古の末裔と異世界の魔技師の話③
ラスター族の隠れ里に来てから翌日。
アンバムの葬儀を済ませたサフィアたちは、昼過ぎから船箱にてエーデルランドへと向かった。
エーデルランドに辿り着いた頃にはもう夕方になっていたが、一行は街の郊外に船箱をこっそり着陸させると、ルヴィスが入院している王立病院へ足を運ぶ。
ところが、何故かそこには既にルヴィスの姿はなかった。
「ルヴィスさんなら、先日退院されましたよ」
彼を担当していた看護師の話によると、王国一の治癒魔法の使い手と有名な女僧侶が見舞いにやってきて、彼を治療していったのだとか。
当然、サフィアだけはそれが誰なのかすぐに見当がついたが、どうやらガルガゾンヌで重傷を負っていた彼女も、満足に魔法を使えるまで快復できたようである。
「病院にいないなら、どこに行ったんだろう。サフィアは心当たりないの?」
「うーん、ひとまず自宅に行ってみます。流石に王都から外へ出ているということはないと思いますが……」
サフィアは一行を連れて自宅へ向かうが、そこにもルヴィスはいなかった。
しかし家にいた使用人から彼は今日、練兵場へ行くと言っていた、ということを教えてもらい、一行は国軍が運営している王都の練兵場へと移動する。
そしてちょうど練兵場の入口のところで、サフィアたちは施設の中から出てきたルヴィス、そして女僧侶の二人とばったり出くわした。
「ルヴィス兄さん!」
「サフィア……?! 戻ってきていたのか!」
如何にも今まで訓練していたという草臥れた恰好であったが、ルヴィスは元気そうにサフィアの元へと近寄って来る。
そして隣の女僧侶も、再会を喜ぶように明るい表情でサフィアに話しかけた。
「サフィア、久しぶりね。また魔王軍討伐で旅立ったって聞いてたけど、怪我とかもしてないみたいで安心したわ」
「そちらも元気になられたようで何よりです。あと病院で兄を治療してくださったと聞きました。何とお礼を言ったらいいか――」
「いいのよ、私たちの仲じゃない。それに私も最近になってようやく動けるようになったから、調子を取り戻せるようルヴィスとここで戦闘訓練に励んでたって訳」
サフィアと女僧侶が仲良さそうに会話している仲、ルヴィスは妹の後ろに並んでいる面子のうち二人が、以前見たことのある人物であったことに気づく。
「そういえば、そちらの方たちは前にサンブルクで助けてもらった――」
「やあ、やはりあの時の君がサフィア君のお兄さんだったか。私の名はソノレ、君に会うためにこの国へ妹さんたちを送り届けに来たんだ」
「僕はノレナといいます。どうかお見知り置きを」
ラスター族の二人が自己紹介を済ませると、放置されないようジェドも賺さず前に出て、ルヴィスのすぐ傍まで躍り出るように近づく。
「あっ、僕は黄昏の爪のジェドっていいます! サフィアたちとは旅の途中で出会って、一緒にナーロ帝国の武闘大会に参加しました! あと、僕個人はルヴィスさんの大ファンでもあります!」
「ど、どうも……。黄昏の爪――というと、アーガイアで有名な冒険者の方ですか。妹が世話になったみたいで」
「いえいえ、こちらこそ! ていうか、僕のチームのこと知っててもらえて感激です! それと良かったら、あとでサイン下さい!」
ジェドがいつも以上のテンションで食い気味にルヴィスへ迫る中、ノレナはルヴィスと女僧侶の様子を一通り観察したあと、ジェドを押しのけるかのように話へ割って入る。
「お二人ともとりあえず訓練が出来るだけ身体は動くようになったみたいですが、まだどこか痛かったり調子が悪かったりはしませんか?」
「ん? まあ、まだ一応病み上がりだから本調子という訳ではないが……」
「私も前と同じくらいにバリバリ格闘が出来るって訳じゃないけど、魔法を使う分には何も問題はないわ」
