38/繁栄の落とす影
※前書きでのお詫び
今回舞台を岐阜にさせて頂きましたが、岐阜にお住いの皆様、深い意図はなく不快に思われましたらすみません。
どなたもマガツカミの犠牲にはなっておりません。(冷汗)
「こちらになります」
幽世を出て狸雲に案内されたのは村からわずかの距離にある森の中だった。
廃屋や近代まで人が住んでいたであろう名残りは見て取れたが、破壊の限りを尽くされかろうじて形を残すままとなっている。
巨大な物がぶつかったのか半壊の家々や太い木々がなぎ倒されていた。
まるで地面を重機ががならした様に平たくされ、砕けた岩や生えている草は根からきれいに倒されている。
「マガツカミが現れる地はこうやって開けた場所になる事がある。彼らが暴れると森が破壊されるからだ。皮肉だが俺達としては戦いやすいにも戦の場にもなる」
犬威は誰に言うともなく、荒れた景色を見つめて呟いた。
「狸雲殿、問題の池はどこだろうか?」
「あちらに」
集落跡を離れると赤茶けた土が盛られている場所がある。
「池の跡地になります」
そこは。
ただのゴミ捨て場だった。
池があった痕跡など見当たらない。
あるのは古くなった機材、資材、生活用品。
パソコンにテレビ、車のタイヤ、冷蔵庫まで捨てられている。
かつての池を埋め立てた関係者はこの状況を見ている筈だ。
にも関わらず、埋め立てるだけして見て見ぬふりをして放置した。
だから。
水の神は怒った。
人々が繰り返す、重ね重ねの卑しい愚行と狼藉に。
神の理を捨て、マガツカミとなり祟った。
この現状を前にして蓮美は言葉がない。
人間である自分は。
言い訳ができない。
犬威の視線は埋め立てた池ではなく、同じく廃棄品の山を見ている。
無表情で。
情に満ちた彼の眼差しは冷たく。
感情はなかった。
互いに押し黙り、声を掛けるのがためらわれる。
「犬威さん……」
それでも沈黙が苦しく、彼の名を呼んだ。
「犬威さ……」
呼び掛けると、首だけ動かし彼女の方を見る。
冷たい眼差しのまま。
なんの感情も読み取れない無言の眼差しを。
人間の彼女に向けた。
そして黙っていた。
「あの……」
再び声を掛けると、ああ、と返事を返す。
「ありがとう狸雲殿、後は我々に任せて村に戻ってくれ」
「では、なにとぞよろしくお願い致します」
狸雲は頭を下げると来た道を戻って行った。
「すまない、ぼんやりしていたようだ。君を連れてきた俺が気を抜いていては話しにならんな」
犬威は罰が悪そうに苦笑いをしたが、その笑みはぎこちない作り笑いだとわかる。
「では、取り掛かるとしよう」
「はい」
感傷に浸っている場合ではない。
犬威の動きに注視すると地面にひざまずき、耳を押し当てる。
「皆のやり方は相手によりそれぞれなんだ。俺はまず初めにマガツカミの動きを探る。この様子だと地下であちこちに動き回って山の水脈を探しているようだな」
「水脈ですか?」
「ああ、元は水の神だから、水に帰りたくて水のありかを探すんだ。山の中にある水源を探して。だが、マガツカミに堕ちてしまうと戻る事は二度とできない」
帰りたい。
帰リタイ、と。
「帰る場所を探して土の中を走り回るんだ」
自らの根源となった故郷を探して。
子供時代、蓮美は両親の都合で家庭に居づらい事情を抱えていた。
当時はその感情を言葉にして伝える事はできなかったし、幼いながら明確に認識はできなかったが、今ならできる。
ただただ。
寂しく。
悲しかった。
「だが、油断をすれば己が喰われる。朝霧君、どうあろうとマガツカミに情けはかけるな。これは部下として君に下す最初の命令だ」
「わかりました」
「新幹線で話した通り自分の命が最優先だ。逃げろと言ったら逃げ、来るなと言ったら来るな」
「はい」
「夕暮れ時を君達人間は逢魔時、またの名を大いなる禍の時と書き大禍時とも呼んでいる。その時間、マガツカミと我らはここで相対する。肝を据えておくように」
「はい」
「よし、ではマガツカミを呼び出す準備と合わせて、今からこの空間を外界から隔離する。これより始まる我々の戦いは生身の人間には見えず、聞こえない異空間、結界だ。激しい戦いとなっても森のざわめきとしてしか地上には届かない。代わりに君は神変鬼毒酒を飲んでいるから所と同じで適応できる」
犬威は持ってきていたボストンバッグから麻の紐で縛られた瓢箪を取り出し、栓を抜いて何かをまいたが中身は透明な水に見える。
「これは水の属性を持つ狐乃が清めてくれた水だ。職員は対応するマガツカミを呼び出す為の道具として従える元素を交換し合う。これは言わば彼らへの捧げ物だ、探す水を求めて地中から現れるだろう」
まき終えると近くに生えていた木の枝を手折り、厚めのファイルを取り出して保管されていた紙垂を巻き付ける。
それに揃えた二本の指で空に文字の様な物を書き、水がまかれた大地に突き刺した。
「ここが目印となる」
途端に周囲の木々がザワザワと波立ち、激しい風が巻き起こる。
森全体を揺らす様な風が数分続き、木の葉が降りかかった。
