チャプター90
〜王城 竜王杯会場〜
辺りが静まり返る中、ゆっくりと国王が歩いてくる。高いところに設られた王室席からここまで降りてくるのも結構大変だ。段取りを見越して移動することを考えると、スタッフの苦労が伺える。
とはいえ、国王は観客席の中で最も高い位置になければならないと言うのが今回の設営では大前提とされたので、やむを得ないところではあるのだが。
こう言う時、「一番偉いんだから一番見やすい席に」という意見でも出ればまた話は変わっていたのかも知れなかったが、少なくとも、今回の大会運営の会議では、そのような話は一度も出なかった。
城内から国王の姿が見えると、会場は再び大きな歓声に包まれる。今大会では度々国王が国民の前に姿を現している。こういった場では、国民からの国王への支持や敬愛が露骨に現れるものだが、今のところはしっかりと慕われているようだ。その様子には、国王はじめ、王侯貴族が人知れず胸を撫で下ろす。
武舞台の中央に進み出た国王は、観客席をゆっくりと見回すと、右手を挙げた。それに合わせて、ルイズは最上位の礼をとって跪く。それを見ていた隣のゲートムントも、慌てて真似をする。
「皆の者、盛大な歓声に礼を言うぞ。だが、今その声は、余ではなくこの者たちに贈ってほしい。この者たちの死闘には、皆興奮したことだろう。それは余も同様である。さあ、今一度大きな歓声をこの者たちに!」
自らの前で跪く二人に注目がいくよう、二人を立たせると国王自ら両手を広げ、歓声を促した。ゲートムントたちは少々気恥ずかしく思うものの、たまにはこう言うのも悪くはないかと素直にその声を受けることにした。しかし、一通り観客たちの沸き立つ声が落ち着くと、ルイズを前に国王は表情を変え、重い声色で話しかけた。
「さて、ルイズ・フォン・マルクト辺境伯、そなたがここで剣を振るったのは、他でもない八百長試合を仕組んだことがその理由だ。それは承知しておるな? 今ここで、大勢の観衆が見ている前で、処分を伝える」
「っ!!!」
思わぬ言葉に、つい体がこわばってしまう。一体どんな罰が降るのだろうか。神聖な大会を汚した罪は想像以上に重いのかも知れない。国王自らがそれを告げると言うのだから、よほどのことなのだろう。考えれば考えるほど、血の気が失せていくのを感じる。
「……陛下、私……あの……」
しかし、次の瞬間、国王は表情をふっと緩めた。先ほどまでの穏やかな声色に戻って告げる。
「まあ、そう固くならずとも良い。さあ、そなたへの処分であるが、このような大会で勝利を求めて八百長を仕掛けるとは、騎士道精神に反した行為であり、言語道断である。だが、今大会期間中に大いに反省し、騎士としての実力にも磨きをかけたこと、そして観客をこのように沸かせたことは事実であり、認めねばならぬ。そこで、観衆たちに問うことにした。皆の者、この者の処分について、減刑を求めるものは拍手を、処分を重くすることを求める者は、そのままで。さあ、遠慮なく自身の考えを示すがよい!!」
その言葉は、ルイズにとっては予想外の内容だった。観客に委ねるとなれば、公平な判断はされない可能性がある。他人のことだからと無責任に罪を重くさせようとする者、周囲の意見に流される者、そういった者が現れることが容易に想像できるからだ。
恐る恐る観客席に向き直り、柄にもなく深々と頭を下げ、その判断を仰ぐ。以前のルイズなら、貴族の身分で平民に頭を下げるなどあり得ないことだったが、今は判断を委ねる身であり、自然と体が動いた。
「っ!!」
観客からの反応が待たれる中、顔を上げる勇気はなかった。いつの間にこんなに謙虚になったのだろうか。自分でも意外だった。
「お、おい……」
隣で立つゲートムントも、流石に心配そうな面持ちだ。
「さあ、観客たちよ、遠慮なく思うままにその思いを表すがよい!」
ぎゅっと目を閉じ、観客たちの判断を待つ。ほんの一瞬が、永遠とも思える時間に思えた。これが、己のしてきたことの報いなのかと実感する。まだ、何の判定も受けてはいないのに。
「っ……!! えっ!?」
その、永遠とも思える時間が過ぎて、ルイズを、会場を包んだのは、割れんばかりの拍手だった。恐る恐る顔を上げると、多くの観客が楽しげな笑顔で手を叩いていた。全員というわけではなかったが、それでも拍手をしていない者も決して険しい顔はしていない。八百長試合という事実自体は裁かれねばならないと考えてのことだろう。
