チャプター85
〜王城 中庭竜王杯会場〜
ルイズの剣がゲートムントの右肩を切り裂こうというその刹那、槍を持つ左手を話し、右手だけを持った状態にして、柄を大きく旋回させた。遅いくる刀身を弾き返し、そのまま尻餅をつく格好になる。一方のルイズは、槍の重さで剣を弾かれたことで、わずかにバランスを崩した。
「ふ〜、あぶね〜」
咄嗟の判断だった。いざという時のため、左手だけでも応戦できるよう訓練はしてきているが、流石に右肩から袈裟懸けに一刀両断されたのでは、普段通りの戦いなど到底できるはずもない。ほんのわずかな判断で、敗北を免れることができた。
人によっては降参を叫んでいたかもしれない場面、それでもその選択を取らなかったのは、ゲートムントが実戦中心に経験を積んできたからに他ならない。魔物との戦闘経験はここ数年のことだが、それ以前から、獣や野盗、街のならずものたちがその穂先の相手だった。いずれも、相手の命を奪うことに何の躊躇もないような相手ばかりだ。降参が通用しない相手との戦いで実力を磨く中、自然と自身の中からそのような選択肢が消えていった。だから、一言「降参」と叫べばそれで終わるような場面でも、どうやったら今の局面を打開できるか、ということしか頭にはなかった。事実、あの場で降参していたとしたら、身の安全と共に、強烈な屈辱を味わってしまうことになっていた。あのような場面での敗北は、惜敗でもなんでもない。ただただ間抜けな負けでしかない。
「咄嗟のことだけど、なんとかなったか。さ、仕切り直しだな」
「あんな状態で起死回生を図ってくるとは、流石に予想外だった。これが実戦経験者か……」
ルイズもまた、勝利に向けた大きな一歩を稼げると思った場面を潰されてしまい、改めてゲートムントの実力のなんたるかを思い知らされることになった。
「これが、あの元親衛隊、いや、親衛隊最大の例外と名高いツァイネの相棒か。納得だ」
体勢を立て直した二人は暗黙の了解のごとくゆっくりと歩き、再び間合いを開けた形で武器を構え直すと、呼吸を整え、互いに強い目線を送った。
☆☆☆
「おお〜!!」
「これは面白い試合だね」
観客席のはるか上、来賓席で観戦しているエルリッヒたちは、短い時間ながら密度の濃い試合展開にすっかり興奮していた。やはり、親しい相手が参戦しているとなれば応援にも力が入るというもの。そして、ルイズの試合っぷりにも感心することしきりだった。
「あの八百長くんもすごく頑張ってるじゃん!」
「だねー。大会期間中ずっと鍛え直してたって言ってたんだけど、嘘じゃなさそうだね」
少なくとも、ゲートムント相手に手加減することはありえない。そして、ゲートムントは新たな八百長に巻き込まれるようなことにはなっていない。正々堂々とした戦いの中で、熱戦を繰り広げているのだ。鎧を着ない選択を選んだことはいささかリスキーだとは感じたが、着慣れた火竜の鎧出なければ動きやすさを重視するというのは理解できない選択でもない。それに、先ほどの攻撃であれば、下手な鎧では鎧ごと斬られていたかもしれないし、まして騎士団でも末端の兵士向けに支給されている軽鎧であれば、そもそも肩口などは守ってくれないので、上級兵士などが着ているフルメイルと呼ばれる重装でなければダメージを軽減させることはできなかっただろう。
「さっきは危うかったけど、ゲートムントは余裕で勝てるよね? エルちゃんはどう見る?」
「それはどうかな。私たちはゲートムントの友達だから勝って欲しいと思ってるし、ゲートムントが強いことも知ってるから、無意識にまだ本気を出してないって思いたがっちゃうけど、あのルイズくんも、かなり頑張ってると思うから。元々、貴族出身の棋士として訓練を積んでなかったわけじゃないんだし。観戦する立場としても、楽観視はしない方がいいと思うよ」
