37/王子の憂鬱
「ちょっと狐乃君」
和兎が一枚の書類を手に取って狐乃を睨む。
「この案件はマガツカミと思わせる為のイタズラ、故意による何者かの仕業と思われるっていう言葉、故意の故意が恋に恋するの恋って文字で書かれてるじゃない。これがホントの誤字なのか君が本気のバカなのか紛らわしいから、ちゃんと確認してから提出してちょうだい」
「はぁ」
「はぁ、じゃないわよ、スットコドッコイッ!」
仕事に厳しい和兎はカンカンだ。
片や、外勤であるマガツカミ案件で蓮美のいない狐乃はふぬけになっていた。
時間は十一時半。
彼女がいれば今頃は家庭科室でお供物の支度に掛かり、調理の匂いが職員室まで届く筈だが、今日は犬威と共に岐阜へ旅立っている。
マガツカミの存在に矛盾を抱えるなど日頃虚しさを抱いてはいたが、それ以上に彼女がいないというだけでここまで落ち込むのは初めてだった。
「はぁ……」
今朝から溜息が止まらない。
狐の稲荷眷属は全国でも数が多く、彼は一族を束ねる一員の一人に立たされている。
その為、気を緩める事などほとんどなかった。
できなかった。
数を減らしつつある眷属仲間や生物の保護、自身の立場、人間社会に与える経済の影響など考えなければならない課題は山積みだ。
普段は余裕をかました態度だが、護るべき物が多い彼は深い孤独を抱えている。
だからこそ傍にいて、支えてくれる相手を探し求めていた。
化けれない動物でもいい。
気持ちが伝わるならいっそもうミジンコでもいいと。
ミトコンドリアでも構わない。
愛する対象のハードルをミクロレベルまでに下げていた中、突然彼女が現れた。
自分達という存在に理解を示してくれる人間、蓮美だ。
互いの出会いは運命なのだと思った。
強引に店に誘ってから逆に距離ができたように感じ、本当は不安でたまらない。
何かにつけて自信に満ち溢れていた自分からすれば信じられなかった。
今頃どうしているんだろうか。
マガツカミとの戦いは長期に渡る事もある。
何日かかるんだろうな。
ずっとそんな事ばかりが頭に浮かぶ。
二日か。
三日か。
戦いに供える間は犬威さんと共に過ごすんだろうな。
犬威さん愛妻家で既婚者だもんな。
犬威さん、いい人だけど脳筋な所あるしな。
なんもねえだろ。
あってたまるか。
あるわけねぇ。
狐乃の妄想は暴走寸前だった。
一方、命も仕事の傍ら時々パソコンの前で手を止めてフリーズしていた。
行動が読めない彼だが、なんとなく皆は察しがついている。
蓮美がいないから上の空なのだ。
留守中のお供物に関しては彼女から市販品でも口にするよう強く言われていた。
既製品の食事だと抵抗があるかもしれないが、栄養、ではなく彼らの力をつける事が何より大切である事を伝えられて。
供物が重要な意味を持つのは、自然や人間に宿るエネルギーの一部を食物を通して分け与えられるからだ。
元々備わった才能なのか、蓮美の作る料理は得られる力が並外れていた。
こんな人間はなかなかいない、所の者達も言葉にはしないが感じ取っている。
話し合いの末、口にできそうな物は食べてみるという結論からコンビニ買い出し係りに狐乃と命が託されていた。
だから命も、彼女の手料理にはしばらくありつけない。
「狐乃君、命君、仕事に身が入らないのなら気分転換も兼ねてお昼の買い物をお願いしてもいいかな?」
やる気の出ない二人に悟狸が気を使った。
「……そうっすね」
狐乃が席から立つと命も続いてノロノロと立ち上がる。
「行ってきます……」
「行ってき%$#‘&」
命はギリ人語を話さなくなりかけていた。
二人は無言で所を出ると、元気がないまま異世界の道を並んで進む。
狐乃も無言。
命も無言。
話す事など特にないが、狐乃は命が店に現れた先日の真相が気にはなっていた。
「おい、命……」
「……なんですかパイセン」
お互いを見ないまま、道の先だけ見つめて会話する。
