39/共存への模索
「お帰りなさいませ」
屋敷に戻ると昼食が用意されていた。
膳に野菜の煮物が素焼きの皿に、木の椀に味噌汁とご飯が盛られていたが狸雲の分だけがない。
聞けば村では朝と夜しか食事をしないらしく、礼を言って犬威と料理に手を付ける。
「お口にあえばよろしいのですが」
本人は謙遜したが、盛り付けも丁寧で人の手料理と遜色がない。
初めに蓮美は味噌汁を飲んでみた。
「おいしいです。私達が食べている味よりも薄口ですが、風味が上品というか……」
「ありがとうございます、出汁の調合にこだわりを入れております」
干した川魚とキノコ、山菜を加えて深みを出しているそうだ。
彼も眷属であり肉や魚は摂れないが、自らお供物を作って楽しむとの事。
食材は全て自給自足で賄っているらしい。
「お召し物が変わられましたね」
会話の中、譲られた衣装のままでいたら狸雲が誉めてくれた。
「凛々しいお色で似合っております」
「いえ……」
嬉しい筈が、池の跡地を目にした後では申し訳なさが募り、逆に情けない気持ちにもなる。
村の住人達は自分の姿を見ても、もう逃げ出しはしなかった。
蔑むような眼差しを向けて離れて歩いたりはしたが。
当然だ。
あんな現場を見てしまったら。
だから甘んじて彼らの視線を受けた。
それしかできなかったから。
「狸雲殿は学び舎を作りたいと話していたが何か教えたりしているのだろうか?」
食事の傍ら犬威が狸雲に尋ねる。
「はい、人との共存については思案中ですが、距離を保つ事が重要であると伝えております。なかでも子供は好奇心が強いので村の外で獣に戻っても人間の食べ残しを漁ったり、民家には近づかないなど基本的ではありますが」
特に車道。
車は危険なので用がある時は渡る時間を選んだり、枯れた水路を歩くなど。
「轢かれた者は?」
「幸いおりません、今のところは」
「……」
蓮美は覚えている。
里山の道の脇で動物がよく轢かれていたのを。
どこからか咥えてきたのか、与えられたのか、傍に揚げ物の欠片が落ちていた事もあった。
咲枝はなきがらを見かけると紙に包んで、スコップを持って山の中へと弔いに入っていき。
「山で生き物を見かけても餌付けはしないで」
一時の気まぐれが自然界のバランスを崩し、やがては命を奪うのだと。
戻ってくると強く忠告をされた、そんな事を思い出しながら食べ終えた時。
どこからか視線が。
客間のふすまは開いていたが、縁側に狐と兎の男の子がこっちをじっと見ている。
「……?」
目が合っても逃げようとはしない。
迷ったが声を掛けてみた。
「こんにちは」
「ギャアァアアアーッ!」
「人間がシャベッタァアアアアーッ!」
二人は悲鳴を上げると一目散に逃げ出す。
皮肉にもこのセリフは面接初日で眷属の子達に向けた言葉だった。
叫んだのは心の中でだが、実際そうなのだろう。
人間側では彼らが異質な扱いをされ、こちらが彼ら側に踏み込めば異質となるのだ。
「子供ですのでお気にされず」
「平気です、私が珍しいんだと思いますし」
狸雲は詫びるが笑って受け流す。
犬威も食事を終えたので食後の感想を話していると再び視線を感じた。
見るとさっきの二人がまた縁側から覗いている。
「お前達、お客様に用事があるのなら言葉で伝えなさい」
「えーっ……」
「えーっ……」
注意されるとブツブツ言いながら部屋に上がって蓮美を囲む。
「おい、人間」
狐の子がフンと鼻を鳴らして口を聞いた。
「お前はここへ何しに来たんだ」
今度は兎の子がフンと鼻を鳴らして口を聞く。
「話してもいいでしょうか?」
「構わん」
「構いません」
いきさつを答えていいか確認すると了承が下りた。
「マガツカミの事を調べに来たんだよ」
「嘘だ、お前人間じゃん」
「化けたりできないだろ」
「化けたりはできないよ」
「じゃあ何ができるんだよ」
「何が……?」
「彼女は人間世界の事なら色々と教えてくれる、知りたい事があれば聞いてみるといい」
言葉に詰まっていると犬威が助け船を出してくれた。
「朝霧様、何か為になるようなお話しがあれば聞かせてやっては下さいませんか」
「為になる、ですか……」
今までの流れで思いつく話題と言えば。
カバンを探り、ペンとメモ帳を取り出すとイラストを書いて広げて見せる。
「二人は道でこういうのを見た事ないかな?」
それは横棒を引いた横断歩道の図柄だった。
「ある」
「あるぞ」
二人がうんうんと答える。
「人間があの上を渡るのを見た事があるぞ」
「俺もだ」
話しが通じてホッとした。
「その棒線は道を渡る人が優先ですよっていう印なんだよ。印の前だと車は一度止まらなければいけなくて、おうだんほどうっていうの。この線の上を人間が歩く決まりなの」
「……おうだんほどう」
「おうだんほどう……」
狐の子、兎の子が口に出して真似をする。
「それから……」
さらに丸が三つ付いた横長の四角い箱を描き、カラーペンで色を塗って見せた。
「横断歩道の傍で明かりが順に付く、こういう物を見た事がないかな?」
「あるぞ、三色の色が付くんだ。赤と青と黄色だ」
「見た事あるぞ」
「あれはね、しんごうきっていう光で合図を出す機械なの」
「……しんごうき」
「しんごうき……」
「そう。赤色は車が来るから渡ってはいけない、黄色はそろそろ車が来ますよ、青が渡っていいですよっていう合図なの。人間の道を渡る時は横断歩道を探して、光が青色の時なら安全に渡れるの。ただ、青でも車が来てしまう事もあるから、必ず右と左は確認して渡るといいよ」
「わかったっ!」
「わかったぞ、みんなにも教えてくるっ!」
二人は縁側から降りると村の中へと駆けて行く。
「朝霧様、その絵を描き写してもよろしいでしょうか」
「はい、こんなのでよければ」
狸雲は硯の道具と和紙を用意すると描いたイラストを模した。
おうだんほどう、しんごうきと書き加え、カラーペンを借りて色を塗りつぶす。
「これはいい、皆に見せて手本にすれば安全に道を渡れます」
「ですが必ず車が止まるという事もないので、くれぐれも右と左を見る様に伝えておいてください」
「はい、伝えておきましょう」
狸雲は描いた絵を畳んで懐にしまう。
他にも考え付く、知り得る限りの事をその場で伝えた。
なんでもいい。
なんだっていい。
彼らが生きていく上で生を全うし、役立つ知識であるのなら。
読んで下さっている皆さん、そうでもないという皆さん、お世話になっています。
こちら直し二回目のコメントになります。
お待たせシマウマ。
間違えました。
お待たせしました。
狐乃「待ってねぇよ」
申し訳ありません、この回も直しが難しくてかなり手こずっていました。
対話のシーンが苦手で、やりとりの部分で想像していたより時間がかかってしまいました。
また、番外編である前回の狐乃編ですが、あの回は直しが全く進まず、時間を改めて直しに取り掛かりたいと思っています。
(今までそういう事はなかったのでモヤモヤしています、ギャグ回なのですがなぜだろ)
この暑さです、集つう力が低下。
低下しているのかなと。
皆さんも熱つう症にはくれぐれも気をつ、めっつう。
ねっつう。
ねっ。
めっ。
ろれつが回らないだお?
狐乃「かかってんじゃねぇか、熱中症」




