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やおよろず生活安全所  作者: 森夜 渉
一章 やおよろず生活安全所
4/62

3/入所

おぼつかない足取りで道を進んで行く。

過密状態の電車とバスに運ばれる事、四十五分。

今朝も鉄道がシステム障害を起こし、早めに部屋を出たが満員の交通機関から逃れはできなかった。

「確かこっちで合っていたはず……」

蓮美は先週訪れたやおよろず生活安全所へと再び向かっていた。

「二回目だけど分かり辛いな……」

一度は来たので迷う筈もないのだが、スマホの地図も動きがおかしく磁場でも狂っているのかと思う。

画面を閉じると退職したバイト先が浮かんだ。

急だが内定が決まったと告げると、今日で辞めていいとあっさり伝えられる。

終業後、ロッカーの荷物を持って挨拶だけ済ませ、店を後にした。

勤務歴二年半、無遅刻無欠勤。

送別会の予定もなく。

社会とはそんなもの。

自分がいなくても、新しい歯車が加わり世界の一部を動かしていく。

寂しくなんかない、悲しくなんかない。

五月の澄んだ空を見上げた。

「静かだな……」

時間は十時前だが、散歩するお年寄りや主婦など見当たらない。

駅前は店舗が多く賑わっていたのに、目的地が近づくにつれ猫の子一匹見かけなくなった。

(ちなみに猫がいたらモフっていたので遅刻の恐れも含め、いなくてよかった。)

