チャプター8
〜竜の紅玉亭 営業後〜
営業終了後、フォルクローレに片付けを手伝ってもらいながら、自分用の夕食を作った。匂いを嗅ぎつけてか、フォルクローレが隣に寄ってきた。
「あー、それ美味しそう! ね、あたしにも一口ちょうだい?」
「ええっ? さっきあれだけ食べたじゃん! こっちだってお腹減ってるんだから……ほら、少しだけだよ?」
こうして頼まれると断れない。小皿に少しだけ取り分ける。口ぶりからすると物足りないだろうが、こちらとて大事な夕食を譲るわけにはいかない。今はこれで我慢してもらうしかない。
「わーい! て、これだけ〜?」
「これだけ! ほら、食べたら話をするから、ちょっと待っててね」
早食いは好きではないのでいつものペースで食事をするので、隣で待たせるのも少しばかり心苦しい。その点では、少しだけどおすそ分けしたのは良かったのかもしれない。
もう少し、何か分けてあげられるものがあればいいのだが、後は保存食の干し肉や漬物しかない。ここは諦めてもらうより他はない。
「うん、それはもちろん。あ、これやっぱり美味しい! 本当、いい味だねぇ」
「でしょ? まかないは簡単に作るのが一般的だけど、美味しいものを食べたいっていうのは変わらないからね」
作る側のこだわり、それはたとえ相手が自分であっても変わらない。少しでも美味しいものを作る。日々その追求だった。楽しくて、終わりのない日々の目標だ。
「ま、普段のメニューに並ぶことはないと思うけど、リクエストしてくれたら作ってあげるよ。あぁでも、料金考えてないから決めないとだ」
「できるだけお安くお願いします。それはそうと、話は食べながらでもできるんじゃない? ちょっと行儀が悪いけど、二人の間に遠慮は無用でしょ。今度の大会の話がなんだって?」
早速おすそ分けされた小皿を空にしたからか、話を進めようとしてきた。確かに、フォルクローレ相手に気を使う必要はないし、本人が気にしないと言っているのだからなおさらだ。料理が冷めないうちに食べてしまいたいとは思うが、話を挟んでも問題はないだろう。
「じゃ、話する? こないだ、ルーヴェンライヒ伯爵の使いが来たんだよ。一緒に観戦する許可が下りたって話はしたでしょ? それを伝えに」
「ふむふむ。ルーヴェンライヒ伯爵なら何度か依頼を受けたことがあるよ。騎士団で使う爆弾が欲しいっていうのはよく覚えてるよ。騎士団に爆弾を導入するために見本を用意して欲しいっていうやつでさ、威力、携帯性、保管時の安全性、量産するためのコスト、それからあたしが作る時の作りやすさ、全部が必要とされたからさ。でも、報酬は良かったんだよねー。さすがはお貴族様だよね。で、その伯爵に頼んだんだ」
こうして相手の人物にまつわる依頼のエピソードを教えてくれるのがフォルクローレの特徴だ。余計と思う人もいるようだが、エルリッヒはこれが好きだった。錬金術士の仕事の話は自分とまったく違う世界なので、聞いていて楽しい。機会があれば、どんどん聞くようにしていた。
「うん。私も親しくさせてもらっててね。座席一つ分くらいどうにでもなったのかもしれないし、無理を言った形になってたのかもしれないし、その辺はわかんないけどね。で、とにかく使いの人が来てくれたんだよ。フォルちゃんのところにも招待状が届くってさ。念のため、当日はそれを忘れずに持ってきてね」
「そっか、そういう話になるんだね。忘れそうで不安……」
やはり。その一言が出てくるだろうと思って、こうして呼んだのだ。フォルクローレの性格だ。忘れてきたり、何ならアトリエの中で紛失したりしかねない。だから、一言釘を刺しておこうと思ったのだ。そもそも、招待状が届けられるということすら知らなければ使者が来ても取り合わないかもしれない。少しおせっかいが過ぎるかもしれないとも考えたが、それくらいでちょうどいいのだ。
「それで、招待状って、どこから届くの?」
「お城からだと思うよ。大会は騎士団主催だから、つまるところお城や国の主催っていうのと同じだから」