「なるほど……。やはり治りきってなかったり、古傷化している箇所が見受けられますね」
冷静に分析しつつそう述べるノレナに、女僧侶は少しばつの悪そうな表情で答える。
「あ、もしかしてそういうの分かります……? 治癒魔法と言っても、完全にばっちり元通り回復できるかというとそういう訳でもなくて……」
「僕も一応、専門職ですのである程度は。深刻な損傷を負った箇所は9割以上は治せても、100%全快となると難しいですからね。ダメージを受けてから治療までに時間が掛かってしまうと尚更です。通常の魔法ではたとえ上位の呪文であっても、本当の意味で完璧に治療できる訳ではありません」
するとノレナは外套のポケットから、指先で摘まめるくらいの大きさをした、七色に輝くクリスタルを一つ取り出した。
「ですがお二人をその“100%”の状態にするため、ここでちょっとした“裏技”を使います」
「あ、それは……!」
虹色の光を放つその結晶片に、ルヴィスは見覚えがあった。
それは大きさこそ小ぶりなものの、以前のサンブルクでの戦いでレフィリアを完全回復させた、あの魔力結晶と同じものだとすぐに判った。
ノレナはそのクリスタルの欠片を握り締めると、もう片方の腕をルヴィスと女僧侶の方へ伸ばして、手のひらを広げる。
「魂の陰影を映し出し、壮健なる姿へと恢復せよ――レインステイト!」
呪文が唱えられて魔法が発動すると、すぐにルヴィスと女僧侶の身体が白く柔らかな光の奔流に包まれた。
二人の身体には目に見える傷こそないものの、普通では手の届かないような場所に足りないものを埋められていくかのような、そんな心地よい充足感が全身へと広がっていく。
そして魔力反応の光がなくなると、二人は明らかに自分の身体の調子がさっきと全く異なっているという実感を覚えることが出来た。
「こ、これは……!」
ルヴィスは肩と腕を大きく回して自分の感覚を確認し、女僧侶はシャドーボクシングのようにその場で拳を素早く連打したり、連続で回し蹴りを繰り出す演武のような素振りを行ってみせる。
「すごい……。これだけ激しく動いても全然痛みを感じない……筋も間接も滑らかに動いて、骨も軋まない。ダルさも感じない……!」
絶好調だった時の自分を取り戻せたとばかりに、女僧侶は満足気な表情でノレナの方を向く。
「その様子だと、十全の状態に快復できたみたいですね」
「初対面だというのに私まで治療していただいて、心より感謝致します。ノレナさん……でしたね。今のは治療系の超級魔法とお見受けしますがが、これほど高度な魔法を短詠唱で行使できるなんて私、僧侶として感服致しました」
深々と頭を下げる女僧侶に、ノレナは照れくさそうにしながら慌てて手を横に振る。
「い、いえ。短い詠唱で発動できたのは、さっきの魔力結晶によるバックアップがあってのことです。僕だけの実力ではないので……」
「だとしても先ほどの治療魔法、ただ単に傷を治すのではなく、“肉体を完全な状態に復元させる”効果の魔法だと拝察します。それを修得して扱えるというだけでも、称賛されるべき技量の高さでしょう」
女僧侶が述べた通り、ノレナが使用した治療系魔法――レインステイトは、単純に身体の損傷した部分や体力を回復させるというものではない。
その理屈は対象の魂から、健全な状態である肉体の設計図を読み取り、その状態へ肉体を復元する、といった効果を発揮するものである。
あえてゲーム的な解説をするならば、HPを回復させるのではなく、削減された最大HPごと回復させると言った方が正しいだろう。
この魔法は非常に希少であり、一般的なヒールライトから上位魔法のリジェネレイト、リザレクションまで使える専門の女僧侶でさえも、これに関しては修得できる機会がなかった。