「お前、こないだ俺の店に来て蓮美ちゃんと出てったが、結局あの日は何しに来たんだ」
「え、あぁ……」
命は言いにくそうに口ごもる。
「蓮美さんにブスって言ったから謝りに行っただけです……」
「なんだよ、そんな事だったのか」
フフ。
その行動といい、バカ正直に話す所はまだまだ子供だと彼は内心鼻で笑った。
お子様すぎて相手にならない。
「パイセンこそなんで蓮美さんを自分の店に連れてったんですか。もしかして本人の許可なくサプライズで連れてってワンチャンあるんじゃね、とか期待してたんじゃないですか?」
「……」
気まずい。
コイツ、いつまでもガキだと思っていたが気づいていたのか。
蓮美ちゃんが。
彼女が来てからの数日で随分変わったな。
前まで何を言っても言い返さない根暗だったのに。
確かに、無理に誘った反省も考えれば、自分も大人げなかったかもしれない。
「店の連中とはあれから連絡はあったのか?」
「特に何も……」
「……何だと」
狐乃はスマホを取り出して洲汪宛にメールをした。
四人兄弟とナオに言って近々命に連絡させろ、アドレス交換したんだから挨拶ぐらいはしやがれ、と。
俺が友達になれと命令したんだから絶対にだ、と付け加えて。
うちの若い奴らは順応性もあるし素直ではあるが、適当さと抜けててちょっとバカな所があるのが玉に傷だ。
タマに傷。
そういや、アイツらこの間妙な事を聞いてきたな。
「あんな普通の女の子に、その、握られたんすね……」
握るという意味から彼らに話した寿司の事かと思い出す。
蓮美が所で握ってくれた手作りの稲荷寿司だ。
そうだ、と答えると今度はおかしな質問をしてきた。
「どんな握り具合ですか?」
どんな。
どんなだって。
どんなもこんなもギュッとだよ。
そう答えたらアイツらざわつきやがった。
なんなんだ。
大体なんでアイツらが揃って頬染めてんだよ。
「蓮美って子、大人しそうに見えて大胆なんすね……」
なんかわからんが勝手に納得してたな。
確かに、マガツカミとの戦いに参加させろだなんて大胆を超えて無謀だが、無謀だろうと個性が豊かだろうと、そこがまた女性の持つ魅力でもある。
「うまかったな……」
次はプライベートで稲荷寿司を握ってくれねぇかな。
素朴な味だったけど、心を込めて作ってくれたのが伝わったよ。
酢飯と一緒に温もりや優しさが詰まってた。
会いたいよ。
待ってるから。
早く帰ってきてくれ。
ねえ。
蓮美ちゃん。
度々しつこくて申し訳ありません。
この物語はフィクションで、何かを想定したり、例えるなどの構成は一切考えず、しておりません。
ホントです!
たまたま話しの流れで○○を思わせる、など、不愉快な思いや感じる箇所などありましたらお詫びさせて頂きます!
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読んで下さっている皆さん、そうでもないという皆さん、お世話になっています。
こちら2回目の直しのコメントになります。
この回は短いので何とか早めに終わらせる事ができました。
前回のは苦行とも言える道のりで、直しに絶望感しかありませんでしたがこの回は狐乃の内面をこぼす内容なのでそれだけで終える事ができました。
本当は狐乃の心理はもう少し後で書くつもりでいたのが、物語の間が繋がらず、この回を書いた記憶があります。
直しはしたのですがまだ早い様な気もしていて、アップはさせて頂いたのですが自身の中ではグレーな満足感になっています。
素人なのでなんとも言えないのが苦しいのですが、ちゃんとプロットとかを考えて書いた方がいいのかなど悩んでいたりします。(←ナマイキ)
話しは変わりますが、皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけて。
熱中症はジワジワと狙ってきます。
気が付くと動けなくなりますから、油断はされないでどうかお過ごしください。




