古の末裔と異世界の魔技師の話①
ナーロ帝国の黄金帝都を飛び立った天翔ける船箱は、通常の手段なら何日もかかるドライグ王国までの道のりを、たった数時間で到着できてしまった。
そもそもドライグ王国とは国土を完全に海で囲まれた島国であり、周辺海域を大量のワイバーンが巡回警備しているため、海路から船舶を使った侵入はほぼ不可能である。
しかしサフィアたちの乗った船箱は機体を透明化した状態で更に高い場所を飛行していたため、警備のワイバーン部隊に見つかることもなく、安全に王国の領海へと入ることが出来た。
「――ところで二人はどういう関係なの? 兄妹? 双子? なんか顔つきというか、雰囲気が似てる気がするんだけどさ」
船箱の機内に設けられた座席に座った状態のジェドに何気なく問われ、金髪の男性、ソノレが答えを返す。
「そんなに似てるかい? まあ、私とノレナは“従妹同士”なんだ。昔から家族ぐるみで付き合いがあってね」
続けてもう一人の銀髪の女性、ノレナも操縦席から振り向きつつ返答する。
「はい。元々僕たちは里の外に出て先祖が残した遺物を探し、それらを持ち帰る仕事をしていたのです。この船箱も僕たちが古代遺跡から見つけた遺物を使えるようにしたものなんですよ」
「私たちの先祖が残した技術は、今の世間に与える影響が大きすぎるからねえ。変に悪用される前に自分たちで出来るだけ回収してしまおうという思惑だったのさ。――まあ、空を飛んで他所の国に好き勝手移動できるのは私たちだけで、他の連中は地道に陸路で探しているんだけどねえ」
「えっと、その情報は私たちに話してしまっても大丈夫な内容なのでしょうか?」
心配そうな表情で尋ねるサフィアに、ソノレはひらひらと手を横に振る。
「里に連れていく以上はこのくらい知られても、全然何てことないさ。それに二人とも、別に私たちの存在をスキャンダルしたりしようとは思っていないだろう?」
「そりゃあ、そんなつもりはないけど」
「なら、問題はない。新生魔王軍が世界各地を襲い始めてから、私とノレナは新しい仕事を命じられた。今、人類を最も脅かしている存在、“六魔将”が我々の先祖の技術で呼び出された可能性が懸念されたため、唯一、長距離飛行手段を持つ私たちがその調査任務に抜擢されたのさ」
「なるほど。それでサンブルクの闇の神殿にいらっしゃったのですか。――って、そういえばあの時、よくエリジェーヌの能力の影響を受けていませんでしたね」
「ああ、アレか。あの時の私たちはこれを携帯していたんだ」
サフィアの質問を受け、ソノレはごそごそと懐からタリスマンのような装飾品を取り出す。
「これも私たちが見つけた先祖の遺物の一つでね、浄化の力であらゆる状態異常を無効化できる。これが無ければ私たちもあそこでエリジェーヌの虜にされていただろう」
「そんな便利なアイテムが……。次から次に規格外の物品を持っていらっしゃいますね」
「確か、君らの所有物であるあの鎧にも状態異常無効の機能が備わっていた筈だ。鎧を仕立て直せば、君たちもその恩恵に授かれると思うよ」
一行がそんな会話をしていると、船箱の機体が徐々に高度を下げ始めて、ゆっくりと降下体勢を取り出す。
「皆さん、そろそろ着きますよ」
操縦席に座っているノレナがそう告げると、ソノレが窓から眼下に映る海面を指差しながら、隣にいるサフィアとジェドに話しかけた。
「あの辺りに角みたいな尖った岩があるのが見えるかい?」
「岩ですか? ……ええ、確かに見えますが」
「あの岩がどうかしたの?」
「あれと同じような岩が、あそこと……あと、向こうにもあるだろう? あの三つの岩が私たちの故郷への目印なんだ」
ソノレが指差す方向には海から突き出るかのように、太く尖った岩が真っ直ぐ上へと伸びており、それと同じものが合計三つ、数百メートルほどの間隔でちょうど三角形を描く頂点の位置に存在していた。
「あの岩が目印……? 特に陸地のようなものは見えませんが、何か大規模な幻術か結界でも展開しているのですか?」
「分かった! 二人の故郷はあの岩に囲まれた場所の海底にあるんだ! ……って、ええ?! 自分で言ってて何だけど、本当に海の中だったりしないよね?!」
「ブッブー。二人とも残念! 三つの岩の間っていう着眼点は良いんだけど、本当はもっとスゴイ所にあるんだよねえ」
ソノレが楽しそうにそんなことを話していると、一行を乗せた船箱は当の三つの岩に挟まれた三角形の範囲へと入り込む。
