チャプター91
〜王城 城門前〜
「終わっちゃったね〜」
夕方、エルリッヒとフォルクローレは城門の前にいた。先ほどのエキシビジョンマッチを戦ったゲートムントが戻ってくるのを待っているのである。
跳ね橋の向こうに見える中央通りには、満足そうな面持ちで家路につく観客たちの姿があり、彼らを見ていると、ついつい感傷に浸ってしまう。
隣にいるフォルクローレはというと、そこまで叙情的ではないようで、暇そうな顔をしている。
「んー、終わっちゃったねぇ」
「フォルちゃん、楽しかった?」
半ば強引に誘ったような形になっていたので、ついついフォルクローレの感想が気になってしまう。横で見ていれば楽しんでいるのは十分に伝わってくるのだが、それとは別に、本人の口から聞いてみたかったのである。その問いかけに、意外そうな顔を浮かべた。
「??? エルちゃん、なんでそんなこと訊くの? 楽しんでないように見えた? あーでも、自分が参戦できないことは心残りだから、そういう意味では楽しみきれなかったかもなー。あたしだったらどう戦うだろうっていうのはつい頭の片隅によぎっちゃったからね!」
「そっか、よかった。楽しんでくれたんならよかったよ。でも、爆弾持ち込みは禁止だからね? 爆弾なしでも戦えるんなら、第二回大会の時にはエントリーしてもいいんじゃない?」
果たして爆弾を封じられたフォルクローレがどんな態度に出るだろうかということには非常に興味がある。実のところ、友人関係も長くなってきたフォルクローレだが、錬金術士としての一面にはまだまだ知らない部分も多い。本人の話からは、爆弾への強いこだわりを感じるとともに、それが錬金術士の中でも比較的少数派であることは伝わるのだが、それならば一般的な錬金術士はどのような戦い方をするのだろうか。
「えー、エルちゃんひどい。あたしから爆弾を取ったら何も残らないじゃん。あんな人たち相手にか弱い女の子がどう戦えってのさ。エルちゃんこそ、参戦したらいいのに」
「フライパンでパコーン! て? ダメダメ。大会で死人を出すわけにはいかないからねー。丸腰で出るのもおかしいし」
もうか弱い振りはしない。あくまでも”料理で鍛えた”という認識は崩さないが、それでも人より高い身体能力自体は否定しない。そこへ来て、誰もが驚く超重量のフライパンである。いくら鍛え抜かれた兵士や騎士といえど、遠慮のない一撃を喰らおうものなら、命が失われかねない。流石にそこは弁えているのである。
「だけどさー、王様の態度を思い出してみてよ。エルちゃんのこと竜の王女様として見てるし、強い力を頼りにしてる節があるし、参加を申し出たら快諾してくれるんじゃない?」
「いやいや、そう言う問題じゃないから。公正な試合じゃなくなっちゃうでしょ? 私だって神聖なフライパンで人の命なんて奪いたくないし、大会が大騒ぎになっちゃうし、本物の犯罪者になっちゃうし、問題ありまくりなんだから。それより、ツァイネの気配が近づいてきた。戻ってきたみたいだよ」
どう足掻いても殺人に至ってしまう前提で話を進めていることはフォルクローレをしても大いに気になったが、仮定の話よりは今の話である。ツァイネはゲートムントが試合終了後に場内の関係者懇親会に呼ばれたということで、様子を伺いに城内に行っているのである。
「お待たせー」
「待ったよー」
「こらこら、そんなこと言わない言わない。で、どうだった? ゲートムントは解放してくれそうだった?」
城内に顔が利き勝手も分かっていると言うことでツァイネに白羽の矢が立ったが、ツァイネといえど予定を変更することはできないため、状況を確認することしかできない。だから、あわよくば連れて戻れればと考えてのことではあったが、一人で戻ってきたと言うことは、そう言うことなのだろう。
「なんか、王様が貴族たちと決勝の二人を囲んでお疲れパーティーみたいなのを開いてるんだってさ。で、ゲートムントはそこに呼ばれたみたい。流石に俺も中までは入れてもらえなかったよ。で、諦めて戻ってきたってわけ。放っておいて帰ろうか。待ってたら完全に日が暮れちゃう」
