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やおよろず生活安全所  作者: 森夜 渉
五章 やおよろず生活安全所
43/62

40/出現

食後。

犬威の訓練を受ける為、屋敷を離れて村の隅に二人は移動した。

「まずはマガツカミの視界から外れるように」

衣装の力を活かせば兎の如く飛び上がり、高い枝に登って身を潜ませれる。

「くどいようだが指示した場所から動かないように」

「わかりました」

「君の初任務は場に立ち会うのみ、忘れるな」

「はい」

余計な手出しは足を引っ張る可能性がある。

今はできる事だけをしようと、何度も何度も木に飛び上がった。

回を重ねるにつれて動きはしなやかに。

鳥のように軽やかになれ、いつしか夢中になれた。

ここにいる間だけでも人であるのを忘れるかのように。

「よし、もういい」

合格を出され木から降りたつ。

「弓も忘れず備えておくように」

力は未知数だが猿真の言ったように丸腰で挑むよりはいい。

ケースから出し、手に取ってみると犬威が目を凝らす。

「細工が施してあるな」

「細工ですか?」

「ああ、装飾の金具が動くようだ。仕組みはわからんがよくできている」

何もない自分に力を与える不思議な弓。

弓は美しいが主張をせず沈黙するような厳かさを秘めていた。

「猿真さんって色々な道具を持ってるんですね、私には珍しい物ばかりで……」

「あの人は言わばうちの専門の職人だな、従える元素が金属だから金具の加工を施して魂を込める技を持っているんだ。他にも宝物や変わった品を持っているからそのうち見せてくれるかもしれん」

