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やおよろず生活安全所  作者: 森夜 渉
一章 やおよろず生活安全所
11/62

10/仕事

悟狸から午後は勤務の指示に入ると言われ、気を引き締める。

命はあれから蓮美に話しかける事はしなかった。

人間関係も大事だがまずは仕事だ、迷いを払い、業務に集中すると書類の束を渡される。

やおよろず生活安全所宛てに相談の申請が届いており、印鑑が押されているかを確認して欲しいとの事。

中身を見ようと数枚目を通してみた。

しかし。

「悟狸さん、質問してもいいでしょうか?」

「何かな?」

「印鑑が肉球になっています」

書類に印鑑ではなく動物の肉球が朱肉で押されていた。

「うん、それがここでは拇印なんだ」

「なっ……」

萌えを感じてワナワナする。

「違いがわかるかな蓮美ちゃん?」

イスを横付けして狐乃が隣へと来た。

「例えばこれが狐、これが狸、わかるかな?」

彼が特徴を説明してくれるが。

「……はい」

だがわからん。

動物好きな蓮美でも、残念ながら肉球の区別まではできなかった。

なぜだか敗北感を感じ、もっと勉強しようと誓う。

動物達について。

ではなく仕事に。

疲れたら休憩を取っていいと言われたが、期待に応えようと必死に肉球印を見つめる。

そんな自分と対照的なのが命だった。

画面を見つめてタタタッと、高速のタイピングでパソコンのキーを叩く。

腕前は見事で人というより機械のように正確だった。

その時、彼のパソコンにネット回線を引くモデムから有線のコードが繋がれているのが目に入る。

他の職員も同じ、コードは床から固定されていた。

電波が飛んでいないのだ。

所内はネット環境が無線ではないらしく珍しい、今はどこでも無線が主流だ。

セキュリティ上の問題か、異空間である事が影響するのだろうか。

「そいつの仕事は特殊なんだ、俺達とは異分野でね、誰にも真似できない」

書類ではなく、命を見ていると狐乃が渋い顔をしながら話す。

「電脳世界。つまり君達の人間世界で言う、いんたーねっつの事なんだが……」

犬威が真顔で蓮美を見た。

いんたーねっつ。

「もしかしてインターネットの事でしょうか?」

訂正していいか迷ったが言ってみる。

「ん、いんたーねっつは複数だから、ねっつだと命から教えられたが」

「犬威さん、騙されてます。ネットです、インターネットです」

彼はネットに詳しくないらしく、狐乃がねっつをやんわりと正す。

「そ、そうか」

一同がハハハと笑ったが蓮美は笑えなかった。

嘘を教えた当の命も笑ってはいない、パソコンのモニターから顔を上げようともしない。

なぜだろう。

なぜ親身になってくれている犬威に嘘を教えたのだろう。

自分はネットのプロフェッショナルかもしれないが、嘘を教えた相手が人に話して恥をかいたら。

狐乃の元彼女、イタチだというスモモちゃん。

事情を察していた上で、どうして彼を挑発したのだろう。

家庭科室での、あの言葉。

「お父さんとお母さんが亡くなった時、どんな気持ちがしましたか……?」

あれも自分を傷つける為の言葉だったのだろうか。

「命君の仕事はね、君達人間社会が切り離せないアーティフィシャルインテリジェンス、AIの事だね。他にもインターネット、サイバー空間のあらゆるシステム、コントロールの管理をし、バグを訂正する仕事を任されているんだ。総称で電子、電脳世界の管理と我々側は呼んでいるよ」

悟狸がファイルを綴じながら説明する。

「バグ、ですか?」

「うん。いわゆるエラーを起こす、プログラムを食べる虫だ。最近社会でシステムの異常を聞いたりしないかな?」

「あります。面接当日も、今日も鉄道が止まりました」

「そう、命君はそれら国内のシステムを見直しているんだ。チェックしてバグがいないか見つけ、正している。いや、倒しているという方が正解かな。倒しながら人間社会を護っているんだ」、

含みを持つ言い方が気にはなったが、彼の凄さを初めて聞かされた。

「……すごいんだね、命君」

誉めたが手を止めようとはせず、こちらを見ようともしなかった。

近づいたと思った距離は遠のき、蓮美は悲しくなる。

「ねえ、蓮美の歓迎会、いつにする?」

玉露のお茶を飲みながら、和兎が皆に聞いた。

「いいねぇ。嬢ちゃん、神変鬼毒酒が飲めたんだから酒はいけるんだろう?」

猿真がそろばんの手を止めて蓮美に尋ねる。

「はい、少しなら」

「じゃあ豆狸ですかね、予約しときましょうか?」

狐乃がパソコンでウェブ予約のページを開いて見せた。

和兎が狐乃はネットを使い慣れていると話していたが、その姿を見てもさほど驚きがない。

どんどんここに。

所に馴染む自分がいる。

「豆狸ってかわいい名前ですね」

「うん、僕の知り合いがやっている居酒屋なんだ。眷属ではないけれど人間社会で店を開いていてね。みんなでたまに行くんだけど、そこにしようか」

悟狸の知人という、狸の人のお店と聞いて興味が湧く。

「行ってみたいです」

いつにする、今日にする、など盛り上がっている中、犬威が命にも聞いた。

「命、お前も行くんだろう?」

途端に、キーボードを叩く手が止まる。

「行きません……」

彼はイスから立ち上がり、廊下へ続く扉へと向かった。

「命っ!」

犬威は怒鳴った。

皆が一斉に二人を見る。

「休憩してきます、少し疲れました……」

部屋から出て行き、室内は再び居酒屋の話題に戻った。

「すまない、気を悪くしただろう?」

犬威は申し訳なさそうに謝る。

「大丈夫です。すみません、私も休憩を頂きます」

蓮美もそう伝え、続いて廊下へと出ていった。



皆さん、こんにちは。

読んで頂きありがとうございます。

こちら校正二回目のコメントになります。


直しをいれてようやく形にはなってきたかなと感じています、一回目から読んで頂いた皆様には感謝ばかりです。

(読み直すと本当に文章がひどくて、見直すとまだまだあるんですが……。(汗)


とりあえず、もう少しで一章も終盤……、あと一息。

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