23/戦う理由
午後三時を過ぎ、生活用品で一杯の袋を携え二人は戻ってきた。
「無事に帰って参りましたっ!」
命は買ってきた商品を見せびらかし、自分で購入したと胸を張る。
悟狸、和兎、猿真は感心し、狐乃は嘘だろと言って信じない。
犬威は涙を浮かべてうんうんと頷き、ティッシュの箱を持って中庭へ泣きに出て行った。
荷物の自慢が終わると宿直室へ向かう。
ハンガーも買ったのでTシャツとパーカーを吊るし、休みの日はそれを着るよう蓮美は教えた。
一番の収穫はもらったガチャガチャだったらしく、開けるとおにぎりのストラップが入っていた。
和のメシというシリーズらしい。
「宝物ができたね」
そう言うと頷いて財布のタグに付けていた。
「洗濯機を買うまではシャツとズボンを持ち帰って洗うから、しばらくは取り替えながら着てね」
「うしし……」
命はハンカチの真新しい匂いを嗅いだりしてふざけている。
昼食はフードコートでうどんを食べるなど、初めての事ばかりで興奮したのか落ち着きがなかった。
「ねぇ、聞いてる?」
話しそっちのけで吊るしたパーカーを着たり脱いだりしているので注意する。
「蓮美さん……」
「うん」
「外の世界は楽しいですね……」
注意する気は失せてしまった。
しょうがないのでおふざけを続けさせる。
続けさせておいて、足りない品をノートに書き出していたら静かになった。
「……?」
飽きたのかと思ったら壁にもたれて眠っている。
彼にとって記念すべき大冒険の日だったのだろう。
布団をかけてやり宿直室を出る。
一日の冒険はこのまま終わりそうだ。
終わればいいなと思う。
職員室に戻ると命の話題で持ち切りだった。
本人が疲れて眠っている事を報告すると、寝かせておいてあげようと悟狸が気遣う。
「自分で選んで買い物するなんて凄い成長よ、蓮美の適切なアドバイスのおかげねっ!」
和兎が鼻息荒く誉めるものだから蓮美は照れまくった。
「私は付き添っただけなので……」
「ぼんどうだお、あざぎりぐんお、おがげだお」
本当だよ、朝霧君のおかげだよ。
と、中庭から戻ってきた犬威は言いたいようだ。
鼻が詰まっているせいで語尾がオタク語に聞こえる。
「大丈夫かい、犬威さん」
猿真が心配すると涙目になりながらティッシュで鼻をかんだ。
命が見せた力や、出会った少女からガチャガチャをもらった経緯などを話すと、それは何かと聞かれる。
「丸い容器の中で品物が作られるの?」
和兎が興味を持ったので狐乃がスマホで検索して台などの説明をする。
面白いと話題になり、そのうちお土産で買ってきて欲しいと頼まれた。
やがて時間は定時を迎え、外勤の件で悟狸が蓮美に尋ねる。
「現段階でバグは夜の八時以降に一体だけ出現するんだ、無理な参加を強制したりはしないからね」
彼は気を使ったが蓮美の腹は決まっていた。
「待機します」
すると和兎と猿真が待機するメンバーの相談を始めた。
初待機となれば悟狸は所の責任者なので彼女の安全を確保する義務があり、残る必要がある。
犬威も指導役としては欠かせない。
後は。
「あぁ、しまったなぁ~」
狐乃が大げさな声を出し、さも困ったという素振りをした。
「返却予定だった書類が出てきたなぁ、参ったなぁ~、急いで返さないといけないのにぃ、参ったなぁ~」
棒読みで言いながら参った参ったを繰り返す。
トントンと書類を整え、キリッとした顔で悟狸を見た。
「残業します」
「事務の仕事は退屈だなぁ、残業までして残らない、っていつも言ってたよね、狐乃君?」
「待機します」
「バグの待機は暇だなぁ、する事ないから帰りたい、っていつも言ってたよね、狐乃君?」
「残業も待機します」
「別の日におし」
和兎がとうとう突っ込む。
話し合いは時間がかかりそうだった。
ついでもあり夕食を作ろうかと聞いてみる。
「夕食っ?」
和兎が一番に反応した。