蓮美には祖父も祖母もいない。

初めは猿真と何を話していいか分からなかったが、彼は気にせず目をかけてくれた。

必要な資材はないかとか、命に手を焼いたら隠さず話せばいい、など。

所での日々は奇想天外だが皆との関りは穏やかで温かい。

単調で無機質でもなく、変化に富んでいる

居心地がよく、居場所を与えてもらっているように感じていた。

だからこそ近い立場でいたいのだ。

見せかけや甘えでやおよろず生活安全所にいるのではなく。

職員と同じ体験を通し。

この先起こる出来事や、マガツカミの姿を目にして。

「それにしてもわずかな時間に大した成長だ、指導する俺も鼻が高い。帰ったらみんなに報告しよう」

「おい、人間」

「和兎さんの衣装の力です、は、恥ずかしいです……」

「人間、おい」

「え?」

話しこんでいる隣で誰かが口を挟んでくる。

振り返るとさっきの狐と兎の子が木陰から頭だけ出していた。

「犬のオッサンと何してんだ?」

「何してんだ?」

どうやら二人は仲のいい友達らしい。

「戦いに備えた訓練だ」

オッサン呼ばわりされても犬威は動じず、大人の余裕で笑顔で返す。

「なぬ?」

「人間のか?」

「彼女のだ」

「ふん、じゃあ俺達の訓練にも付き合わせてやる。人間、一緒に来い」

兎の子は手招きしたがいきなり誘われ困ってしまった。

「今からだと……」

「少しならいい、口は悪いが構って欲しいんだろう」

「違うぞっ、構ってやるんだっ!」

狐の子がムキになって叫ぶ。

「わかったわかった、村の外へ出ないならいい。彼女を困らせないようにな」

「できるだけ早く戻ります」

「日の落ちる前ならいい、俺は戦いに備えて準備でもしていよう」

「よし、来いっ!」

二人は腕を掴むと強引に引っ張っていき、大人達は訝しげに見てきたがお構いなしだ。

しばらく行くと何もない原っぱに連れて行かれ。

「わっ、ホントに人間だ。危なくないのかな?」

「わざわざ連れて来たんだから大丈夫なんじゃない?」

アナグマの女の子、リスの女の子がいた。

「こんにちは」

挨拶をすると女の子達はパッと顔を明るくする。

「話せるんだっ!」

「なら男の子抜きで遊びたいっ!」

「ダメだぁっ!」

アナグマの子とリスの子の意見に狐の子が猛反対する。

「えーっ……」

「じゃあ何するの……」

女の子達から冷めたブーイング。

「決まってるだろっ、かくれんぼだっ!」

「えーっ……」

「飽きたし……」

再び女子から冷めたブーイング。

「いいか人間、今から俺達はいろんなとこに隠れるから探すんだ、それがかくれんぼだっ。十数えたら俺達を探すっ、いいなっ!」

隠れるのに自信があるらしく、狐の子は強気にかくれんぼを推した。

「うん、いいよ」

内心は知っている遊びで良かったと安心する。

「それ、隠れろっ!」

兎の子が合図を出すと全員が一斉に散らばる。

蓮美は後ろを向くといーち、にーい、さーん、と大きな声で叫んだ。

「じゅーうっ、もーいーかーいっ?」

「もーいーよーっ!」

返事が来たので探しに出る。

どこかな、どこにいるのかなと聞こえよがしに探しつつ。

広い村ではない、すぐに見つかる筈だ。

探す。

探す。

探す。

「あれ?」

普通のかくれんぼを想像していたが、なんだかレベルが全然違う。

時間をかけているが一人も見当たらない。

もしかして擬態していないか。

そんな事を考えて足元にあった岩に視線を落とした。

「ん、えっ?」

そして二度見した。

長い耳が生えていたのだ。

岩からニュッと兎の長い耳が。

張りぼてではない、リアルな岩だ。

「あっ……」

思いだした。

屋敷では化けたりできないだろと言われたのだ。

「かくれんぼって……」

彼らのかくれんぼは本気と書いてマジと読むかくれんぼなのだ。

何かに隠れるのではなく本物に似せて化ける意味あいだったらしい。

化ける概念は狐と狸しかなかったが、考えれば犬威も人に化けている。

子供と思って甘く見ていた。

「……なるほど」

感心しながら生えている長い耳をつついた。

「見つけたよ」

耳は一瞬ビクッとし。

「くそぉっ!」

岩が見る間に姿を変えていく。

「いい気になるなよ人間、他の奴らも探してみろよ」

見つかっても自信満々だが、所でメンタルを鍛えられた彼女はへこたれない。

彼を上回る大いなる反抗期が身近にいたからだ。

いいだろう。

マジと読んで大人の本気を見せてやる。

蓮美はやり方を変えて丸太をくすぐったり、不自然に置かれている地蔵をゆすってみたりした。

「ばれちゃった」

「よくわかったね」

「人間にしてはやるなっ!」

作戦はうまくいき、続々と正体を現す。

「フフフ……」

かくれんぼに勝利はしたが気づけばかなり時間が経っていた。

そろそろ戻ろうと別れを告げようとしたのだが、見かけていない人物がいるのを思い出す。

「村の子達って君達だけじゃないよね?」

「狸のヤツがあと一人いる」

「伊助だ」

村の入り口でどんぐりをぶつけた狸の子だ。

「伊助君とは遊ばないの?」

「あの子は最近ここへ来たばかりなの」

「住んでた林がなくなってお母さんと越して来たんだけど、みんなと馴染めなくていつも一人で遊んでるの」

女の子二人が伊助について話してくれた。

「伊助君も遊びに入れてあげないかな?」

「いいけど、伊助が嫌がったら遊べないぞ」

「俺達無理に誘ったりはしないし」

「声を掛けるだけでもいいかな?」

「いいぜ、じゃあ伊助んち行って誘おう」

抜けた分を補ってもらおうと、子供達と揃って伊助の家に向かう。

道すがら、彼らは蓮美と手を繋ぎたがったが。

「手がスベスベだ」

腕に毛が生えていないのを珍しがる。

「不思議な感じだね」

「俺にも触らせろ」

「俺も触る」

四人が交互に手を握り、小さな温もりが心地いい。

家に着くと狸の女性が茣蓙ござを引いて洗った野菜を並べていた。

「こんにちは、伊助の母さん」

動物の子達が挨拶をすると伊助の母親もこんにちはと挨拶を返す。

蓮美をチラリと見たが、狸雲から事情を聞いているのか大して驚きもしなかった。

「伊助いる?」

「それが今朝からずっと家に戻ってないんだよ。手伝いをさせようと思ったんだけど、帰ったら叱ってやろうかと思って。あんた達、あの子を見かけたら母ちゃんが帰れって言ってたって伝えておいてくれないかい?」

