11/中庭
「家庭科室っ!」
廊下に向かって叫び、家庭科室へ戻ると冷蔵庫にしまったタッパーを取り出した。
それを持って命の姿を探す。
異空間を探して、走って、見つからず、息を切らせながら思いついたあの場所。
「中庭へ行きたいっ!」
そして、いた。
昼間に犬威と来た渡り廊下の中庭。
空を仰ぎ、木にもたれる命がそこにいた。
蓮美はサンダルを履くと外に出る。
「命君……」
聞こえている筈だが返事はなかった。
「お昼のお供物、味を変えて作りおいて置いたの。宿直室の部屋でカップ麺の容器を見たんだけど、あれだけじゃ夜にお腹がすくんじゃないかと思って、命君のお弁当用に。お昼はドリンクだけみたいだったし、よかったら夕飯に食べてくれないかな?」
「……」
「食べてくれるとうれしいな」
すると木から離れ、彼が彼女に近づいた。
「あの……」
だが横をすり抜け、受け取らないまま渡り廊下へと向かう。
「命君っ」
片手を掴み、タッパーを無理やり持たせようとした。
「これ……」
「さわるなっ!」
振り向きざまに怒鳴られる。
初めて聞いた、彼の大きな声だった。
驚いた弾みでタッパーを地面に落とす。
きちんと閉じていなかったのか、蓋が開いて中身がこぼれ出た。
「あ……」
命が一言、声を漏らす。
明確な拒絶をされ、蓮美の心で警報が鳴った。
ダメ。
ダメ、ダメ。
ダメダメダメ。
泣くな、私。
思い出すな。
「……」
大丈夫。
私は大丈夫。
怒っていないし、悲しくもない。
今の私は幼い日のあの私ではないのだ。
だから大丈夫。
大丈夫。
「命君、ごめ……」
強引に渡そうとした事を謝ろうと、彼を見た。
「……命君?」
様子がおかしい。
ブルブルと震えている。
小刻みに体を震わせ、歯を食いしばっていた。
「みこ……」
異変に気付く。
彼の数メートル上。
青い火花を放つ稲妻のような物が見えたからだ。
稲妻は目を凝らさないと見えない程小さな物だったが、やがてはっきりとした、龍の様なうねりとなって彼の頭上から放たれ始めた。
「あぁあああっ!」
中庭の空に向かって絶叫する。
所内に響き渡る程の、喉が張り裂けそうな叫び声だった。
よほど苦しいのか両腕でシャツの胸元を掴んでいる。
「命君、どうしたのっ!」
「あぁあああっ!」
声がかき消される。
近づこうにも状況がわからず、怖くて動けない。
「あぁあああっ!」
「み……」
恐怖を振り切って一歩近づいた時。
彼がパカリ、と。
上空に向かって口を開けた。
「検索結果、ガ、見ツカリマセン」
その口から。
無機質で抑揚のない。
機械的な声が絞り出される。
「検索結果、ガ、見ツカリマセン」
繰り返す声は彼の物ではなかった。
冷たく、感情のない、
おかしなトーンの人工音声だった。
「うぅうううっ!」
今度は地面に転がり、足をバタつかせる。
その時だった。
「命っ!」
中庭に犬威が飛び込んできた。
「切れっ、回線を切るんだっ!」
「うぅうううっ!」
犬威は指で空に何か書くと、その手を転がった命の額に押し当てる。
そして片方の手で暴れる彼を押さえつけた。
「たかあまはらにかむづまります、かむろぎ、かむろみのみこ……、命っ、聞こえるかっ、回線を切れっ、今すぐ切れっ!」
「あああっ!」
命は体をのけぞらせる。
食いしばった歯から血の混じった泡が見えた。
「すめみおやかむ、いざなぎのおおかみ……、いいかっ、お前が知ろうとしているのは唯の情報であって心ではないんだっ、聞けっ、聞くんだっ!」
「あぁあああっ!」
「命君っ!」
蓮美は駆け寄ると暴れる彼の手を握った。
そして祈った。
神様。
彼を助けてください。
お願いです。
お願いです、どうか。
そう一心に祈った。
「うぅ……」
すると力が抜け、ぐったりとする。
「命……?」
犬威は様子を見ていた。
落ち着いたのを見届けると手を離し、額の汗を拭う。
「犬威君……」
悟狸の声がし、振り返ると渡り廊下に職員が集まっていた。
叫び声を皆が聞いたらしい。
「狐乃、命を医務室に運ぶ。すまないが手を貸してくれないか」
「はい……」
狐乃が犬威と彼の肩を担ぎ、中庭から出て行く。
去り際。
手のかかる後輩だよお前は、と、小さく聞こえた。
三人が去っても蓮美は動こうとはしない。
じっとしたまま動かないでいた。
「蓮美、人間のあなたはそろそろ終業時間だわ。帰る支度をしましょう」
和兎が近寄り、肩に手を置く。
「……帰る、誰が?」
「あなたがよ」
「……帰るって、どこへ?」
彼女の瞳は和兎ではなく別の方向を見ている。
今のショックからか、正気を失っていた。
「悟狸さん、蓮美が」
「いや、これはいかんっ、彼女も医務室へ!」
和兎に連れられ、蓮美も医務室へと向かった。
皆さん、こんにちは。
こちら二回目、校正後のコメントになります。
この回も短いので早く終わりました。
次の展開に進むべく、目指すは一章の手直し終了を目指して……。




