無職青年が異世界に降り立つ話①
時刻は午前5時を回った頃。
窓の外からは雀の囀りが聞こえ、朝日が昇り徐々に景色が明るくなり始める。
パソコンに向かい、夜通しオンラインゲームに没頭していた青年は、大きな欠伸をしながらパソコンの画面を閉じると、そのままベッドへと向かった。
彼の名前は奈浪 信二。年齢は27歳。
高校を中退してから今年で引きこもり歴十年になる。当然、職には就いていない。
同時に筋金入りのゲーマーで、テクニックもさることながら、無限かつ自由に使える時間と中途半端に甘やかす親から与えられた資金力、そして持ち前の性格の悪さを駆使して、オンラインゲーム上で初心者狩りと他人にマウントを取ることのみを生きがいとしている、お世辞にも褒められたものではない人物だ。
身長は180センチを超えているが、体格はかなり瘦せ型で、いかにも不健康そうな容姿。
髪も髭もあまり手入れはしていないようで、ぼさぼさの長髪に無精髭の顔面である。
彼はスマホの画面をしばらく眺めながら、もぞもぞと布団の中で自家発電を致すと、そのまま深い眠りについた。
引きこもり且つニートである彼の生活サイクルは主に早朝、就寝してから午後1~2時頃に目を覚まし、それからだらだらと活動を始める。
多少の差異はあれど、だいたいそういった一日の始まりと終わりを何度も何度も繰り返してきた。
そして今日も同じような一日を迎える――筈だった。
「――あれ?」
奈浪 信二が目を覚ますと、窓の外は真っ暗だった。
加えて消した筈の部屋の照明は何故か逆についており、時計を見ると時間はなんと午後9時過ぎであった。
つまり半日以上眠っていたことになる。
「うわ、流石にねえわ……」
病気でもなければ過度な運動や徹夜をしたわけでもないのに、普段のルーチンで生活して、ここまで寝過ごしてしまうことは彼の中でも珍しい。
普段の日々を粗末に過ごしている信二ではあるが、それでも何故か一日を無駄にしてしまったという自己嫌悪感に苛まれた。
「俺、疲れてたのか……ん?」
ふと、信二はパソコンが乗った机の上に、見慣れない一枚の紙が置かれていることに気づいた。
A4サイズの用紙を手に取ると、初めにデカデカと大げさにかかれた見出しに目がいった。
ゲームが大好きなそこの貴方へ! 異世界転移を体験してみませんか?!
そんな、ふざけた文章が書かれていた。
「うわ、流石にねえわ……」
誰かのイタズラかと一瞬思ったが、彼の家族にこんなしょうもないことをするような性格の人間はいない。
続けていうならば友人もいない。
いったいどこからこんな物が部屋に持ち込まれたのだろうか。
紙を読み進めると、更にこんな事が書かれていた。
ただいま、試験的に異世界で戦っていただける方を数名、モニターとして募集しています!
ですが、安心してください。
戦うといっても、貴方が思い描く理想の姿と、貴方の考える最強の能力を持ったキャラクターとして現地に召喚いたします。
戦いが終わった後は、異世界に残るも、元の世界に戻るも、自由に選択していただけますのでご心配なく。
異世界転移をご希望の方は、下記の記入欄に必要事項をご記入の上、この用紙を枕元においてそのままご就寝下さい。
「……ばっかじゃねえの」
確かに彼はゲームが大好きだし、大いに自信もある。他のことならともかく、ゲームで誰かに負けることは癪だ。
それにアニメは人並み以上に見るし、マンガやラノベだってそれなりに読むので、異世界転生もののジャンルに憧れたことが無い……わけでもない。
しかし、この紙に書かれていることがくだらない嘘なのは馬鹿でも判る。
常識で考えて、とかそういうレベルですらない。
「くっだらねー。超くっだらねー」
ありったけ、思いつく限りの語彙力のない罵倒を口にする。
ところが、信二は悪態を呟きながらも、手はなんとペンを持っていつの間にか用紙の記入欄に書き込みを行っていたのだ。
氏名、生年月日、年齢、性別etc……
彼が紙面の内容を馬鹿にしながらも、それに自ら書き込んでしまったことを認識したのは、なんと全ての項目に記入し終わってからであった。
「うっわ、何やってんだ俺……」
散々言いたい放題言っておいて、きっちり用紙にサインしてしまった自分が猛烈に情けなくなる。
それと同時に突然、強烈な眠気が襲ってきた。我慢できそうにないほどの睡魔で、このままだと机に倒れて寝てしまいそうだ。
紙を手に持ったまま、吸い込まれるようにベッドへと足を運ぶ。
「さっき起きたばっかなのに、また眠くなってきやがった……異世界に行けるってんなら、夢ん中でもいいから連れてってみせろよ……」
そう言い残して、先ほど書いた紙を枕元に放り捨てると、信二は瞬く間に再度眠りについてしまった。
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