昼は蓮美が留守でお供物は食べていない。
「命君の晩御飯もありますし、出動に備えて作ろうかと……」
「待機しますっ!」
狐乃、和兎が待機を希望し、猿真は迷ったが結局は全員が残る事となる。
という訳で。
家庭科室で夕食、ではなく夜用のお供物を彼女は作った。
命は寝ているから調理は一人で。
献立はおにぎり、味噌汁、ヒジキと人参、お揚げの煮物だ。
料理が出来上がり、職員室に運ぶと命がいて仕事をしていた。
起きてきたらしい。
「待ってましたっ!」
和兎が食事の乗った皿を覗き込む。
「おにぎりを沢山握って色々な具が食べれるようにしました、おかずも鍋ごと運んだので食べたい量を自由に取って下さい」
セルフ式だと説明すると皿を持ってそれぞれがおにぎりに集まった。
命も皿を取る。
「起きたんだね」
「ご飯の匂いがしたので……」
まだ眠いのかムニャムニャした声で答える。
職員が賑やかに食事を取る中、彼はおにぎりを食べながら財布のキーホルダーを見つめていた。
おにぎりにおにぎりのキーホルダーだねと蓮美が笑うと、彼も笑う。
セルフおにぎりは大好評で全てなくなった。
夜版のお供物を終え、食器を洗いに職員室を出ると命もついて来る。
「待機に備えて洗い物はいいよ」
「わかりました……」
窓の外は夜になり、八時を迎えようとしていた。
洗い物を終えるとピーナッツバターやジャムだけスーパーで買っておいたので準備する。
セットで皿とバターナイフも置いておいた。
命は昼間、朝食には味つけのないパンを食べていると話していたからだ。
朝食の作り方も教えればできるだろう、彼は十分学べる。
何もできないのではない、自ら知るきっかけがなかっただけだ。
世界の扉を開いた今なら置き去りになった時間を取り戻せるだろう。
「これでよし」
付箋に好きなのを塗って下さいと書いて皿に貼る。
今日もやり切ったと肩の力を抜こうとした瞬間、火災用の非常ベルが鳴った。
手にした付箋を落としかけ、家庭科室のスピーカーからノイズが響き、緊急、緊急、と、知らない誰かの声が知らせる。
「都内にバグと思われる対象が出現、位置確認不明の為、調査及び、やおよろず生活安全所に出動要請。繰り返す、都内にバグと思われる対象が出現、位置確認不明の為、調査及び、やおよろず生活安全所に出動要請」
蓮美は家庭科室の明かりを落とした。
職員室へと急ぐ。
室内に入ると慌ただしく、猿真からインカムを渡され装着した。
「バグが現れたのは市内ですって、みんな見てっ」
和兎のパソコンに悟狸、犬威、狐乃、猿真が集まる。
「珍しいね、バグは普段人間が集まる都心に現れるのに……」
悟狸が考え込むと和兎はパソコンのキーを叩いた。
「いた、いました、衛星ヒムカがバグの位置を確認しました。ここ、逢花市内に現れています」
蓮美は来たばかりでまだ詳しくはないが、やおよろず生活安全所のある場所は逢花市という。
猿真がバサリと地図を広げた。
「駅の近くかね」
彼が指したのは買い物をしたスーパー、ファミリーストアの付近だった。
近くには市の総合病院もある。
「スーパーの近くですね」
対バグ用の着替えを終えた命が地図を覗き込んだ。
体を覆っている装備を間近で見たが重量は想像以上にありそうだった。
こんな物を身に着けて得体の知れない存在と戦っているのかと知る。
「情報来ました、停電です。電力システムの停止で事故が発生しています」
無線から連絡を受けたらしい狐乃が知らせた。
「蓮美さん、スーパーが停電になったらどうなりますか?」
唐突に命が質問をする。
「え、二階のお店は大丈夫かもしれないけれど、一階は冷凍の食品が溶けたり魚の売り場なら生き物が死んじゃうかも……」
「病院は?」
矢継ぎ早に質問される。
「病院は予備のバッテリーがあるって聞いたけど、長くは持たないんじゃないかな」
「あの子は……」
「あの子?」
