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やおよろず生活安全所  作者: 森夜 渉
二章 やおよろず生活安全所
19/62

17/触れる世界

午前という事もあり店内は空いていた。

まずはトイレに行き、命に手を洗わせる。

キャベツとレタスの違いを聞いた時から思っていたが、スーパーに来た事がないのだろう。

今日はキョロキョロと落ち着きがなく、買い物に連れて来る事はいい刺激になるかもしれない。

狐乃の付き添いは下心なのかわからないができれば命を連れて来ようと蓮美は思った。

カートのカゴにお供物となる食材を入れ、狐乃の要望である宮城県産コシヒカリを一キロ確保。

酢飯を詰めるお揚げにもこだわった方がいいかと、福井県産の品を選んだ。

続いて命だ、うどんの具材の大アサリ。

「大アサリ、ほら、ここだよ」

魚介専門のコーナーに連れて行き、自分で選ぶように勧めた。

売り場では水槽で魚が泳ぎ、水を張った透明のケースに生きたサザエやアワビなど貝類が沈んでいる。

「瀬戸内海産じゃないけど国産だよ」

「……はぃ」

ポカンと見ているので気が済むまで眺めさせてやった。

上からケースに顔を近づけ、至近距離で水の中のアサリを見つめる。

「どいつを食してやろうか」

そう言うとアサリ達がゴソゴソ動き、命の顔めがけて一斉にビッと海水を吹いた。

「ぶっ!」

まともに水がかかり、慌てて袖で拭く。

「ア、アサリじゃなくても、魚やエビをのせるうどんがあるのは知っていますっ!」

早足で水槽から鮮魚コーナーへと移動する。

魚の下には氷が敷かれ、ブリ、アジなど様々な魚が並べられていた。

「どーれーにーしーよーうーかーなー♪」

魚を一匹一匹見ながら歌っていると。

「へぶっ!」

寝かされていたヒラメの一匹が、ビタァンッと勢いよく顔面に跳ねた。

「大丈夫、お客さんっ!」

売り場の店員が声を掛けたので大丈夫です、すみませんと蓮美が謝ってそそくさと立ち去る。

マンガみたいな展開に蓮美も見ていて驚いていた。

魚は生きていたのか、氷でおとなしくしていただけなのか、命は顔が濡れてまた袖で拭く。

「蓮美さん……」

「うん、大丈夫?」

「お昼は月見うどんでいいです……」

力なくそう言った。

大アサリはあきらめ、卵、かまぼこ、昆布は利尻産、麺は冷蔵だが国産小麦を使用した讃岐麺を選んだ。

うどんは変更なものの、本人は大事そうに麺を胸に抱えている。

カゴに入れるよう言ったが聞き入れようとはしなかった。

冷えて冷たい筈なのに。

食品を買い終え、店を出る寸前で忘れ物に気が付き蓮美は足を止めた。

「命君、荷物を見ていてくれる。すぐ戻るから」

二階にある書店へと急いで向かう。

小学生が使う国語ドリルを探し、購入するとスーパーを後にした。

帰り道、蓮美は雨の日は狐乃の付き添いではダメかと聞いてみる。

彼は車を持っていた。

手が塞がって傘が差せないようになれば荷物も自分達も濡れてしまう。

「狐乃さんが買い物について行くのは嫌です……」

「でも、濡れたら困る食材や品物もあるよ、車なら……」

「だったら荷物は僕が抱えて持ち帰ります、傘もいらないし雨なんか濡れても平気です……」

彼を諭すのは難しい。

道理を通して納得させるまで時間がかかるようだ。

この問題は所に持ちかえってから考える事にした。

「おかえり、二人とも……」

職員室に着くと犬威は目を腫らし、泣き止んで二人を待っていた。

皆もやれやれという感じだが、狐乃だけは眉間にシワを寄せてパソコンと睨み合っている。

「朝霧君ありがとう、命を連れて行ってくれて……」

犬威は蓮美の手を取って固い握手をする。

また泣かれては困るので先に買い物のお釣りを渡した。

「命、うどんは買えたか?」

「はいっ、大アサリは買いませんでしたが讃岐の国産小麦使用の麺をちゃんと買ってもらいましたっ!」