「げー、そうなんだ。じゃあさっさと帰ろう帰ろう。エルちゃん、今日も美味しい夕ご飯よろしく〜」
「今日もちゃんと手伝ってもらうからね? まぁでも、今日で最後だし、明後日にはお店も再開するし、残ってる食材を使ってなんか豪華なご飯を作りますか! ツァイネも来る? 来るなら力仕事もあるからツァイネにも色々任せたいんだけど」
純粋な腕力という意味でエルリッヒに敵うものはこの国にはいない。それでも、頭数の問題というものがある。フォルクローレの力は当てにならないので、ツァイネが手伝ってくれるのであれば、とても助かる。一方で、料理というものは二人分作るのも三人分作るのもその手間は大差ない。ましてツァイネは外見以上に鍛えているので、多少の力仕事は苦にならないだろう。お互いにとって利益のある申し出だった。当のツァイネも、思わぬ申し出に顔が緩んだのをエルリッヒは見逃さなかった。
「え、俺も行っていいの? 俺だけお金取ったりしない?」
「私がそんなケチな女に見える? お客さんとしてきた時にはしっかりお代を頂くけど、友達として誘ってるんだからそんなケチなこと言うわけないでしょ。今言った通り、力仕事を手伝ってくれればそれでいいから。フォルちゃんも、大会中通ご飯を作る時は色々手伝ってもらってたんだよ」
「そのとーり! あたしのおかげでエルちゃんがどれだけ助かったか、計り知れないね。調合で鍛えた力と繊細な釜捌きは、料理の手伝いでも活かされたのだ」
などと適当なことを言っているが、エルリッヒから見て、その所作はかなり大雑把だった。調合においても大雑把にして大胆な釜捌きが思いもよらない高品質なアイテムを生み出すのだ、などと言っていることもあり、発言の一貫のなさも含めて、大雑把なのである。
ツァイネもそのフォルクローレの様子は想像に難くないので、繊細という単語が出てきた時には、すぐに頭の中を話半分に切り替えたくらいだ。もちろん、力についても同じで、釜の中の有象無象をかき混ぜている姿は何度も目にしているが、それでも腕力については年相応の娘並みなのを知っている。つまり、本人がどれだけ大真面目であろうとも、二人にとってはそれが冗談のようなものとしか受け取れなかった。
「なんにせよ、ご相伴に預かるよ。料理そのものは苦手だけど、手伝えることは手伝うからさ」
「おっけおっけ。じゃあ決まりね。一路家路と参りましょう!」
「おー!」
「お、おう!?」
未だ城内で慣れない中パーティに臨んでいるであろうゲートムントを置いて、三人はコッペパン通りの竜の紅玉亭へと向かった。
〜王城 白百合の間〜
「して、ゲートムント殿はどのように実力をつけてきたのですかな?」
「やはり魔物なども屠ってきたのですかな?」
「是非とも武勇伝をお聞かせ願いたいですなぁ」
「あ、いや、その……あの……」
城内のパーティ会場では、ゲートムントが貴族たちの質問攻めに遭っていた。騎士団の儀礼めいた美しい動きは幾度も目にしている貴族たちにとって、実戦で鍛えられたゲートムントの戦いっぷりはかなり珍しかったようで、興味津々の様子を見せていた。
国王とも面識があると聞き、親しくしていれば自分たちの栄達に役立つかもしれないという打算もあるのかもしれないが、それにしては貴族たちの瞳は純粋な輝きを持っていた。
呼ばれたからには参加するが、こんな不慣れな場所、できるだけ気配を消して、美味しい料理とお酒を味わったら早々に退散しようと計画していたゲートムントにとっては大いなる誤算であった。
あれだけ注目の集まる場でその戦いっぷりを披露してしまっては、気配を消すなど到底無理な話だった。剣を交えたルイズはそもそもが八百長試合を仕組んだ罪もあり、このパーティーへの参加は許されず、頼ることもできない。
せめて、ツァイネが隣にいてくれたら。そう思いながらも美味しい料理の乗った皿を手に、質問攻めに立ち向かっていくのであった。しどろもどろになりながら。
(ツァイネー!! 今すぐ来てくれ〜!!!)
〜つづく〜