周囲に広がるのは林や空き地ばかりだが、あまりに静かすぎる。

それどころか、辺りから生き物の気配を感じなくなっていた。

「……もしかしたら神隠しにあってたりして」

子供の頃に読んだ絵本、天狗の住む森で人が消えるという昔話しを思い出す。

ふざけて言葉にしたが神隠しというフレーズと相まって、ゾクリと背筋を寒くさせた。

「こ、怖いな、考えるのはやめよう……」

歩みを速めるとだだっ広い建物が視界に入ってくる。

勤務先となるやおよろず生活安全所だ。

門を抜けると屋根付きの駐車場が端にあったのに気づく。

軽トラ、オート三輪、フェラーリ、ポルシェ、バイクと、前は見かけなかったが様々な乗り物が並べられている。

芸能人でも働いているのだろうかと、フェラーリとポルシェを二度見、三度見した。

玄関前まで来ると面接で会った日向が俯いて立っている。

面接を受けた日と同じ、破壊的な風貌で。

ズボンに手を突っ込み、履物はサンダルで腰から麻の袋を下げていた。

電話を受けた日、彼で思いだしたのはその風貌が記憶に残った一番の理由だと思う。

それ以外考えられないからだ。

「おはようございます」

ともかく、今日から職員の一人になるかもしれない。

円満な職場関係が大切だ、まずは爽やかに挨拶をした。

「チッ」

ん。

今、舌打ちをした、間違いない。

前も名前を名乗って舌打ちをされた、あの時は空耳と思ったが。

初見から不穏な臭いがする人物である。

「おはようございます……」

ボソリと挨拶を返し、彼が顔を上げた。

前髪で目元は見えなかったが。

「正直、あなたがまた来るとは思っていませんでした。こないだの面接で気絶したものだから、てっきり入所はないと思っていましたし……」

「……え」

えええ。

「……私、気絶をしたんですか?」

「そうですよ……」

面接後を覚えていなかった理由が判明する。

帰宅した記憶がないから夢だと思い込んだのだ。

「面接後に白目を剥いて気絶したから履歴書の住所を頼りに僕がタクシーで部屋まで送り届けて鞄を玄関前に置いてベッドに寝かせたんです。僕が……」

早口で説明され、白目と僕が、を強調されたが。

「待って下さい」

今、部屋まで送り届けて、鞄を玄関前に置いて、ベッドに寝かせたと言われた。

「……もしかして入ったんですか、私の部屋に?」

「もん……」

「はっ!」

彼はクマ衛門と呟いた。

蓮美のパジャマは推しアニメ、クマ衛門のキャラクターがプリントされている。

ドスの効いた声で岡山弁をしゃべる、愛嬌のあるやさぐれたクマだ。

パジャマはいつもベッド横のカゴに入れるのだが、ピンポイントで匂わせた所から部屋に侵入したのは間違いないであろう。

「女性の部屋に入るのは初めてで、ちょっとだけワクテカしました……」

青白い顔でニチャアと笑ってみせる。

「キィヤアアアアアーッ!」

蓮美は心で叫ぶ、彼は内面こそ破壊力が凄まじかった。

「……くっ」

だが、こんな所で挫けては先が務まらない。

何しろまだ入社すらしていない、セクハラまがいの発言に怯んではいられないのだ。

「……ご、ご迷惑をおかけしました」

納得いかないが社会人として大人の対応だ。

震える肩とひきつる笑顔で謝罪する。

「ホントですよ……」

日向はペッと唾を吐いた。

「仕方ないですね朝霧さん……」

彼は下げていた麻袋を開けると、中から白い磁器の徳利を出す。

そしてお猪口。

徳利の栓を抜き、透明な液体をお猪口に注いだが、どう見ても酒にしか見えない。

「飲んで下さい」

ずいっと蓮美の前に差し出す。

「えっ?」

冗談とは思えないが、勤務前で飲酒をする意味がわからない。

それともこれはここでの儀式のような物なのか。

液体はユラユラと光を反射している。

とりあえずお猪口を受け取り、中身が怪しくないか試しに嗅いでみた。

「ファッ?」

疑う間もなく、一嗅ぎで意識を奪われる。

「このお酒はあなたに特別な力を授け、人間には入れない空間に対応できるよう導き、護ってもくれます。所の入所に必要なので飲んで下さい……」

「……は、はぃ?」

ろれつが回らない。

香りだけで深酔いしていた。

言われた意味は理解できないが、無性に飲み干したい衝動に駆られる。

バイトで酒の良し悪しはわかるようになったが、お猪口の中身は媚薬のように甘く、虜にする力を秘めていた。

「……イタダきマス」

口にすると芳醇な味が舌に広がり、喉から食道、胃、血管と瞬時に体内を巡りだす。

生き物の様に。

「……熱ぃ」

熱が出たように酔って立ってはいられない。

ふらつくと彼がお猪口を取り上げ、徳利一式を袋に戻して後ろ手に支える。

「すぐに慣れます……」

蓮美に肩を貸し、もう片方の手で入口の扉を開けた。

見た目に合わず結構力がある人なんだな、と、火照った頭で彼女は思う。

下駄箱まで来ると突風が巻き起こり、持っていたリクルート鞄が吹き飛んだ。

風は荒々しくも春一番のように瑞々しい。

のぼせた体を冷やすように胸一杯に吸い込む。

「……あれ?」

帯びた熱は引いていき、酔った脳が途端に冴える。

むしろ全身が軽く、就活疲れも感じない、

怪我したかかとも痛くはなかった。

「……なんで」

素面に戻ると日向が自分を支えている。

「すみませんっ!」

「いえ……」

慌てて離れた。

彼は飛ばされた鞄を拾って手渡し、スリッパを差し出す。

「ありがとうございます」

革靴から履き替えていると花びらが降って来た。

見上げると面接の時と同じ、天井に桜が咲き乱れている。

「……桜が」

違うといえば、今度は蓮美の上だけスポット的に舞っている。