吹き飛ばされまいと足で重心を支えたが、それもサワサワとしたそよ風へと徐々に変わっていった。
「ひとまず空間は閉ざした」
見回したが大きな変化は特に見られない。
「そうそう、和兎が君にと用意した物があるんだが」
犬威が雅な風呂敷包みを取り出して草の上に中身を広げる。
入っていたのは白い着物と紺色の袴、胸当てらしき物といくつかの装備品。
「これ……」
並べてわかったが、弓道などで身に着ける道具一式だ。
「和兎は持っていた稽古着を君に合わせて昨晩仕立て直したらしい。今朝がた俺の家まで届けてくれてな。着物には彼女の毛が織り込まれていて、着れば素早く動いたり走ったりと兎族の霊験に預かれるそうだ。脚絆に籠手と臑当もある」
脚絆というのは長い靴下のように見え、籠手と脛宛は腕と膝の辺りを守る防具らしかった。
持ってみたが材質はとても固いのに驚く程に軽い。
「着てみてもいいですか?」
「もちろんだ」
荷物一式を抱え、林の奥に隠れると山登りで汗ばんでいた服を脱ぐ。
Tシャツもズボンもまとわりついて不快だったので気分を変えるにはちょうどよかった。
白い上衣を着て袴を履いてみる。
大きすぎず小さすぎず、ピッタリのサイズだった。
袖と袴はヒラヒラしないよう絞れる工夫がしてあり、デザインも今風にアレンジされている。
一晩で仕上げたと思うと大変だった筈だ。
姉の様な和兎の優しさが身に染み、つい目が潤む。
大好きな兎の。
彼女の毛が織り込まれていると思うだけで十分心強い。
「和兎さん、戦いを見届けたら、帰ってまたみんなにお供物を作りま……」
独り言を言いかけたところで命のニヤニヤ笑う顔が浮かんだ。
「危ない……」
仕掛けたられた死亡フラグをまんまと立てる所だった。
出かけた涙は一瞬で引く。
覚えてろ、帰ったら絶対にメシ抜きだかんな、と、むしろ奮起した。
彼の効果で泣き虫は治りつつあるようだ。
着付けの経験はないが見よう見まね、こんな感じかと戻ると犬威から合格をもらえる。
籠手と脛宛、胸当てのつけ方も教えてくれた。
脚絆は革製の足袋と一体のブーツ型で、実戦向きの丈夫な作りとなっている。
「付けた感覚がほとんどないです……」
体の一部となったように装備も着物も身に付けた重みを不思議と感じない。
逆に足袋を通した足裏からは地面の石粒や土の質感まで伝わる程に体感が研ぎ澄まされた。
視覚、嗅覚、聴覚、あらゆる知覚が。
「動物になったみたいです……」
「着物を通じて兎族の力が宿ったからだ。試してみよう、あの木に向かって飛んでみるといい」
普段ならできないと慌てふためくが、着物をまとった今は不可能だとは思わなかった。
「やってみます」
力を試したい衝動が抑えられず、人格すら変わった気がする。
目を見開き、そびえる木々に狙いを定めると膝を大きく曲げてジャンプした。
ヒュオッと飛び上がり、空を切る音が聞こえた次には定めた枝に自分が立っている。
バランスを崩す事もなかった。
高さに恐怖はない。
むしろ目にする景色に気分が高揚する。
地上を離れた鳥のように、鷹や隼の様な、自由で勇猛に羽ばたける気がした。
「見事だ」
犬威が満足そうに彼女を見上げる。
登った枝からはふもとの集落や遥かな山々が見渡せた。
眼前には広大に広がる青い空と。
翼のように枝葉を広げる、深く美しい森がどこまでも広がっていた。
※今回のお詫び
以前から書かせて頂いていますが、これは現在の状況を一切考慮しない形で書かせて頂いています。
(考えてしまうと、何を書いていいのかわからなくなってしまって)
○○だから××だ!なんて事は本当に考えず書いていまして、どこかで見た情報とか記憶とかしか参考にしていません。
(まず素人でありますし、思いつくまま。構想を練れるプロの方とは違いますので緩い気持ちで書かせて頂いています。深い意図などは全くありません。)
今の状況は考えず、緩いお気持ちでお手すきの合間などに皆様に読んで頂けたらいいなと思っております。
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読んで下さっている皆さん、そうでもないという皆さんもお世話になっています。
最近水による被害が全国各地で相次ぎ、不安に感じています。
今回は水にまつわる回でしたので、直しを載せるにはどうかと悩んだのですが葛藤しつつも載せさせて頂きました。
ですが、皆さんの周りで水による被害がないように、祈りながら直しをさせて頂きました。
何もできずに本当に申し訳ありません。
ないものねだりで、晴れが続けば雨がたまに欲しいなと思ったり、雨が続けば晴れて欲しいなと思ったり。
でも、本当に欲しい物は必要とする時に限って手に入らない事が多いなと自分はたまに思ったりします。
今欲しいのは、みんなが穏やかに過ごせる日常でしょうか。
そんな事をよく思います。
一日でも早く、被害に遭われた皆さんの生活が戻り、日常が戻りますように。