「レインステイトは原理上、たとえ手足を失っていても取り戻すことが出来る。だけど欠損した四肢の再生は魔力で一から組織を再構築しないといけない都合上、消費魔力が跳ね上がる上に、成功率が下がるんだよねえ」
横に立って物知り顔で解説するソノレの言葉に、ノレナが同意して頷く。
「そうなると魔力結晶がもう一つか二つは必要でした。何にせよ、治療が上手くいって良かったです」
「本当にありがとう。これでまた前のように戦うことが出来ます」
ルヴィスはノレナへ頭を下げて礼を述べると、サフィアの方へと顔を向ける。
「ところでサフィア。ナーロ帝国での武闘大会に参加したと聞いたが、ここに戻って来たということはオデュロを倒せたのか? というか、レフィリアの姿が見えないが――」
「それがですね、兄さん……」
サフィアはここに来てようやく、ルヴィスと別れてからの間に何があったのか、そして何故自分たちがエーデルランドに戻って来たのかをルヴィスに説明した。
「そ、それはなんと……。にわかには信じられない。まさか、あのレフィリアが敵の手に落ちてしまうなんて……」
「ごめんなさい、兄さん。私……」
辛そうに目を伏せるサフィアの肩に、ルヴィスは優しく手を置く。
「サフィアが謝るようなことじゃない。それによく無事に戻って、そして俺を呼びに来てくれた。――みんなのお陰で俺もまた戦える。何としてでも、一緒にレフィリアを助け出そう……!」
「兄さん……!」
「そんな話を聞いちゃ、私も黙っていられないわ。治療してもらった恩もあるし、聖騎士様とは一緒に戦った仲だもの。私も救出作戦に参加させて!」
グッと力強く拳を握ってみせる女僧侶に、サフィアは頼もしそうに微笑んで頷く。
「ありがとうございます。貴方まで一緒にきてもらえるなんて、とても心強いです」
「回復専門職が仲間に増えてくれたのは、追加戦力としてすごく助かるねえ。見たところ彼女は魔法だけでなく腕も立つようだし……。それじゃあ、無事にルヴィス君が復帰できたところで私から一つ提案がある」
腕を組みつつ、指をピンと立ててそんなことを言い出したソノレに、全員の視線が集まった。
「エステラが武装を作り上げるまでには、まだ何日か時間がかかる。――そこでだ。その間に七つの“伝説の武具”のうち最後の一つである“剣”を取りに行ってみないかい?」
「えっ?! “剣”って僕とアンバムが回収できなかったヤツのこと?!」
目を丸くして驚くジェドに、ソノレはうんうんと頭を縦に振る。
「そうそう。君たちが伝説の武具を発見したっていうアーガイアの遺跡さ」
「でもそこって僕がアースクエイクの魔法で埋めちゃったからもう入れないと思うけど……」
「それは多分だけど大丈夫。普通なら無理だろうけど、私たちがいるならおそらくまだ入れる筈だ。別に遺跡を丸ごと破壊したって訳じゃあないんだろう?」
「まあ、確かに遺跡の中自体はかなり広かったから何ともいえないけどさ……」
「とりあえずダメ元でも行ってみよう。もし“剣”が手に入りさえすれば儲けものだ。かなりの戦力アップになる。他に何かやりたいことがあるっていうのなら無理にとは言わないが……」
結局、その場にいた者達からは特に反対意見も出なかったので、明日から一行は船箱でアーガイアへと赴き、古代遺跡の探索を行うこととなった。
「では明日からアーガイアへ出発ということで今日はもう休みましょう。ソノレさんとノレナさん、あとジェドは是非、うちに泊まっていって下さい。客間もありますので」
「ありがとう、サフィア君。とても助かるよ」
「ありがとうございます、サフィアさん」
「ま、まさかクリストル兄妹の――ルヴィスさんの自宅に泊まれるなんて……。アンバム、僕だけこんな思いしてゴメンよぉ……」
「うちにこれだけの客人が集まるのは久しぶりだな。今夜は賑やかになりそうだ」




