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魔王令嬢と異世界の愛の形の話

 ――魔王城カリオストロ、謁見の間にて。


 最低限の照明しか灯っていない暗い闇に包まれた広間の奥、周りに人気の一切ない玉座にカリストロスは一人腰かけ、近くに誰も寄せ付けない殺気めいた雰囲気を漂わせながらいつもの思案に耽っていた。


 メルティカとの交戦後、自身の能力――イマジナリ・ガンスミスの真実を知ってからというもの、彼はこうしてぼうっと何をするでもなく無気力に考え事ばかりして、ただいたずらに時間を過ごしている。


 実はそれ以外にも、というかそれ以上に衝撃的な報告を拠点に帰ってから耳にしたことで、彼は更に不機嫌な態度を取るようになってしまったのだが。


 何にせよ、魔王から勅命を受けた他の六魔将の作戦行動を妨害し、あまつさえ戦闘行為にまで発展したという事実はとっくに、形の上だけではあるが彼の上司である魔王の耳にも届いている筈。


 それでも今のところ彼は何の叱責も処罰も受けておらず、こうして不自然なくらい自由な状態でいまだ泳がされているのである。


 すると、静かな室内にかつかつと一人分の足音が響き渡り、けして機嫌が良くはないカリストロスの傍に魔王令嬢、ロズェリエが姿を現した。


「カリストロス様、夜分遅く失礼致します」


「――貴方ですか。一体、何用です」


 恭しく礼をして跪くロズェリエに、カリストロスはいつもの鬱陶しそうな目つきで彼女の方を向く。


 ブレスベルクで瀕死の重体となり、メルティカに救出された彼女は、その後速やかに緊急治療を受けて今では完全に健康な状態へと快復しきっていた。


「いえ、特にこれといった用事がある訳ではないのですが……。ここ数日、カリストロス様は今まで以上に浮かないお顔ばかりされていて、ワタクシに何か少しでもお手伝いできることがあればと思いまして……」


 本気で彼を心配しているロズェリエに対し、カリストロスは心底面倒そうに深い溜息をつく。


「貴方に出来ることなど何もありません。第一、私が困っている事柄を貴方如きが解決出来ると思っているのですか?」


「申し訳ありません。出過ぎた発言をしました」


 深く頭を垂れて謝罪するロズェリエだったが、彼女はそこで少しばかりの違和感を感じていた。


 というのも、普段のカリストロスならここですぐに、出ていけ、だの、殺すぞ、だの言って彼女を退けようとするのだが、そういった邪険な言葉が此度は全然飛んでこない。


 そして数秒ほどの沈黙が流れたあと、カリストロスは再びロズェリエに声をかけた。


「……貴方は以前から事あるごとに、私の為なら何だってすることが出来る、と言ってきましたよね」


「はい、その通りでございます。そしてそれは、今この時も変わりはしません」


 自分の発言を覚えていてくれて嬉しいとばかりに、ロズェリエは誇らしげな様子で返答する。


「そうですか。では今ここですぐに、自害せよロズェリエ、と命令されたとしたら、実行することは出来ますか?」


 冗談で言っているようには思えない冷たい目つきで述べるカリストロスに、ロズェリエもまた全く臆することなく微笑みを返す。


「はい、カリストロス様が私の死に様をお望みでしたら今すぐにでも。ですが――」


「ん?」


「贅沢を言わせていただくならば、ワタクシは自分で命を断つより、カリストロス様の手で死にとう御座います。最愛の方の手で一生を終えられるなんて、これ以上幸福な最期はありません」