花びらは床で解けるように消え、また花吹雪くという幻想的な光景を繰り返していた。

「……消える」

「これは幻術というホログラムみたいな物で、所長が朝霧さんを歓迎して術を披露しているんです。張り切っちゃってまあ……」

「……ホロ」

詳しく尋ねたいが、聞き慣れない言葉で返され押し黙る。

彼に質問をぶつけるのはできればしたくない。

さっきから自分への拒絶感が漂うからだ。

「職務室へ向かいます、ついて来てください……」

日向が廊下を進むので蓮美は後ろへと付く。

「初めに説明をしておきますが……」

背中を向けながら話される。

「所内は人間世界と隔絶された異空間になります。ここは神に仕える眷属という特別な方々がおわす場所、失礼のないように……」

「……け、けんぞ?」

「眷属です。所に勤めるつもりでいるのならあなたは彼らに従う巫女と同じ、心得て下さい……」

「……みこ?」

眷属は知らないが、巫女というと神社と関係がある場所なのだろうか。

疑問が浮かぶが、弱気だと。

やる気がないと思われたくはなかった。

「……適応できるように、努めます」

か細く答え、鞄を抱きしめる。

どこへも行き場がないのだ。

どうあろうとがんばるしかない。

「いいでしょう、せいぜい頑張って……」

投げやりに言い。 

ふうっと、彼の溜息が背中越しに聞こえた。  

廊下を右に、左に導かれ。

一つの部屋で立ち止まる。

「職務を行う部屋です……」

室内札には職員室とあり、扉に彼がノックした。

「命です、朝霧蓮美さんをお連れしました……」

日向は今、自分をミコトと呼んだ。

名刺の名は命と書いてミコトと読むらしい、蓮美はその名を覚えておく事にした。

ガラガラと音をたて、扉が開く。

彼が進み出たので中へと続いた。

室内の中央まで行き、正面に向き直ったので挨拶をしようと蓮美も前を見る。

見て度肝を抜かれた。

「……たぬ」

狸がいた。

狸。

あの日、面接で見た狸が二足歩行で立っていた。

スーツを着こなし、丸い鼻眼鏡をかけて。

焦げ茶の毛に白毛が混じり、人に例えるなら初老位の年と思われる。

姿が狸、というより狸の人、という例えの方がふさわしい気がした。

狸の男の人に続き、犬の男の人。

狐の男の人。

兎の女の人。

猿の男の人。

性別がわかるのはそれぞれ衣服を着ていたからだった。

にわかには信じられないが夢ではない、目の前で起こっているのは現実だ。

狸の人の言葉を待っているらしく、全員が事務机の前で直立していた。

「えっとね……」

照れているのか、狸の人はモジモジしながら掌を合わせ、スリスリしている。

「……」

「……」

「……」

「……」

皆、彼が話すのを待っていた。

日向も彼を見る。

やっぱりモジモジしながら掌をスリスリしていた。

仕草が狸ではなくアライグマである。

蓮美はなぜかその姿を見て、狸は犬科、アライグマはアライグマ科なんだよねと呑気な考えが浮かんでいた。

「悟狸さん、僕がみんなの紹介をしましょうか……?」

しびれを切らしたのか、言い出したのは他でもない、日向だ。

「あっ、そうだねっ。命君にお願いしようかなっ!」

狸の人は嬉しそうだが、外野からは嫌な予感がすると声が漏れる。

「では朝霧さん、アテンションプリーズ。順にご注目下さい……」

添乗員風のノリで日向が彼らに向かって手を向けた。

「信楽焼きの狸のキャンタマはなんであんなにデッカイの、狸の眷属、悟狸さとりさんです……」

狸の人が日向を見た。

「所で唯一の既婚者で愛妻家。リア充爆発しろ、犬の眷属、犬威いぬいさんです……」

犬の人が不思議そうな顔をする。

「前の彼女がイタチ、フェレットと長細い。狐の眷属、狐乃きゅうのさんです……」

狐の人が目を剥いた。

「パソコン作業でドライアイが止まらない。いい目薬紹介しますよ、兎の眷属、和兎わとさんです……」

兎の人が前歯を剥く。

「顔が赤いのは昨夜の酒が抜けないから、休肝日は土日のみ。猿の眷属、猿真さるまさんです……」

猿の人が頭を掻いた。

「最後に連日のデスマーチが止まらない。社畜の権化、ITの神こと、僕が日向 命です……」

以上です、と日向一人で締めくくる。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

しばしの沈黙が流れ。

「おぉーいっ!」

揃って声が上がった。

「すまんが、リアじゅうってなんだ?」

「前カノがどうとか関係ねえだろっ、臭いんだよテメーはっ、風呂入れっ!」

「別に充血しとらんわっ、なんなら同じ色に染めてやろうかっ!」

「呑兵衛みたいな言い方しおって、たまにしか飲んどらん」

各々が怒りながら抗議したが。

「はあ?」

日向は聞き流す。

「ねえええっ、悟狸さんも犬威さんもこいつに甘すぎますよおおおっ!」

紹介された狐の人が全力で叫んだ。

彼の首からは小さな薄いカード、IDだろう、そこに狐の乃と記され、当て字らしくきゅうのと読むらしい。

面接の時にも見たが、日向、他の職員も同じIDを下げていた。

狐乃の毛並みは芥子からし色で、スーツだが全身ブランドで揃えられている。

服も時計も蓮美には買えそうにない代物だ。

忘れていたが、それらを見て給料がいくら位なのかをここでようやく考えた。

考えたのに。

狐と狸。

珍しいコラボを見て某カップ麺を思い出したりしている。

「そうだね、命君、こないだ全国眷属安全協会から連絡が来てね、北海道の離島に派遣できる候補がいないか打診が来たんだ。君、都会を離れて自然に触れてもいいかなとか動画見ながら前に言ってたよね。興味ない?」