フォルクローレの観戦ムードに水を差すような言葉は、決して場の空気を悪くさせるために発したわけではない。どうしても、こういう試合では贔屓目に見てしまいがちになってしまうので、万が一の時のショックや失望が不必要に大きくなってしまう。それは、先々の不仲につながらないとも限らない。そう考えてのことだった。
いささか大袈裟な考えではあったが、今あの場に立っているルイズは、不確定な勝利をその手に引き寄せるために八百長を持ちかけた卑怯者ではない。犯した過ちは消せずとも、今の彼は、その時と同じ実力でも同じ心持ちでもないのだ。それは、武舞台上のゲートムントの表情からも伝わってくる。
あれは、油断していい相手ではない。
「そっかー、ゲートムントが圧勝するもんだと思ってたんだけどなー」
「それは言い過ぎ。すぐそばで見てるツァイネが何を感じてるかはわからないけど、少なくともゲートムントは装備面で大きなハンディを背負ってるわけだから、本来の実力は十分に発揮できないし、一方のルイズくんは使い慣れた武具で挑んでるわけでしょ? 見てよあの立派な剣と鎧。使い慣れた武具っていうだけでも有利なのに、すごく強そう。フォルちゃんたちが作った槍はすごくいいものだと思うけど、通用しないかもしれない」
貴族の騎士というのはいつの世もそうだ。家の名誉を誇示するために財力を尽くして豪華な武具を用意する。一流の鍛冶屋に依頼することもあれば、名のある逸品をどこぞから購入してくることもあるが、いずれ劣らぬ一級品ばかりだ。そんな武器で襲いくる相手、そんな鎧相手に戦わなければならない相手、そう考えると、一般の支給品を装備していては、どう考えても不利なのである。
今大会も、そのような背景から一般の兵士たちは実力や戦い方の差以上に装備品の差で苦戦するものと目されてきた。だから、終盤の試合は騎士たちの名誉をかけた戦いになるだろうと。実際には大きな番狂せが幾度も起こり、程よく兵士たちが勝ち残る大会となったが、それでも、装備品の差を直接乗り越えた試合はなかった。それだけは、残念ながら覆せない事実だったのである。
「む〜! あたしの作った武器が勝てないって?」
「言いたくはないけど、流石にね。あと、フォルちゃん一人で作ったわけではない。それはそれとして、何か隠し種みたいな特殊な効果が備わってるわけじゃないんでしょ? もちろん、ゲートムントの竜殺しの槍だって、その力は人間にはほとんど通用しないわけだけど、そもそもの武器としての出来がいいからどんな相手にも満遍なく強いわけで。もちろん、あの鎧が実はただの鉄製で、装飾が豪華になってるだけって可能性もなくはないけどね?」
不服そうなフォルクローレへのフォローを入れるかのように、少しだけ可能性の低い考えも口にして見せる。一応、そのような可能性もないわけではないのだ。
「た、ただの鉄の鎧相手なら勝てる! あれはそういう水準の金属だから! でも……可能性は、低いんだよね?」
「残念ながらね。だから、装備の差をゲートムントの実力が埋めてくれることを期待するんだよ。で、話が戻るけど、ルイズくんも頑張ってるみたいだから、簡単に勝てる試合にはならないだろうっていうのが私の見立てってわけ。ほら、見てよ。今も、一進一退に見える」
指差した先の武舞台では、ゲートムントとルイズの試合が再開されていた。ゲートムントが踏み込んで突きを繰り出しては、ルイズがその手の剣で受け止め、わずかな攻撃の間隙を縫うように槍のバランスを崩そうとする。だが、ゲートムントも同じ轍は踏むまいと気をつけているのか、ルイズがどのように攻撃を差し込んでももうバランスを崩すことはなく、リーチの差もあり、なかなかルイズの攻撃は通らなくなっていた。それでも、防戦一方になっていないのは、紛れもなくルイズの実力である。
「わ、確かに頑張ってる……かも」
「でしょ? ま、若干ゲートムント有利には見えるけどね。これがこのまま続くかどうかは、断言できないってところだよ」
二人の視線は、引き続き武舞台に吸い寄せられるのであった。
〜つづく〜