「そっか、わかった」

「見かけたら伝えとく」

四人は納得すると伊助の家から離れた。

「だってさ、人間。伊助はいないってさ」

狐の子はあっさり諦めたが蓮美は胸騒ぎを覚える。

朝からいないというが、どんぐりをぶつけたあの時以降ではないのか。

「人間を連れて来るなんて事は言ってなかったぞっ!」

人である自分に彼は反発していた。

「伊助君は人間が苦手かな?」

「苦手なのはあいつだけじゃないけど、住み慣れた林がなくなったのは人間のせいだとは言ってた……」

「人間が怖いんだよ」

「私達だって、ねえ」

「でも姉ちゃんはいい人間ぽいから遊んでやったんだ」

呼び名が姉ちゃんになり子供達は笑うが、村にはいない伊助が心配になった。

日はそろそろ暮れかけ始めている。

「伊助君が普段どこで遊んでるかわかるかな?」

「外れの森だ、人間の住んでた跡がある」

「もしかして集落のこと?」

その名を出すと全員がそうそうと頷く。

「あそこで化ける術を練習してんだ、化けるの上手くないみたいで見られたくないんだと思う。前に森に行ったら一人で練習してた」

「一人で……」

付近にはマガツカミを呼び出す儀式が施してある。

近づいたら何があるかわからない、犬威と狸雲に知らせなければ。

「みんなごめんね、私は用事があって戻らないといけないの。それから夕方には村から絶対に出ないで、夜になると天気が荒れるそうだから」

怖がらせないよう、マガツカミについては伏せておく。

「うん、わかった……」

まだ遊びたそうな子供達を置いて彼女は犬威の元へと急いだ。

「犬威さんっ」

元居た場所で彼は私服から着替え、武器の様な物を研いでいた。

蓮美が身に着けている籠手こて脛宛すねあて脚絆きゃはんを装備し、甲冑の様な武具を腰の辺りに纏っている。

全身黒ずくめで見た目は忍者を思わせた。

「何かあったのか?」

蓮美は朝から村にいない伊助の経緯を話す。

「まずいな、まもなく日没だ。夕暮れは村人が外に出ないよう狸雲殿に伝えてあるが、今朝からいないというのなら伊助という子には知らされていない筈だ」

「どうしたら……」

「探しに行こう」

二人は屋敷に戻ると事情を説明し、訪れた集落跡へと走った。

「伊助、いないかっ!」

「伊助君、いたら出てきてっ!」

名前を呼ぶが返事はない。

山に訪れる夜は早く、長い影が落ち始めていた。

「後は結界を施した場所だが、やむをえん。危険だが二手に分かれよう、俺は西に、君は東だ」

「はい」

犬威が去り、蓮美は東寄りを探す。

池の跡地は広く、見落とさないよう駆け回る。

「早く見つけないと……」

子供の一人ぼっちはとても寂しい。

目に映る世界は大きく、孤独で。

悲しく。

夜の闇は果てしなく深い。

蓮美は。

伊助に昔の自分を重ねていた。

「伊助君、いす……」

木立の間で何かが視界に入り、伊助かと思ったが。

「え……?」

人だった。

後ろ姿だがつなぎの作業着を着た男がいる。

男は犬威が枝を刺した辺りにぼんやりと立っていた。

背を丸めて木の枝を見つめている。

触ってはいけない、誰かが触りでもしたら結界が崩れてしまうのでは。

咄嗟にそう思い。

「その枝に触らないでくだ……」

話しかけようとしたのだが。

マガツカミを呼び出す儀式を終えて犬威は言った。

「ひとまずこれで空間は閉ざした」

所の案内をした時、和兎は言っていた。

「この施設を中心にして結界、結ぶに世界の界と書いて結界ね。結界という術に護られていて所に来る相手は限られるよう、部外者は踏み入れない仕掛けになっているの」

部外者は結界内に入れない。

ましてや普通の人間なら。

だとすれば。

初めから山の内部に潜んでいた者ならどうだろうか。

「……?」

微かに。

妙な音が聞こえた。

ボゴッ。

ボグォッ、と。

くぐもった様な、泥の底から湧き上がる泡に似た音が。

「っ!」

男の足元を見てゾクリとする。

だらんと垂らした指先から水滴を滴らせ、地面の色を変えていた。

視点を足元から頭に移した時、男の体は歪な風船の様に大きく膨らむ。

腕が。

足が。

頭が一回り、二回り大きく膨らむと髪の毛がズルリと滑り落ちた。

べシャリ。

「……」

経験のない、未知なる恐怖を前にして。

足が震える。

体にあったのは頭ではなく。

どす黒く、水とヘドロを混ぜたような黒い塊だった。

「ダメだな、こっちにはいな……」

犬威が合流しようとやってきたが、動けない彼女と異形の存在に気付いて目を見開く。

「朝霧君っ!」

金縛りを解くように、彼は彼女に向かって全力で叫んだ。

「そいつがマガツカミだっ!」







読んで下さっている皆さん、そうでもないという皆さんもお世話になっています。


こちら二回目の直しの後のコメントになります。


現在台風が近づいています、一番いいのは台風が逸れてくれる事ですがそうもいきません。


自分の命を守れるのは自分だけかと思います。

外出中の皆様は早めの避難をされて下さい。

山深い近くにお住いの皆様も安全を確保して川などには近づかないようにされて下さい。


何事もないように、皆様の安全を祈っています。


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