命が意気揚々と讃岐麺を胸の前でかざす。

「み、命君……?」

和兎が口を半開きにした。

「ええ、まさかぁ……」

悟狸が唖然としている。

「ウキィ……」

猿真が小さく鳴いた。

狐乃も何事かと顔を上げ、信じられないという表情をする。

「命、お、お前……」

犬威がまた目を潤ませたので、蓮美も命を見た。

「ええっ」

そして驚いた。

笑っている。

笑っていたのだ、命が。

さっきまでへの字でいた口が笑っていた。

口を引いて、ニンマリと。

「うおぉおおおおおおおおんっ!」

再び犬威が号泣しだし、購入したボックスティッシュを一箱丸々渡す。

「犬威君、中庭に行って落ち着くまで泣いてくるといい」

悟狸が気遣うと、そうしばす、と言って鼻を詰まらせながら部屋から出て行く。

犬威がいなくなると室内は静かになった。

「いやぁ、しかし驚いたねぇ……」

悟狸がしみじみと笑う命を見つめ、蓮美に向き直る。

「蓮美君、凄いよ。犬威君があれほど苦労したのに、命君の笑顔を君はたった二日で引き出した。君は我々に何かを与える不思議な力を持っているようだ」

「い、いえ、私は何もしていません」

「はいっ、蓮美さんは何もしていませんっ!」

命が叫んだのを聞いて、この野郎、野グソの件は犬威の涙に免じて皆には黙っておいてやると彼女は思った。

「悟狸さん……」

和兎がツンツンと横で悟狸の腕をつつく。

狐乃が頬杖をついて指をトントンと机に叩いていた。

「荷物を家庭科室に持って行かないといけないから、命君、うどんを渡して」

彼はえぇーっと抵抗したが、半ば奪い取るようにして職員室を出た。

家庭科室まではもう迷う事なく行ける。

冷蔵庫に食料品を詰めていると、命の持っていたうどんは生温かくなっていた。

雨の日の買い物が頭を悩ませる。

うどんを買っただけで嬉しそうにしていた姿を思うと複雑だ。

「……どうしようかな」

狐乃の稲荷寿司を作る為、コシヒカリを研いで炊飯ジャーの予約をしておく。

これでお供物を作る昼頃にはご飯が炊き上がっている、その後にお供物用の米を炊く予定だ。

準備を終え、家庭科室から出ると廊下には悟狸が立っていた。

「悟狸さん……」

悟狸はニコリと笑う。

「内輪の話しに付き合ってくれるかな?」

彼は蓮美と並びながら職員室への廊下を歩く。

「命君はね、犬威君が今世に生まれた神として責任を持ち、使命を全うするよう言って聞かせた背景があるんだ。だけど彼は立場をよく理解しないまま成長してしまった節があるから、手を焼くだろう。今後困る事があれば協力するし、悩みがあればどんな事でも相談してくれていいから」

言いながら悟狸は手をスリスリした。

「大丈夫です、今は命君を年の離れた弟のように思っています。体は大きいですが……」

悟狸はハハハと笑い、それから、と続けた。

「狐乃君なんだがね、彼は我々と同じ動物の眷属でも立場が少し人間よりでね。血筋は稲荷族の流れ、人間社会の商売をあやかる経済、株、不動産、大まかに言うとお金だ。金融の流れと密接に関わる存在で、実は人間社会で店を持って経営もしているんだ」

「お、お店の経営ですか?」

狐乃の姿を改めて思い出す。

全身をブランドで固め、美しい毛並みは美意識の高さが伺えた。

「彼は水の属性を司るんだ。あ、これはまた改めて説明するね。水だからお水を売る仕事関係が得意なんだ、君達でいう夜のお仕事の方かな?」

「夜の……」

「あ、お酒の事だよ」

「……はい」

蓮美は浅い想像力をかき消す。

「そこで行き場をなくした眷属仲間や、化けれる動物達の面倒を見たりしているんだ。我々動物の霊性は今や存続が危うい立場にある、ああ見えて仲間思いなんだな。そんな中で損得なしに仲間を救おうとする彼は稲荷眷属では憧れの存在だ、彼の名前を知らない者がいない程に。彼が身なりにこだわるのは人間社会で渡り合う為の戦闘装束なんだろうね」