「えぇ……」

日向は青ざめる。

ひぐまの眷属によろしくな、正月には鮭でも送ってくれ」

狐の人、狐乃が畳みかけ。

「まあ、三年程なんだけどね……」

狸の人、悟狸がクイッと鼻眼鏡を上げた。

「サーセン……」

反省したのか、しないのか、日向が棒読みで謝る。

「さて、と」

狸悟は蓮美に向き直り、パスンッと手を叩いた。

「初めまして朝霧さん。私はここで所長を務める悟狸、物事を悟るという漢字に狸と書いてさとりと言います。ようこそ、やおよろず生活安全所へ」

自己紹介をし直し、両手を合わせてスリスリする。

「命君から少しだけ聞いたかもしれないけれど、僕達は眷属という神に仕える動物の姿をした狸、犬、狐、兎、猿の精霊のような者です」

「は、はい」

本当に少しだが。

「す、少しですが伺いました。か、神様にお仕えする特別な皆さんだと」

「え、命君、そんな大げさな言い方したの?」

皆が日向を見ると本人はそっぽを向く。

「僕達は全国の神に纏わる様々な任務を職務としていてね。実際ここは我々だけでなく人間側との共同運営で、世の中で起こる不可思議な事案なんかも担当しているんだ」

彼らが人間と関わりを持っているという事実に驚く。

「そ、そうなんですね」

なら、一部の人間は悟狸達の存在を知っているのだろう。

「公には秘密なんだけどね」

彼は手をスリスリしている。

「日本の神はやおよろず、約八百万おられると言われているんだけれど、所の名前はそこから取ってやおよろず生活安全所、神に関わる何でも相談所、という立ち位置で活動をしているんだ。もしかしたら神や精霊なんているのかな、と思うかもしれないけれど、ちゃんといるんだね、目には見えなくても君の生活範囲や街の中に。だけど朝霧さんは面接で命君にそういう世界を信じてもいると話してくれたそうだから、ここで働くのに抵抗は感じていないかな?」

説明を聞き終え、なるほど、そうなのかと素直に納得する。

「……えっと、私は民話が好きだったり、一時期山で暮らしていたせいか、不思議な事を全て否定したりはしないっていうか。すみません、上手く言えなくて。でも、こうしてお話しを伺っても、ちっとも驚いてはいないんです」

本来は異常であるこの場面に冷静でいられる自分がいた。

「嬢ちゃん、入口で命に酒を飲まされたろう?」

「……はい、あの」

「ワシは猿真、お猿の猿に真実の真と書いて猿真だ。改めてよろしくな」

猿真が挨拶をし直すと、日向が徳利の入った麻の袋を渡す。

彼はかや色の毛並みだが白毛が目立ち、藍染めの作務衣を着ていた。

「コイツはワシの秘蔵の品でな、神変鬼毒酒しんぺんきどくしゅと言って鬼には毒に、人には神がかった力を授けてくれる特別な酒なんだ。人間世界は外界という世俗の世界なんだが、こちらの世界は異世界、異空間でな、酒を飲んだ嬢ちゃんには適応力がついたから、この場がすんなり受け入れられたんだ」

「……はい」

「それに飲むと何より元気になる、前はかなり疲れていたろう?」

「疲れていました、その事でお詫びがしたくて」

体の疲労は感じないが、今は心の疲労感にも襲われている。

日向の証言だ。

「私、面接後に白目を剥いて気絶して、自分の部屋まで送ってもらったと日向さんから聞いています。すみませんでした」

恥ずかしさで何度も頭を下げる。

「待って、あれは悟狸さんが悪いのよ、生身の人間の前に私達が姿を現したら驚くのは当然だもの。神通力、神から借りた力ね、力をあんな風に派手に使って、下手したら死んじゃうかもしれないのに」

