チャプター88
〜王城 中庭竜王杯会場〜
「ゲートムント、いつもの癖が出ちゃってるな……」
ポツリと呟いたのはツァイネ。王室席の真下という特等席で、ゲートムントの試合を眺めている。その様子は、相棒の試合を楽しむというより、冷静に観察しているように見えた。
「まあ、人間同士の試合だからいいけど……いや、それでも何も鎧を着てないのはよくないな。ああいうところが裏目に出なきゃいいけど」
ゲートムントは生粋の戦士だ。お城の騎士のように、強さだけでなく型の美しさや立ち居振る舞いの洗練さを求められるようなことはない。だから、戦いの場においては勝利こそを第一として泥臭く戦うことを何よりも重視する。それは、時には鎧の力を信じて相手の攻撃を真っ向から受け止めてしまうことも選択肢に入る、ということなのだが、今のゲートムントはそのような戦い方は取れない。このような状況は、訓練の時くらいしかしない。つまり、互いに攻撃を受けることを前提に立ち回ったり、急所を狙わないと言った、過分に遠慮の入った動きになっていることが多い。もちろん、二人で訓練するときは極力そのような手心は加えないように行なっているが、それでもある程度相手の出方が分かっているもの同士の動きになる。しかし、今の試合はそうではない。
魔物や野盗など、相手の命を奪うことを厭わないような戦いではないという前提はあるが、それでも、相手が防具を着ていることを前提とした動きをとることは多く、そのような中でここまでの軽装で挑むというのは、いささか以上に無謀だった。
これは、ツァイネの目には明らかに無謀な行為に映った。
「動きやすさを重視してっていうのは嘘じゃないんだろうけど、それにしても、あれは後でお説教かな」
試合の盛り上がりを余所に、ツァイネの瞳はあくまでも冷静だった。
☆☆☆
「それじゃ、試合再開と行こうか。一気に行くぞ!」
「もちろんだ!」
試合はゲートムントの転倒で仕切り直しとなった。場の空気は少し和み、エキシビジョンマッチならではの柔らかな雰囲気も戻ってきた。
その割に二人の眼差しは真剣なままだったが、試合の当事者というのは、そういうものだろう。勝敗自体は存在するので、互いに自分が勝利するという決着を見たいのだ。
一息に駆け出したゲートムントは鋭い突きを繰り出し、ルイズはそれを剣でいなしていく。会場全体に、リズミカルな、だが鈍い金属音が響き渡っていた。
「正直、本来の装備を身につけた君と戦えないのが残念でならないよ! 本当は、もっと手強いんだろう?」
「ったりめーだ! でも、いいのか? そんな状態の俺と戦ったら、あっさり負けちまうぜ?」
どこまで本気でどこまで冗談なのかわからないような受け答えの会話が繰り広げられる。それほどまでに、互いが互いの実力を認め合い、その強さを信頼し始めていた。
「ま、そういう積もる話は試合が終わったらゆっくりしようや! 俺の本当の装備の話、色々聞かせてやっからよ!」
「それは楽しみだ! では、早く試合を片付けて、装備談義と行こうか! 私も、今身につけているこの武具一式については語りたいことが色々あってね!」
軽口を叩きながらも、繰り出される攻撃はこれまでのどの試合よりも激しかった。二人は、心の底から試合を楽しんでいる。それは誰の目にも明らかだった。終わってしまうのが惜しいという思いと早く勝利を決めてしまいたいという思いが、互いに自分自身を縛っていく。このような矛盾も、”いい試合”の条件のようだった。
「じゃあ、もうちっと本気をげていくかな! これが、実践で培った力だ!」
ゲートムントは表情を輝かせ、攻撃のピッチを高めていく。十分に本気で戦っていると思っていたルイズは、思わぬ猛攻に防御のリズムを崩していく。まさか、今までの猛攻にさらに上があろうとは。