「狐乃さんの印象が変わりました……」

「だからかな、神でも肉体は人間である命君に対抗意識が生まれてしまうのかもしれない。意図して上から目線という訳じゃなく、無意識かもしれないが。神の次世代を担うルーキー、対して眷属世界の注目のエース。双方バランスを取るのはなかなかどうして」

互いの関係を知り、反発する理由を知って納得した。

ただ、精神的な幼さを抱える命は大人の狐乃には勝てない。

言葉でも行動でも。

できるなら彼を導けるよう、力を貸してやりたかった。

「じゃあ、私の金曜日のお誘いは狐乃さんの営業文句みたいな物なんですね」

蓮美が笑うと悟狸は真顔になる。

「彼、元々種族問わず女性が好きみたいだからそこは……」

二人は黙って見つめ合う。

「職員室に戻ろうか……」

「戻りましょう……」

豆狸にそのうちまた行こうと話していると、職員室の近くで怒鳴る声が聞こえた。

「迷惑だろうがっ!」

「迷惑なら迷惑だと言う筈ですっ!」

言い争う、狐乃と命の声だった。

「暗黙の了解って言ってな、人間はむやみに思った事を口にはしねえんだっ、人間離れしたお前と違ってな!」

「……っ!」

「しまったね、僕が席を外したから……」

悟狸が焦るとガラリッと職員室の扉が開いて命が飛び出してきた。

「あっ!」

命は二人の姿を見ると反対方向に走って行く。

「悟狸さん」

「すまないねぇ、行ってあげてくれるかい。僕は狐乃君を担当するよ」

「はい……」

蓮美は後を追った。

中庭かもしれない。

お気に入りらしい、彼の居場所。

「中庭へ行きたい」

異空間への適応力は身に付きつつあるのか、念じるとあっさり行く事ができた。

だが、中庭では泣きながら遠吠えをする犬威の姿しかない。

声は掛けずにそっとしておいた。

物悲しくも、猛々しい犬の遠吠。

命の成長を喜ぶ様々な気持ちが含まれているようで、やはり蓮美は彼を羨ましく感じた。

「いいなぁ、命君は……」

誰もいない廊下で、ポツリと呟いた。

男子トイレに声を掛けたり、子供達のいない児童教室を覗いたりしてみたが姿は見当たらない。

他に思いつくのは。

「宿直室」

部屋まで行き、扉を叩いてみる。

「命君?」

「誰もいません……」

「いるじゃない、入るよ」

中には布団に頭までくるまる命がいた。

掃除した室内はキレイなまま、畳んだ衣類もきちんと揃えられている。

こういう事なのだ。

今、彼に必要なのは。

蓮美は部屋に上がると布団の傍に座った。

「命君、狐乃さんとケンカしたの?」

布団がピクリと動く。

「蓮美さんの買い物に僕がついて行くのは迷惑だろうって……」

顔を出さず中でフゴフゴ言っている。

「迷惑ですか、なら、僕はもう買い物にはついて行きません……」

「私が迷惑だって言ったかな?」

「でも狐乃さんは、あんもくのりょうかいと言って、人間は思った事をむやみに口にはしないって言いました。蓮美さんが思ってても言わないだけだって。どうせ僕は人間じゃないから、人の心がわからない……」