「……言いましたね」


 酷薄な口調でそう呟くと、カリストロスは右手に拳銃を出現させ、その銃口をぴたりと彼女の顔面へと向ける。


 彼が少しでも引き金にかけた指に力を込めれば、即座に彼女の美しい顔から撒き散らされた血と脳漿が荘厳な床を濡らすだろう。


「銃弾をどこに当ててほしいか、くらいは選ばせてあげますよ」


 カリストロスの放つ殺気は紛れもなく本物で、余興や戯言で言っているようにはとても考えられない。


 しかしそのような緊迫した状況でもなお、ロズェリエは自身に向けられた銃口をむしろ愛おしそうに真っ直ぐ見つめて、一切の恐れを感じさせずに微笑み続ける。


「いえ、カリストロス様からの手向けなら頭でも心臓でも。苦悶に満ちた嬌声をお望みでしたら、あえて急所を外しても、蜂の巣のようにこの身を穴だらけにしていただいても構いません」


 そんなことを何の躊躇もなく宣うロズェリエを十数秒ほど見つめたあと、カリストロスはまたもや深い溜息をついて、握っていた拳銃を手のひらから消滅させた。


「――気が変わりましたので、貴方を殺すのは止めにします。ここで体液をぶちまけられると、床が汚れてしまいますので」


 気が変わるも何も、カリストロスは初めから彼女を撃つつもりなど無かった。魔王令嬢ロズェリエにはまだ十分に利用価値がある。


 彼はただ単に彼女が怯えたり狼狽える様が見てみたかっただけなのだが――今までいくら銃口を向けたとしても、彼女は一向に動揺を見せたことはない。


 それどころかむしろ喜んでいるように見える始末。実に詰まらなすぎて興覚めも甚だしい。


「お慈悲をくださり感謝致します。ですが、カリストロス様の鋭い眼光を浴びるとワタクシ、別の体液を流してしまいそうです……」


 頬を赤らめながら身体をくねらせるロズェリエにカリストロスは呆れた表情を向けるが、彼は咳ばらいをするとすぐに真面目な顔つきに戻って会話を続ける。


「ふざけた話は結構。では質問を続けます。――貴方は自分にとって大事な家族であろう、魔王を裏切れ、もしくは殺せと私に命令されたら、それを実行することが出来ますか?」


 他の者に聞かれれば完全に謀反としか捉えられない発言。ところがロズェリエはそれに対しても眉すら動かすことなく淡々と当然のように、カリストロスにとって都合の良い言葉を返す。


「それがカリストロス様の望むことであれば、たとえ我が父であっても如何様にも裏切ってみせましょう。ですが命を奪う事には些か抵抗を覚えます。……というのも父を安易に殺害してしまうと、六魔将の皆様――つまりカリストロス様もこの世界から消えてしまう可能性があるからです」


「ああ、そういえばそうでしたね。あの話が本当なのかは、いまだによく判りませんが」


「ですので、それでもというのであればワタクシは喜んで実の父であろうと全力で牙を剥きましょう。それが愛する方の為になるというのであれば」


 今のところロズェリエからは動揺した仕草などは一切感じ取れず、その場凌ぎの嘘を述べているようには全く思えなかった。


 だからこそ、彼女の様子はカリストロスを以てしても逆に異様なものとして映っているのであるが。


「……理解に苦しみます。私は貴方と出会ってせいぜい半年程度。その間、別に貴方へ何かをしてあげたつもりはありません。逆に貴方の実父である魔王は貴方と長く時を過ごし、家族として貴方に多くの愛情も注いだでしょう」


 カリストロスはロズェリエをじろりと見定めるかのように、彼女へ問いを投げる。


「それでも貴方は魔王より、私の方が大事だというのですか?」


「はい。だってカリストロス様はワタクシがこの世で最も愛しているお方ですから」


 またそれか、くだらない、嘘くさい、といつものカリストロスなら深く考えず一蹴するところであるが、今日の彼は何故か違う感想を抱いた。


 カリストロスの瞳をその奥まで覗き込むように見つめてそうはっきりと答えるロズェリエに対して、もはや信用がどうとか以前に何と言葉を返したらいいのか、カリストロスは分からなくなってきたのだ。