「ちぃっと軽すぎてどうなることかと思ったけど、こいつも慣れるとなかなかだな。軽いなら軽いなりに、それを活かした攻撃ができるってもんだ!」
「その槍を、軽いだとっ!? 一体普段どんな得物を使っているというんだ!」
段々、ゲートムントの攻撃を受けきれなくなっている。攻撃は直接鎧を穿ち、じわじわと中の体に衝撃を与えていく。いい加減反撃に転じたいものだが、その糸口が見出せない。ゲートムントが言った「油断は捨てた」という言葉の意味を、今更ながら思い知るのだった。
「これが、実戦経験者の力か!」
☆☆☆
「ゲートムント、ようやく本気を出したみたいだ。油断しないって言ってる割に小手調べをしちゃうのは、本当に悪い癖だからな。命のやり取りがないって言っても、彼は思いの外強いみたいだし」
試合の行方を見ているツァイネは、内心ではやきもきしていた。ゲートムントが口先ではどう言っていても、一向に本気を見せる気配がなかったことに。試合を盛り上げるため、と考えれば納得がいかないではなかったが、ゲートムントがそこまで器用に試合ができるとも思えなかった。単純に、相手の実力を測ったり、今回の武器を手に馴染ませるために本気を出していなかったのだろう。やはり、普段使っているものより軽い武器というのは、それだけで十分に勝手が違うのだろう。
「魔物相手にああいう態度を出さないならいいんだけど、この試合に負けてもいいのかな……」
ちゃんと本気を出した今、負けることはありえないだろう。しかし、先ほどまではどちらが勝ってもおかしくない試合運びだった。たとえエキシビションマッチだからと言っても、本気を出さないうちに負けるということは相応の屈辱になるはずなのに、そうはしなかった。それがツァイネにはいささか理解できなかった。
「はぁ、長年相棒やってるし、ていうか幼馴染なのに、案外知らないこともあるもんだなぁ」
ポツリと呟き、再び意識を試合に戻す。
☆☆☆
「くそっ! このまま負けるわけには!」
ダメージの蓄積も無視できなくなってきた。相手の勢いはまだ衰える気配がない。それでも、あの時一度は捨て去った騎士としての誇りと戦士としての誇りの残滓が、このまま負けることを許さなかった。ルイズは、まだ反撃の糸口を探している。
「その目、最高だぜ! そういう目のやつと戦ってこその試合だよな! けど、こっちにゃこっちで実戦経験者の誇りがあるんでね! 意地と意地のぶつかり合いなら、ぜってー負けねぇ!」
一際大きな一撃が来る。そう予感したルイズは、その攻撃に潜んでいるであろう隙に賭けるしかない、そう考えた。それがどのようなものなのかも分からないが、とにかく、強力な攻撃には何かしらの隙が伴うというセオリーを信じるしか活路は見出せなかった。
平民出身の兵士が使うものという認識しかなかった槍という武器がこれほどまでに手強いものだと思い知らされたこの試合は、単なるエキシビションマッチ、汚名を雪ぐための試合以上の意味と価値をもたらしていた。
「これで、終わりだぁぁぁ!!!」
決着をつけるための、大きな一撃。それは、何の衒いもない、ただた勢いをつけての突きだった。
「まだ、まだ終わらせない!!」
こんなにシンプルな攻撃を見せられたのでは、懐に入って攻撃するしかない。それが咄嗟に出したルイズの判断だった。攻撃を喰らうことも厭わず、リーチの差を埋めるかの如く前進していく。
「ぐっっ!!!」
鎧が攻撃を受け止めてくれるとはいえ、その衝撃は生半可なものではなかった。まさに直撃だった。だが、それだけの代償を支払っても、懐に入れたことは大きかった。まさに手の届くところにゲートムントがいた。今まさにこの鎧を打ちつけた槍は、攻撃の衝撃で大きく弾かれ、防御もできない。
「これなら、攻撃が通る!!」
今度はルイズが、手にした剣を勢いよく振りかぶった。
〜つづく〜