「あの女の子は病院に通っているんでしょうか?」
話している事がゲームセンターでの出来事だと思い出す。
「命君が言った通り病気があるなら、通ってる可能性はあるか……」
言い終わる前に命はいきなり廊下へ飛び出した。
「アイツ、様子がおかしくないですか?」
狐乃が気づくと犬威と共に後を追う。
蓮美も遅れて続いた。
「命、待つんだっ!」
犬威が呼んだが止まらない。
命は躊躇うことなく入り口へと進み、扉を開ける。
そして。
消えた。
扉を開いたわずかな間に。
「消えたっ!」
犬威も狐乃も外に出て確認する。
「いない、どこに行ったんだ」
「急に消えたみたいでしたよね」
狐乃が電子タブレットを持っていた、操作すると彼の顔が闇に浮かび上がる。
「犬威さん、命が離陸準備もしていないのに飛行していますっ!」
「なんだって?」
タブレットを操作し、犬威に見せる。
「犬威さん、狐乃君、どうしたの?」
インカムから和兎が尋ねた。
「命が離陸準備をせずに飛び立ったんだ」
「見て下さい、あいつもうバグを捕まえて戻って来ています」
蓮美もタブレットを覗き込むと狐乃が彼女にも見せる。
「蓮美ちゃん、このタブレットは命の生体反応にリンクしていて戦闘データの収集に使う物なんだ。アイツの位置と距離がこれだ。見て、減ってるだろ」
画面にはゲージが点滅し、距離という部分の数字が秒ごとに減っていく。
命が所へ向かっているのだ。
「来るぞっ!」
犬威が叫び、蓮美は夜空を見上げた。
流星が瞬き校庭へと下降してくる。
「構えてっ!」
狐乃が彼女をかばうと光は落下し、激しい地鳴りがした。
一度目は経験済みだ、すぐに顔を上げる。
校庭には前回と同様、命が眩しく点滅する物体を地面に押さえつけていた。
よく見ようと闇に目を凝らす。
ワニ。
に見えた。
明るい緑色で、長い口の長い尻尾、おもちゃみたいな見た目だが間違いない。
初めて見たバグは子供が遊ぶおもちゃのブロック人形だった。
今回はゲームセンターで見かけた事のあるワニのゲーム。
巣穴から出てくるおもちゃのワニをハンマーで叩くという物に似ている。
実物の三メートル以上か、巨大なワニを命は押さえつけていた。
「遊び……?」
このバグも遊びに纏わる。
偶然だろうか、自分は過去のバグを見た事がない。
闇を見つめる中で、ふと違和感を感じて自分の目に触れた。
「あれ……?」
犬威から術は施されてはいないのに、闇の中でも命とバグの姿が見えている。
なぜだかわからないが。
理由を知りたかったがこの戦いに集中しなければならない。
目を離した次にはドドドドドッと打撃音が空気を震わし、戦いが始まった。
命がワニの胴体を殴りつけている。
「おいおいっ!」
狐乃がタブレットを見て慌てた。
「嘘だろ、防御をしないまま戦ってる、犬威さんっ!」
「わかってる。命、聞こえるか?」
犬威はインカムから呼びかけ、声は蓮美にも届く。
「なぜ防御システムを使わない、攻撃を受けたらまともにダメージを食らうぞ」
「……」
返答を待つが答えない。
狐乃と犬威が顔を見合わせる。
「命君、聞こえてるっ?」
蓮美も呼びかけてみた。
「わかっています、だけど早く戦いを終わらせたいっ!」
問いかけは聞こえている。
命の返事が届くとワニが半身を起こし、嚙みつこうとした。
「ぐっ!」
紙一重でかわす。
体制を変え、ワニの胴を踏みつけると彼は両手で上下の顎を掴んだ。
「ぐううううっ!」
バキバキと裂ける音がし、ワニの長い口が開いていく。
裂けた口は顎を通り越し、頭まで達した。
「あああああっ!」
更に力を込め、バキンッと上顎が外れると意外な物が現れる。
目、耳、鼻、口を供えた。
人間の頭だ。
ワニの着ぐるみを着たように中から人間の頭が現れた。
しかし、顔が男なのか女なのか、若いのか老人なのか判別がつかない。
以前の時と同じ、顔は投影された映像のように乱れ、定まらなかったからだ。