「……なるほど。つまり、というかやはり、貴方は“壊れて”いるのですね」


 呆れかえるというか、もはや憐れみすら覚えるようなカリストロスの視線を受けてなお、ロズェリエの微笑んだ表情は変わらない。


「はい、それはワタクシも十分承知しているつもりで御座います。一目惚れ――などという人間の言葉でとりあえず括ってはいますが、何故貴方さまを一度見ただけでこんな激しい感情を抱いてしまっているのか、ワタクシにも解らないのです」


「……それは、本来好きになる筈のない相手へ好意を寄せているという事象を貴方自身が認識できていると?」


「さあ、それはどうでしょう。別にカリストロス様はエリジェーヌ様のような、他者を魅了する系統の能力などは持っていらっしゃらないでしょう?」


 ここで会話にエリジェーヌの名前が出てきたことで、カリストロスは露骨に嫌そうな表情になる。


「ええ、そのような戯けた能力など私には不要です」


「だとすればカリストロス様の秘めたるカリスマにてられてしまったのか、それとも高次的な何かに運命の殿方と巡り合わせてもらったのか――まあ、何にしても」


 ロズェリエは魔王の娘にして魔族の王女とはとても思えない、ただの恋する少女のように頬をほんのり赤く染めながら、カリストロスを正面から見据える。


「今、ワタクシが抱いている気持ちは嘘偽りのない本物で御座います。たとえワタクシの人格が知らないうちに何者かから歪められたのだとしても、ワタクシは本当に――カリストロス様のことが大好きなのです」


「――――――」


 恋人どころかろくに女友達すらいなかったカリストロス――奈浪 信二にとっても、理由や過程の無い愛情は正直気持ちが悪い……というより、どう対応していいのか分からず戸惑いの感情があった。


 自分なんかを無条件で全肯定してくるような相手なんて、逆に不審で胡散臭い。


 しかし、たとえ裏があったのだとしても、今だけはその好意に答えてもいいのでは――そう、カリストロスは気まぐれに思えてきた。


「……いいでしょう。そこまで言うのなら、今日くらいは奴隷や便器ではなく、愛玩人形として優しく抱いてあげます。――私の近くに来なさい」


 仕方ないとため息をつきながら、ぶっきらぼうに手招きするカリストロスに、ロズェリエは驚きからしばらく固まって目を丸くしてしまう。


「えっ……? ほ、本当に宜しいのですか……ッ?!」


「二度も言わないと理解できない程、貴方は頭が悪いのですか?」


「で、では失礼致します……!」


 そう言ってロズェリエはカリストロスに身をゆっくりと寄せると、彼から背中に手を回されて顔を林檎のように真っ赤にして身体を震わせる。


「ふわああ……カリストロス様ぁ。いつもの乱暴なのではなくて、こんなに優しく抱き寄せてもらえるなんて……あっ、いつものもアレはアレで好きなのですけど……!」


「相変わらずうるさくて、気持ちの悪い女ですねぇ」


(生意気にも近寄ると良い匂いをさせて……。異世界の住人のくせに……)


 カリストロスはやや荒っぽくロズェリエの後頭部に手をあててそのまま自分の肩まで引き寄せると、彼女の耳元にぼそりと呟くかのように問いかける。


「……仮にもし、私が魔王軍を裏切ると言ったら――貴方はどうしますか?」


 小声で告げられた発言にロズェリエは一瞬ぴくりと身体を震わせたが、彼の身体に頭を埋めたまま、魔王令嬢は二人にしか聞こえないよう静かに返答する。


「はい、その時は是非協力させてください。もし付いていってもいいと仰られるなら、地獄の果てまでお供致します」


 彼女の発言を聞いてカリストロスはにやりと口元を歪ませると、わざとらしいくらい優しい声色でロズェリエへと囁きかけた。


「それを聞いて安心しました。――実は、貴方に手伝ってもらいたい事があるのです」

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