「それじゃあ、私たちの故郷へご案内しよう。――反転せよ、妖精門!」
気取った様子のソノレが急にそんな言葉を唱えると、今まで遥か遠くにうっすらとしか陸地が見えなかったサフィアたちの視界に、突然大きな一つの島が姿を現した。
「わっ?! えっ、ちょっ、島……?! さっきまで近くに陸地なんか無かったのに!」
「特に魔法が発動したような魔力反応も感じ取れませんでした。幻の類じゃないとなると、これは一体……」
目を見開いて驚くジェドとサフィアの反応に、ソノレは嬉しそうににかっと笑う。
「驚いたかい? 今のは妖精門という時空の穴を通って、船箱ごと次元転移してきたんだ」
「「次元転移……ッ?!」」
自分たちの予想を超えた答えにサフィアたちが更に驚愕する中、操縦席からノレナが話を付け加える。
「あの三つの岩の間には妖精門という我々の先祖が敷いた魔法の門があるのです。その中で僕たち、旧文明人の末裔――《ラスター族》が鍵となる言葉を唱えることで、次元を超えた出入りが可能となります」
「他にも今見えているあの島、《アルバロン島》には妖精道というのも会って、陸路からドライグ王国の各所に移動することも出来るんだ。今は王国内が魔王軍に支配されて危ないから、使用禁止になっているんだけどね」
饒舌に語るソノレの隣で、ジェドは興味深そうに窓から外に見える島の様子を観察する。
眼下に映る緑豊かな孤島は、いうなれば東京都の青ヶ島を彷彿とさせるようなカルデラのある地形で、島内の居住区と思われる建物の密集地には、コンクリート製のような四角い建築物がきれいに規則正しく並んでいるのが見受けられた。
「流石は伝説の武具を作った古代の一族だね。今の魔法技術じゃ足元にも及ばないような、途方もない技術を持ってるんだなあ……」
「その武具を仕立て直せる術があるというのも驚嘆に値します。現在でも古代の高度な技術が子孫へきちんと継承されているのですね」
サフィアの言葉を聞いて、ソノレとノレナは少し困ったような表情を見せる。
「……いいや、残念ながら技術の大半は既に失われているんだ。今残っているのは、あくまで出土した発掘品を再現したものに過ぎない。私たちは先祖の遺物を使えるようにしたり、改造したりは出来るが、一から作り出すようなことは出来ないんだ」
「一応、知識のある技術者自体はいるのですが、それを作り出すための“施設”が無い。施設を作るだけの技術もそれなりにはあるのですが、今度はそのために必要な“資材”が現代にないのです」
「へえ……だとしても、僕からしたらあの武具をまた使えるように出来るってだけでメチャクチャスゴイよ。だってそんなこと、きっと世界中回っても出来る人なんてまずいないだろうし。実際に使ってたから解るけど、あの武具ってそのぐらいヤバい代物なんだよ」
ジェドの言葉にサフィアも頷いてみせる。
「先ほどの次元転移や今私たちが乗っている飛行船もですが、貴方がたの存在が露見してしまうと、平時なら確かに国家間でそれらの技術の取り合いに発展しかねないですよね……」
「そう、それが怖いのです。今が非常時とはいえ、安易に僕たちが顔を出してしまうと、仮に戦争が終わった後になって今度は同じ世界の人類から我々の一族が狙われかねない。ラスター族はもうこの島にしか生き残っていませんので」
「まっ、私たちの事情は置いておいてひとまずは武具の修繕だ。それじゃあノレナ、着陸宜しく!」
ソノレに促されて、ノレナは船箱の機体を島へと近づけていき、速やかに降下を開始した。
明らかに船箱を離着陸させるためのものと思われる、整地された広場へと機体を降ろし、一行は船の扉から外へと出る。
そこからは既に、一目で高度な近代的建築技術で作られたと推測できる四角い建物が並んでいるのが見え、その周囲を歩く人間の姿もちらほらと確認できた。
「ここが二人の言ってた隠れ里か……。何だか不思議な雰囲気だね、サフィア」
「ええ、住民の方々自体は特に私たちと種族などは変わらないみたいですが……」
「それじゃあ私は“工房”に事情を説明してくるから、ノレナは二人にお茶でも出して休憩させておいてくれ。話が済んだら、私もそちらに向かうから」
「分かりました。サフィアさん、ジェドさん、とりあえず僕の自宅まで案内しますので着いてきて下さい。ここからすぐ傍にありますので」