見て取れたのは一つ。
表情が怒っていた。
ブロック人形の時と同様、眉間にしわを寄せ、歯を剥きだしにした怒りの表情を浮かべている。
命は拳の弾幕を顔に向けて展開した。
踏みつけられ、身動きができない頭は避ける事なく攻撃を受けている。
殴られる度に閃光が走り、徐々に頭は削られていった。
「速い、いつもよりスピードが上がってますっ!」
犬威がタブレットを覗く。
「速度を攻撃に集中する為に防御をしないのか、危険すぎる……」
「どういう事ですか」
蓮美は狐乃に聞いた。
「あいつは自分の中にあるシステムを使って戦うんだけど、攻撃と防御の両方を起動させると反応速度が重くなるんだ。だから防御のシステムを使わず、力を引き出す為に攻撃にだけ集中してる。だけどダメージを食らったらまともにケガもする、こんなのは諸刃の剣と同じだ」
彼は牙を剥いた。
蓮美にも命の真意がわからない。
「ああああああああああっ!」
最後の拳が頭を砕き、胴を破壊した。
バグはバシュウッっと弾け飛ぶと、溶けるように消失していく。
後には静寂の広がる校庭に命だけが取り残されていた。
「終わった……」
力が抜けたように犬威が呟く。
「なんて無茶な戦いだ……」
狐乃は苛立ったが流れは一方的な戦いだった。
命は肩で息をしながら地面に膝をつく。
蓮美は校庭を走り、駆け寄った。
なぜあんな戦いをしたのか聞くつもりでいたが、苦しそうにしている。
怪我はないかと心配すると。
「僕……」
息を切らしながら無理に話そうとした。
「ずっと考えていました、僕は誰の為に戦っているんだろうって……」
蓮美でもなく。
誰に向けるでもなく、地面を見つめて話す。
「犬威さんも悟狸さんも戦いが終わるとよくやったって誉めてくれるけれど、僕には誰を助けて、何を護っているのかずっとわからなかった。戦うのは義務なんだってそれだけ思ってた……」
声はインカムを通じて職員にも聞こえている。
呼吸を整えないまま、彼は続けた。
「でも、思ったんです。蓮美さんに世界を見せてもらって、僕が戦って護っている物はちゃんとあるって、存在してるって……」
震える足で立ち上がろうとし、彼女は彼を支えようとした。
「……命君」
「僕は……」
言いかけた時。
遠くで何かが聞こえた。
ヒィイイインと、金属が震えるような音が近づいてくる。
「二人とも上を見ろっ!」
犬威の声で反射的に頭上を見上げた。
彼方から。
漆黒の空から。
星が。
星がまっすぐに落ちてきた。
二人にめがけ、輝きながら。
見上げた命の口の中に落ちてきた。
「……っ!」
星を呑み込んだ彼は動かない。
蓮美も起こった事が理解できない。
身じろぎできずにいると彼の口がパクパクと動いた。
「あっプぐレードが、完了シまシタ」
闇の中で冷たい人工音声が響く。
まさか。
まさか
でも。
恐る恐る肩に触れてみる。
「平気です、何ともない……」
発作も混乱も起きはしなかった。
インカムからはシステムが復旧したという和兎からの報告が入る。
「僕はあの子の世界を護りたい……」
瞬く星空を見上げ、願うように。
祈るように、一人呟いた。
皆さん、お世話になっています。
こちら直しの二回目のコメントとなります。
やっと二章の直しの終わりになりました、自分で書いておいてアレですがここまで長すぎて疲れました。
直していると、どうでもいいギャグとか書きたいギャグとかしょうもないギャグとかそんなのばかりが頭に浮かびます。
やおよろず生活安全所のお正月恒例新春シャンソんそーとか、和兎の高速餅つきとかお正月ネタを書きたかったんですがお正月が過ぎて今は二月。
内容が時期に全く追いつけなかったのは想定外でした、物語を書くってこういう事なのかと知りました。
しばらくは直しが続きますが、何とかやりきりたいと思います。
読んで下さる皆様に感謝を。




