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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第十章 渾身のエキシビションマッチ
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チャプター86

〜王城 中庭竜王杯会場〜



 激しい攻防は、時として静寂を生む。攻めるも守るも決め手に欠けるような時には、互いが同じタイミングで仕切り直しを考えることがある。今がまさに、その時だった。

「相当頑張ったんだな。あの時の試合は本気じゃなかったのかもしんねーけど、今は油断したらあっという間に崩されそうだ」

「それが謙遜なのか本心なのか、読めないところが恐ろしいね。こうして応戦するので手一杯だ。あれ依頼、全然

反撃の糸口が掴めない。短い間とはいえ、かなり本気で鍛え直したんだけどな」

 ここまでの時間で行ってきた攻撃の感触を思い出してみる。八百長を持ちかけてしまった程度には自分の実力に自信がなかったが、大会期間中の修行で多少の自信はついた。それが実力相応かどうかはわからないし、今の実力で大会に挑み直してもどこまで勝ち進めたかはわからない。それでも、八百長を持ちかけるような必要は感じなかっただろうし、たとえ一般の兵士に負けたとしても清々しい気持ちになれたような気はする。だが、今相対しているゲートムントに負けることを考えると、無性に悔しいという気持ちが湧き上がってくる。今まで手合わせした誰よりも強い。それは間違いのない事実だ。強ければ強いほど、勝利を手にしたくなるし、足掻いてみたくもなる。

「っ!」

 まさか、自分の中にこんなストイックな気持ちが眠っていようとは、思いもよらなかった。貴族として、家の名誉や出世だけを目的に過ごしてきた時期もあったのに、今はそのような名誉欲はすっかり消え失せている。不思議な感覚だった。

「いい顔してやがる。それが、試合中に見せる表情か?」

「君たちのおかげだ。あのまま八百長で勝ち取った勝利を踏み台に勝ち進んでいたとしたら、間違いなく騎士としてではなく、人として品性下劣な者として終わっていただろう。あの時、ああして罪を暴かれたことで、憑き物が落ちたようだ。もちろん、悪霊のせいにするという意味じゃないよ。でも、今は心の中がすっきりと晴れている。これは間違いない。今だからこそ、君に勝ちたいと正直な気持ちで思えるよ」

 何をどう攻めても決定打にならないような相手を前に、どうやって勝機を見出してやろうか。今はそんなことだけを考えていた。むしろ、あれこれ語っている言葉の全てが、そのための時間稼ぎでしかないかのように。それほどまでに、目の前の男は強かった。

「そっか、俺に勝ちたいのか。ま、戦う以上は当然だわな。でも、俺もあっさり勝ちを譲るわけには行かないんでね、全力で立ち向かってやるから、思いっきり来い! 俺はもう、自分の方が強いなんて甘い思い込みはとっくに捨ててる……」

 殊勝な一言。だが、子供時代は地域の荒くれたちに、駆け出しの頃は街の泥棒に、自信がついてきた頃には街道の商隊や辻馬車を狙う野盗に、今は人間を狙う魔物や獣にと、幾度となく苦戦を強いられてきた。過去の経験を振り返れば、今のルイズの実力を前に、とても自信過剰にはなれないのだった。

「不利な条件で戦っていることは十分承知している。普段使いの武具だったら、私はもっと不利な戦いを強いられていただろう」

「まーまー、そんなに謙遜すんな。今のあんたは、十分強い。魔物だろうが不審な輩だろうが、十分渡り合えるんじゃねーかと思うぜ。ま、俺も十分に強いから、この試合はまだまだ終わらねーみてーだけどな。それじゃ、そろそろそ再開すっか」

 そういうと、ゲートムントは再び槍を構えた。次の攻撃が来る。ルイズも剣を構え、応戦の体勢を取る。もちろん、ルイズから打って出ても良いわけで、そのことについては思案を重ねていた。観客も、どのような試合展開になった方が喜ぶだろうか。そんなことを考えていると、余計にゲートムントの攻撃を待つのは愚策のように思えてきた。少なくとも、これは王覧試合でもあり、興業ではないものの、市民たちの娯楽でもある。少しはケレン味のある戦い方をした方がいいかもしれないし、これほどの実力を持った相手になら、負けても恥にも不名誉にもならない。そう考えれば、八百長の汚名を雪ぐための試合という名目も霞み、それでありながらふっと肩の上の重しが解けていくような感覚さえ覚えていく。なんと不思議な試合だろうか。

「今度は、こちらから行かせてもらう!」

 何も、目の覚めるような奥義があるわけではない。視界にとらえられないような俊足で動けるわけでもなければ、分厚い鉄の板をバターのように両断するような技があるわけでもない。それでも、代々に伝わる剣技は実戦での実用性から発展した流派なので、こういう戦いには強いはずだった。これまで学んできたことと先祖の意思を背負ったような気になりながら、ルイズは駆け出す。

 相手がリーチに優れた槍であるならば、こちらは小回りで勝る剣だ。それに、身軽さを重視するために鎧を着ていないのだとしても、こちらも鎧を着込んだ時の重さを基準にしたトレーニングも重ねており、十分に動けている自負はある。ならば、まだ小回りの良さは生きているはずだ。

「まずは懐に入る! 槍の穂先を抜けてしまえば、こちらのものだ!」

 先ほどと同じ攻撃パターンでは対処されるだろう。そう考えると攻撃の幅は自然と狭まってしまうのだが、勝利のためにはやむを得ない。いかに相手の虚を突くか、これも重要な戦略だった。家に伝わる流派にはあまり搦手はないため、独自に考えねばならなかった。

 先ほどのような振り上げる攻撃はもう通用しない。この状態からのタックルも選択肢にはあったが、そこからの攻撃がイメージできない。となると、今ルイズの取りたい選択は一つだった。

「はぁぁぁ、せいっ!!」

 威勢よくためを作ってから、勢いをつけた突きを繰り出す。当然槍のリーチには及ぶべくもないが、そのための接近である。この距離なら、躱されるリスクはあっても確実に攻撃が届く。当然、これは試合であり平和を脅かす悪党や魔物との戦いではない。相手の命を奪ってしまっては失格になってしまうので、綺麗にヒットしても致命傷にならないよう攻撃箇所は右の肩口を狙っての攻撃を放った。

「っ!」

 これには、さすがのゲートムントも回避するしかない。直撃しようものなら、右腕の腱をやられかねないような軌道だ。上手いこと狙ってくるものだと感心しながらも、このままでは敗色濃厚だ、なんとかしなければならない。

 ルイズの接近を許したのは、次の一手をどう繰り出してくるのかが楽しみだったのであえて許した側面が大きかったので、その先の攻撃オプションもある程度は想像できており、その中には当然突きによる攻撃も含まれていた。だから、突きが来たらどう対処すれば良いか、という脳内シミュレーションはできていたのだが、どこを狙うか、までは予想しきれていなかったので、思った以上に絶妙なラインを攻められたことで、せっかくのシミュレーション結果が活用できない事態になってしまった。

 本来であれば、槍の柄を使って跳ね上げるか、思い切り身を屈めて攻撃範囲の下に潜り込むか、という作戦を考えており、スタンダードに肩口を狙った突きであれば、この戦法は有効に働くところなのだが、ちょうど、構えている槍と肩口の狭い隙間を狙い撃ってきた。これでは、跳ね上げるのは難しいし、屈んでも自身の得物が邪魔になって剣との距離を離せない。これは流石に想定外だった。

(偶然か実力か、とにかくすげぇ!)

 感心する間もなく、その一閃はゲートムントの肩を掠めようとしていた。




〜つづく〜

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