「わからないんじゃなくて、わかろうとしないだけなんじゃないかな?」

「え……?」

「雨の日の買い物は車を持っている狐乃さんじゃダメかなって私が聞いたら、命君は自分は濡れてもいいって言ったよね。でも私は?」

「それは……」

「私も荷物で塞がっていたら傘はどうやって差すの?」

「蓮美さんも雨に濡れてしまいます……」

「だよね、紙のパッケージは使い物にならなくなって、みんなが楽しみにしてるお供物も作れなくなるかもしれない」

「そんなの嫌です……」

「なら、どうしたらいいかな?」

「車で行くのがいいです……」

「わかってるじゃない。ほら、人の心がわからないなんて事はないんだよ。命君はちゃんと誰かを思いやれる心を持ってる……」

「誰か……」

モゾモゾと布団が動き、ムクリと起き上がる。

「僕は人間ですか……?」

「人間だよ」

「神でもあります……」

「神様でもあるね、どっちも命君だよ」

「雨の日は狐乃さんが買い物係りでもいいです……」

「そうだね、そうしよう」

命が布団から出たので小さく畳む方法を教えてやった。

教えると言われた通り、布団を畳む。

部屋を出る時、部屋がキレイなままなのを誉めたらまたニンマリと笑った。

照れているのか、恥ずかしがっているのか、嬉しそうに。

「おや、おかえり」

職員室に戻ると悟狸が何気ない風を装ってくれた。

「狐乃君も大人げないのよ、仕事に差し支えるからいい加減にしてっ!」

和兎は怒りながら玉露をあおる。

「未熟なコイツにアドバイスをしただけです」

命を見ないまま狐乃が言い放つ。

悟狸には窘められた筈だろうが彼は強気だ。

それでも命は何も言わず席に着いた。

反論しなかった、ちゃんと成長している。

「それでいいよ」

蓮美は心で誉めてあげた。

悟狸も変化に気づいたのか、命の方を見る。

「狐乃さん」

蓮美も席に着くと自分から狐乃に声を掛けた。

「ん、何、蓮美ちゃん?」

パソコンから上げた顔はニヤついている。

「買い物なんですが、雨の日だと歩きでは難しいかなって思ったんです。ご迷惑でなければ雨天は車で付き添いをお願いしたいんですが」

「いいよ、任せて」

相槌を打ちながらチラリと命を見た。

ほら見ろ、と言った眼差しで。

「ただ、車の件でお願いがあって……」

「なんでも言ってよ」

この時、悟狸が自分を見つめているのに気づきアイコンタクトを取る。

「命君の生活周りの用品も今後は買おうと思っていて、でも狐乃さんのフェラーリじゃ荷物は乗らないと思うので悟狸さんの軽トラをお借りして運転をお願いしたいんです。荷台の荷物にはブルーシートを張って」

「ブフゥn!」

和兎が飲んでいたお茶を吹いた。

車。

職員が出勤で乗ってくる、駐車場に止まっている車。

軽トラは悟狸、オート三輪は猿真、ポルシェは和兎、フェラーリは狐乃、バイクは犬威。

豆狸で職員から聞いている。

悟狸の軽トラの荷台にはブルーシートも積んである、雨の日に荷物を運ぶには申し分ない。

「け、軽トラ……」

狐乃のピンと張った耳が横に垂れる。

蓮美は思っていた。

命と狐乃、二人のどちらかが我慢をしてもいけないのだ。

命は狐乃にプライドを譲った。

なら狐乃もまた、命にプライドを譲らなければならない。

彼の場合、美意識というプライドだ。

「あー、いや……」

耳がどんどん垂れていく。

命が狐乃を見た。

意味はわからないようだが、狐乃が困っているという事情は察したらしい。

命だけではない、和兎、猿真も彼の反応を見ている。

「僕は構わないよ」

悟狸が一言、後押しした。

「わ、わかった。いいよ……」

こうなれば引くに引けない。

狐乃は耳を垂らしたまま、自信なさげに承諾した。

「ありがとうございます」

車の依頼は自分にとってもメリットがある。

雨の日だけでなく、彼が軽トラを運転してくれれば予定外の外出など必要な時が来るかもしれない。

問題はフェラーリで、スーパーに行くのは気が引けるし、彼のやや強引な性格からしてそのままドライブにでも行きそうな気がした。

だからさすがに軽トラで羽目を外す事はないと踏んだのだ。

悟狸はまだ自分を見ている。

目が合うとニコリと笑い、口元は蓮美にこう言っていた。

お見事、と。




皆さん、お世話になっています。

こちら校正後のコメントになります。

最近は相次ぐ災害や変化する状況など目まぐるしくありますが、皆さんの周辺は大丈夫でしょうか。


大変な時期ですが自分は日本や世界にいる皆さんの工夫や努力、提供して下さるアイデアをネットを通じて拝見させて頂いたりしています。


ありがとうございます。 (^_^)


自分も、少しでも皆さんに楽しんでもらえるようにできる事を(この物語ですが)進めていきたいと思います。

眼精疲労に負けず、頑張ります。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!

すみません、確認していなくて二回も内容を載せていました。

なおしましたっ!

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