お城だろうが伯爵家からだろうが、気にするようなフォルクローレではないと思うが、何か引っかかるところでもあるのだろうか。そんなことを考えたが、当のフォルクローレは一切気にする様子を見せない。ただ単に知りたかっただけということだろう。
「ほほ〜。じゃあお城から使いが来るんだ。何か、偉くなったもんだよ。そうそう。それで、その招待状だけどさ、届いたら教えるから、エルちゃん預かっといてくれるかなぁ。あたしのとエルちゃんのと、一緒に保管してくれたらなくす心配も忘れる心配もないでしょ?」
「えぇ〜? ちょっとそれは人に頼りすぎじゃない? それに、私だって忘れたり無くしたりするかもよ? 本当、フォルちゃんて錬金術以外の部分はどっかに置いてきたみたいだよね。私と知り合う前は大丈夫だったの?」
フォルクローレにはこれまで歩んできた人生があり、その時にはエルリッヒのフォーロなどなかった。ということは、他の誰かに支えてもらっていたのだろうか。それとも、落ちるに任せる人生を歩んでいたのだろうか。気になって仕方がなかった。
「い、いや、前はもっとしっかりしてたよ? しっかりしてた……ような……。なんかねー、つい甘えちゃうんだよね〜。頼れるお姉さんって感じ? 別にさ、接してて年上感は全然ないんだけど、頼もしさが違うっていうの? うん。あ、いや、年上には違いないのか」
「そこはいいから。はぁ。私もつい放っておけなくて構っちゃってるけど、本当は良くないのかなぁ。でもなー、アトリエに行ったら倒れてることも多いし、そのうち息を引き取ってたなんてことにでもなったらと思うと!」
冗談なのか本気なのかわからないようなことを言う。しかし、隣で聞いているフォルクローレには、それを冗談として受け流せるほどの生活を送っていないという自覚があったため、返す言葉がなかった。
この辺りの話題になるといつもこうなのだが、ただただ、冷や汗を流しながら引き攣った笑みを浮かべるばかりであった。
「め、面目ない……」
「まったく、自覚があるんだったらもう少し生活改善してくれてもいいのに……」
フォルクローレの様子にはため息ひとつつくのがせいぜいだった。
「さてと、食事も終わったし、食器洗うから頂戴。お水はいる?」
「あ、うん、欲しいな」
水をもらい、一口飲むと、なんとなく気分がリフレッシュされたような気がした。気まずい空気も、少し晴れる。
「フォルちゃんの生活のことは改めて話をするとして、招待状は預かるよ。今のところは、本当になくしちゃいそうだしね。でも、もし私が当日忘れたら、ここまで取りに行くのはフォルちゃんの役目。それでどう?」
「わ、わかった! その時は全力で走る」
なんだかよく分からない契約をさせられたような気がしたが、それで心配が一つ減るのであれば、万々歳だ。もしもの時は大変だが、ここは甘んじて受け入れよう。
「よろしい。じゃあ招待状は預かるから、届いたら持ってきてね。さて、と。食器洗ってる間、このテーブルを拭いててくれるかな」
「はーい」
こうして、ちょっとしたことで空気が変わるのはいいところだ。いつまでも引きずっていては、気まずくなるばかりだ。この辺りが、二人の関係性の特徴だ。心配はするからお小言も言うが、長々と引きずったりはしない。
だからこそ、長続きしていられるのだ。そのあたりは、エルリッヒも十分気をつけるようにしていた。
「あ、ありがとー。あとはのんびりしてていいよ。もうこの時間だし、泊まっていくでしょ?」
その申し出に、フォルクローレは二つ返事で頷く。先ほど夜道の一人歩きは不用心、という話が出たばかりなので、安全に関して不安は感じていなくとも、それはおいそれと口にはできないし、二人でお泊り、というのはいつでも楽しいものだ。断る理由はなかった。
「うん。頑張って寝相よく寝られるよう頑張るよ」
「えー、そこ? そこは頑張らなくても寝相よくしててほしいなあ。ベッドは二人だと狭いんだから」
二人の笑い声が、コッペパン通りの夜を黄色く彩っていた。
〜つづく〜