兎の女性がフォローすると、悟狸はすまないねぇと謝る。

「でも悪気はなかったの。あなたを歓迎しようとして裏目に出ちゃったみたい、許してね」

「……兎さん」

兎が話している。

動物の中でも、一番に好きな兎。

彼女は白い兎で桜柄のあでやかな着物を着ていた。

「私は平和の和に兎と書いて和兎、よろしくね」

和兎が挨拶をすると、狐の人、狐乃が素早く横に並んだ。

「こんにちは、可愛らしい人間のお嬢さん。俺は狐に乃と書いてきゅうの……」

「まだ話し中よ」

彼女がシャッと前歯を剥くと、彼がはい、と大人しく引き下がる。

「あなたを介抱したのは犬威さんでね」

彼女が部屋の隅にいる犬の人物を見た。

黙って成り行きを見ていた犬の人は蓮美に近づくと握手を求める。

「ええっと、俺は犬に威嚇の威と書いて犬威だ。入所の件で電話をさせてもらった、来てくれてありがとう」

差し出された手を握り返し、声で全てを思い出す。

面接で心配してくれた相手。

面接の合格を知らせてくれた相手。

「連絡を下さりありがとうございました」

「こちらこそ。君の入所を歓迎する、ようこそ」

勘違いしたが、よく見れば確かに彼は犬だった。

鈍色にびいろの毛並みに面長で凛々しい顔立ち。

ライダースジャケットを羽織っていたが、背が高く筋肉質なのでよく似合っている。

日向が既婚者と紹介したが、彼の左手の薬指には確かに銀色の指輪が光っていた。

「おい、命」

狐乃が日向を睨む。

「お前だけ人間の採用拒否ってたし、まさか彼女がああなるのを分かってて俺達に声を掛けたんじゃないだろうな。皆さん、彼女を一応は認めます、姿を現して歓迎でも何でもして下さいって言ったっけ。わざとみんなを誘い出した訳じゃねえよな、どうなんだ?」

「……」

反論しようとしない。

話しが事実なら蓮美は彼を少し恐いと感じた。

理由はわからないが、初対面の自分をそこまで拒絶したい事や、あらかじめ成り行きを予想していたのなら悪質と言えないだろうか。

「それに白目を剥いてはいなかった、て、おい、お前は初めて会った女の子の部屋に上がったのか。まさか勝手に」

「はい……」

しれっと答えた。

そこは答えるんかいと思う。

「マジか」

狐乃があんぐり口を開けた、蓮美も信じられない。

嘘をついてからかった上、部屋に侵入したのは本当だったと。

白目を剥いて気絶したい気分だ。

「まあまあ、二人とも」

ピリピリしたムードに悟狸が割って入る。

「所はこんな風に個性豊かなんだが、朝霧さん、気を悪くしないでくれるかな?」

気を悪くするどころか、喜びたい。

「大丈夫です、未熟ですがご指導をよろしくお願い致します」

深々とお辞儀をした。

照れているのを悟られないように。

大好きな動物。

その動物の姿をした職場仲間など、現実にはありえない。

人に話せば変に思われるかもしれないが、子供の頃に描いた夢が叶おうとしている。

神にお仕えしているという点までまだ理解は及ばないが、慣れていけば色々わかってくるだろうと考えた。

「待って下さい……」

おっと。

夢からかけ離れた人物がここで待ったをかける。

日向だ。

「いきなり入所は反対です、この人はああ言ったけれど本当は神なんて信じていないかもしれないじゃないですか。悟狸さんが森羅万……、自然に興味を持つ話しが聞ければいいとか言うから仮入所にしたけれど、もしかしたら途中で恐くなって逃げるかもしれない、嫌になって辞めるかも……」

「命、やめるんだ」

犬威が言葉を遮る。

「彼女の気持ちを勝手に解釈するな。全国の眷属は誰もが忙しく手が貸せない状況にある、だから今回人間の採用を進言したのは俺で、悟狸さんはそれに許可を出したにすぎない。お前が納得して、気持ちが汲み取れるよう面接官までさせてくれてな。文句があるならまずは俺に言うんだ」

