が沢山開いていた。
「――ッ?! これって……!」
「ああ、間違いない。この穴だらけの傷跡は――猟犬兵だ」
ルヴィスは銃創だらけの遺体を見下ろして、様々な感情が入り混じった苦い表情を浮かべる。
「あの、猟犬兵……とは?」
「はい。魔王軍の幹部、六魔将の一人――鐡火のカリストロスが使役する魔物です。赤い目をした真っ黒な人型の魔物ですが、常にぞろぞろと集団で行動します」
ルヴィスに続けて、サフィアも言葉を付け加える。
「加えて、その一人一人が非常に手強いです。そして最大の特徴が、小さな金属の塊を高速で連射する飛び道具を使ってきます。この飛び道具が厄介で、あらゆる魔法防御を貫通します」
(えっ、何それ。まるで銃みたいじゃん……ていうか、そのカリ――何とかって、魔王軍の幹部ってことは、私と同じ異世界転移者だったりするの……?!)
「えっと、そのカリ――魔王軍の幹部って、前に魔王を倒した勇者を手にかけた人、ですよね……?」
レフィリアの言葉にサフィアは頷く。
「はい、鐡火のカリストロスは私たちの叔父、つまり勇者の仇です。そして猟犬兵がここにいたということは、彼も同行していた可能性が高いのです」
サフィアは剣を握った両手をぎゅっと握り締める。
「――兄さん、これからどうしますか? このまま先に進みますか?」
「……俺たちの仕事は、レフィリア様を王国へお連れすることだ。お頭たちには悪いが、何の準備も無しに、カリストロスの軍勢とレフィリア様を会敵させるのは――」
「いえ、私は行きます」
レフィリアは倒れている遺体の男たちの目を閉じさせてあげると、意を決したように二人を見据えた。
「どうせ、いずれは合わねばならないのです。ならば、先にここで会っておいた方がいいでしょう。……その方には、私も話したいことがあります」
レフィリアの決意に満ちた目に、兄妹二人は息を呑んだ。先にルヴィスが口を開く。
「……宜しいのですか? まだここにいると決まった訳ではありませんが、今まで会った魔物とは次元の違う相手ですよ」
「危険なのは、承知の上です。……二人は無理についてくる必要はありませんよ。これは私が勝手に決めたことで――」
「いえ、レフィリア様が行かれるのなら私も同行します。兄さんも同じ気持ちでしょう?」
「ああ、カリストロスがここにいるというのであれば、叔父の仇をとってやりたいのが正直なところだ」
「……分かりました。では細心の注意を払って、奥へと進みましょう」
三人は互いに頷くと、血の匂いが立ち込めるアジトの奥へと、足を進めていった――。