「……これが、民の裁きである。皆の者、手を止めよ! それでは、改めて余からの捌きを申し伝える。ルイズ・フォン・マルクト辺境伯、そなたの罪状は先に述べた通りである。本来であれば重罪に処すところであるが、観客たちはそなたたちの戦いを大いに楽しんだ。今の試合を見れば、心身ともに大きく成長したことも十分に伝わってくる。そこで、罪一等を減じ、一階級の降等処分とする! 改めて、はげむように!」
「は、ははーっ!!」
国王に深々と首を垂れ、民衆に背を向けて、その処罰を受け入れる。本当に、ほんの少し前なら考えられないような一幕だ。
この、寛大とも言える処置に、会場全体が再び湧き上がる。
「しでかした罪は消えぬ、自身でも悔いておるやも知れぬが、もうあのような愚かな真似はすまい。民のため、国のため、以後、精進するように」
「ははーっ!!」
再び深々と首を垂れたルイズに、国王は優しく肩を叩いた。そして、今度は武舞台の中央から、会場全体を見回すと、静かに深呼吸し、言葉を発した。
今大会の総括とも言える国王の言葉である。
「ここに集った国民たちよ! 今大会、王立騎士団総出の第一回竜王杯は楽しんでもらえただろうか! 今大会は、先の魔物どもの襲来で傷ついた皆へのせめてもの娯楽であると同時に、今後ますます激しくなるであろう魔物どもの攻勢に備えるための、騎士団員の育成を目的とした大会である! 先の襲撃では、幸い死者の報告こそなかったが、負傷者は多数出た。家を破壊された者も多くいる。素直に笑うことができなくなってしまった者への、せめてもの他向けである。次の襲撃があった際、そのような者が一人でも減ることを願っての大会である。団員同士の戦いは、決して魔物との実戦と同じではない。だがしかし、民を、街を、国を守るために日々奮起し研鑽を積んでいることの披露の場でもある。彼らの戦いを見て、どう感じたであろうか。魔物は我ら人間の想像を超える力、能力を持って襲ってくる。そんな時、彼らは死力を尽くして皆を守るであろう。今大会の優勝者だけでなく、初戦で敗退した者たちも、もれなくだ。どうか、今一度盛大な拍手で彼らの健闘を讃えてやってほしい」
言葉を終え、ゆっくりと息を吐いたのを見るや、会場からは今大会一番の歓声と拍手が飛んだ。文字通り、割れんばかりの拍手である。そう、彼らは気づいた。いや、意識するようになったと言ってもいい。もし、”次”があったとき、やはり自分たちは守られる側であり、この大会で活躍した騎士団員たちこそが守ってくれる側の存在なのだと。そして、魔王復活が現実のものとなってしまった今、それはいつ起こってもおかしくないのだと。
「ありがとう。民の声援があればこそ、彼らがこの先どのような邪悪と対峙することになったとしても、その剣を、槍を振るう原動力の一つになろう。どうか、今大会を『楽しかった』の一言で済ますことはせず、来るべき脅威への備えも含まれているということ片隅にでも置いておいてほしい。さて、堅苦しい話はここまでとしようではないか。今大会を見ていて、皆はどう感じただろうか。余は大いに興奮した! 楽しい大会になったのではないだろうか。盛り上がったのではないだろうか。今大会が成功裡に終わったと感じている者は、どうか最後の拍手を! 大会の運営に関わった者たちにも、労いを送って欲しい!」
民衆を煽るように両手を広げた国王が、心からの拍手を促す。直接の言葉として感想を受け取ることができない中、拍手と歓声は最も手軽なコミュニケーション手段だった。
もちろん、観客たちはそれに応える。そもそもこの大会に懐疑的な人たちは観戦していないわけだが、それを差し引いても、この大会の大いなる盛り上がりと成功は、観客たちの様子にしっかりと現れていた。
「ありがとう。ありがとう。では、これにて閉会の挨拶とする。皆の者、気をつけて帰るように」
国王は最後の最後、締めの言葉を手短に済ませると、本当にそのまま城内に消えてしまった。舞台の脇に控えていたザルツラント侯爵が再び武舞台に上がり、押し合わずに会場を出るようにという案内を口にしている。
長かった大会は、ここに閉会を迎えた。
〜つづく〜