「だけど……」

今彼が言った、途中で恐くなって逃げるかもしれないとはどういう意味だろう。

ここで恐ろしい事でも起こるのだろうか、考えたら職務内容も聞きそびれている。

「研修期間は何日ですか、彼女の素質だって知らなきゃいけないし……」

「命、いいかげっ」

「なるほどね、研修か」

犬威に再び悟狸が割って入った。

「何日か……」

会社にもよるが研修は長くかかる場合もある。

そんなにいらない、短めでいいでしょうと声が上がる中、背中をつつく相手がいた。

「遅くなってすまん、嬢ちゃんの給金の話しだがな」

猿真だった。

机の中から年代物のそろばんを取り出し、パチパチと玉を弾く。

慣れた手付きで弾き終えると蓮美の前に差し出した。

「すみません、そろばんは扱いを知らなくて」

そろばんは知っていたが玉の見方がわからない。

「猿真さん、こっちを使おう」

やり取りに気づいた犬威が電卓を渡す。

「そうかい、現代の人間はそろばんを使わんか」

猿真が電卓を叩き、数字を表示した。

「はぅあっ!」

目を見張る。

大卒初任給では到底もらえない額だ。

「す、数字が大きすぎるかと」

奥歯を噛みしめ、自らの給料を減らした。

自分の能力が未知数なのに、大金を受け取る訳にはいかない。

バカ正直かもしれないが、うしろめたさを感じながら働きたくはなかった。

「こんな感じでしょうか?」

安すぎず、高すぎでもない無難な金額を示す。

自分の給料を自分で決めるなど考えもしなかった。

「これでいいのか。すまんな、ワシは人間の一般給金までは知らんのでな。まあ、仕事が追い追い増えていけば上げていこうかね」

彼はそろばんをパララララと弾いた。

「よしっ!」

悟狸がここで掌をポンと叩く。

「研修は今日だけでいいんじゃないかな、人間社会では見習いも含めて実習に至る会社もあると聞くし」

「じゃあ、外勤はどうなるんですか……?」

日向が鋭く返す。

職員が反応し、互いに目線を送り合った。

場の空気が変わったのがわかる。

「外勤はしないよ。してもらうのは事務の補助と庶務が主だ、命君」

悟狸は日向を見据えた。

職務内容はそうらしい、早めに知る事ができて良かったが。

外勤とは何だろう。

営業でいう外回りの意味だろうか。

「なら、僕は認めない……」

吐き捨てる様に言い、扉を開けて廊下へと足早に出て行く。

後ろにいた犬威が溜息をつくと、気まずい沈黙が流れた。

「もうっ、ホントにお子ちゃまね、命君は。ごめんなさいねっ!」

場を盛り上げるように和兎が声を張り上げる。

「気分を変えてお互い楽しく過ごしましょう。まずは呼び名、私はあなたを友達みたいに蓮美って呼んでもいいかしら?」

「じゃあ俺は蓮美ちゃんで」

狐乃がキメ顔で手を挙げる。

「待て、和兎、狐乃、人間は働く時に名字で呼び合う、できれば彼女側に合わせて対応するべきじゃないか?」

犬威が二人を交互に見た。

「あら、いいじゃない。職場でも堅苦しすぎるのは嫌でしょ。それにここは私以外に女がいなくてつまらなかったし、男性ばかりでガールズトークができないもの。人間でもいいから友人が欲しいわ」

「俺も女の子はちゃん付けで呼ぶのがポリシーなんで」

「でもな」

「まあまあ犬威君、和兎君の言う通り固いのも良くないかな。僕も彼女を蓮美君と呼ばせてもらおうかと思ってるんだ」

悟狸も加わり、犬威は困った顔で蓮美を見る。

「私は構いません、皆さんの呼び……」

「はぁああああっー!」

笑顔で言いかけた所、廊下からガナリ声が聞こえてきた。

日向だ。

「ガールズってぇええっー、いったぃいいっー、いくつまでをぉおおっー、言うんですかねぇええっー!」

和兎の長い耳がピクリと動いた。

鼻をスンスンさせる。

「ちょっと待っててね」

ウフッと笑い、廊下に出て扉を静かに閉める。

蓮美は待った。

皆も待った。

一同揃って廊下の方を見ていた。

「おぅらあぁあああーっ!」

廊下の彼方から彼女の叫びがこだます。

「BBAだって言いてぇのかっ、こんクソガキがぁああっー、いつまでもなぁああっー、甘ったれた態度取ってんじゃねぇえええっー!」

ドゴーンッ。

ガシャアァアアアンッと。

激しい物音が遠くで聞こえた。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

さっきより気まずい。

音が止んでから数秒後、再びガラガラと扉が開かれる。

「お待たせ、職場の先輩としてちょっと指導をしてきたの」

和兎は楚々と室内に戻り、固めた拳をレースのハンカチで拭いていた。

蓮美以外、誰も彼女と視線を合わせない。

ある意味、所での最強は彼女だと推測はできた。


読んで下さっている皆様、そうでもないという皆様、いつもありがとうございます。

三話、ようやく修正が終わりました。


正直しんどいです……、学生時代に国語の勉強をちゃんとしておけば良かったと心の底から思いました。


直しつつ「漢字これだっけ?、動物の色を良く知らなかった(涙)、中身が適当すぎる(焦)」など苦闘しています。


それでもこだわりたい、素人だけどもこだわりたい。

読んで下さる方がいる限り。


駄文ですが、それでもお付き合い下さる皆様に感謝を。





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