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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第十章 渾身のエキシビションマッチ
84/96

チャプター84

〜王城 中庭竜王杯会場〜



 試合開始の合図とともに、二人は飛びすさり間合いを取った。剣と槍、丁々発止の鍔迫り合いが見られると思った観客たちはこの初動に面食らったが、百戦錬磨のゲートムントと一から修行をし直したルイズは、それぞれ定石に則った初手を繰り出した形を取っていた。

 槍であればリーチの差を活かしていきなり攻めて行ってもよさそうなものだが、相手の出方が見えない中であれば、やはり距離をとって出方を伺うのが無難なのだ。ましてルイズの戦いは一度見たきりであり、それも八百長試合だったので今の戦い方とは異なる可能性がある。となれば、ほぼ初見に近い相手と言ってもいい。ゲートムントの性格を持ってしても、慎重になるのだった。

「へっ、流石に最初は同じか。でも、ここから先は、実践経験者の違いを見せてやらねーとな!」

 おそらくはこちらの出方を伺っているだろうルイズに向け、槍を構えると思い切り駆け出した。それは、ルイズにとっては願ってもないことだろう。相手の出方を伺うまでもなく攻めかかってきてくれるのだから。

「うおりゃあああぁぁぁ!!」

 自分の間合いまで入ると、思い切りよく突きを繰り出す。至極シンプルな初撃だが、槍の攻撃はやはりこうでなくてはならない。アウトリーチからの鋭い突きこそが真骨頂であり基礎であり醍醐味である。線で攻めることの多い剣とは異なり、点で攻める槍の突きは対処しにくいという特徴もある。

「くっ!」

 突きが繰り出されることは予想できていた。槍と戦う際のセオリーも学び直していた。予想通りの攻撃に、どう対処するべきかという脳内シミュレーションも十分だった。はずだった。

「間に合わないっ!」

 目の前で繰り出された一撃は、ルイズの目測より幾分速かった。踏み込みも、槍の速度も。剣による打ち払いが間に合わないと見るや回避を選択する。その選択は間違っていなかったが、風圧が鼻先を掠め、前髪がふわりと跳ねる。ギリギリの回避だった。

「よく避けた!」

「あと一歩遅かったら危なかった……鍛え直してよかった。以前の実力だったら、間違いなく避けきれずに怪我を負っていた。いや、回避という選択すら選べなかったかもしれない」

 ここでも殊勝な発言。とても八百長を持ちかけたようには感じられない。すでに発生している過去は変えようがないが、何がルイズにここまでの心境の変化をもたらしたのか、さすがのゲートムントも気になった。

 表情からも、事情聴取を行った時とはまるで違う様子が見てとれる。

「今のが、実戦経験者の攻撃。このまま負けたんじゃ、一から鍛え直した意味がない! それに、躱わすことはできたんだ、それなりには見切れてる証拠! ここまで接近できていれば! せいっ!!」

「おっと!」

 突き出された槍を打ち払うように剣を大振りに振り上げた。瞬時にゲートムントが飛び退る。槍を打ち払われてしまうと体勢を崩しやすくなってしまうので、攻撃の隙を与えかねない。だから、戦いの際は可能な限り槍を己のコントロール下に置き、バランスを崩さないように気をつけていた。相手の攻撃を受け止めるのも良いのだが、全身の体重を乗せた振り上げともなると、体格に大きな差がない状態では受け止めきれない可能性が考えられた。まして、今扱っているのは初めて手にする槍である。少し振るった感覚でも、愛用の『竜殺しの槍』とはまるで感覚が違う。重量が軽いのはもちろんのこと、長さも異なるので、しっかりこれを操り切るには、もう少しだけ振り回してみる必要があった。

 全ては、街の外で夜盗や魔物との戦いも経験したからこそ。勝敗に命のやり取りが伴わない試合とは、全く異なる意識で戦いに臨んでいた。

「躱された!?」

 タイミング的にはギリギリの見極めで回避したように見えたが、ゲートムントの表情には明らかな余裕が見て取れた。ルイズは、この一撃を柄で受け止めるものと踏んでいた。それなのに、当てが外れてしまった。まさに、ゲートムントが危惧していた通りの攻撃だったわけであるが、外れてしまった。そうなると、次に体勢を崩すのはルイズの方である。

 当然、ゲートムントはその隙を逃さない。

「そらっ! バランス崩してたら死んじまうぞ!!」

「くっ!」

 体勢を崩したと言っても倒れ込むようなレベルではない。すぐさま両足に力を入れて踏ん張りを効かせると、繰り出された素早い突きの猛攻を剣を持っていない左腕で防いだ。曲がりなりにも実戦にも耐えうる武器による攻撃を防ごうというのだから、身につけている鎧がそれなりの強度を持ち、尚且つ腕もしっかり覆うタイプのフルアーマー型だからこそ可能な芸当である。

「なるほど、いい判断だ!」

 決して自分の方が上に立っているというつもりはないのに、ついついルイズの行動を評価してしまう。これがツァイネであれば、己の中に驕りがあるのではないかと自問自答でもするのだが、ゲートムントはそこまで繊細ではない。相手の行動を素直に評価しているだけなのだ。だが、今のルイズには、その一言が思いの外心に刺さっていた。

「咄嗟の行動も、しっかりと学び直したのでね! 騎士たるもの兵士の規範となるべく行動には余裕を持ち、常にエレガントでなければならない! だが、緊急時には身を守るためにこのような行動を取ることも許される! 己と、己が守る全てのものを守り切るために!」

「なるほど、それがあの時のあんたに欠けてた矜持ってやつなんだろうな! 今の方が断然いい! ま、平民の俺に言われても嬉しかねーだろうけどな! でも、言わせてもらう! 最初っからその心意気で戦ってりゃよかったんだよ!」

 ゲートムントが繰り出す鋭い攻撃は、さすがの鎧といえど受け続けるには負担が大きすぎる。鎧自体が耐えられても、腕にかかる振動は決して無視できない。段々、腕が痺れてきた。

「そらっ! このままでいいのか? このままじゃ、左腕が使えなくなっちまうぞ? せっかく叩き直した剣技もお蔵入りだ!」

「そうだな! そろそろ、心を入れ替えて鍛え直したことが無駄な足掻きじゃなかったことを証明しないとならないな! 我が家の流派には、こんな行動も含まれているんだよ!」

 相手の勢いをいなすようにして、ルイズは咄嗟にしゃがみ込んだ。そして、槍の攻撃の真下、死角を突くような場所から足払いを繰り出した。鎧を着込んでいることを考えれば、なかなかの速度である。

 これにはさすがのゲートムントも不意を打たれた形になった。攻撃を中断しつつ後退りしようとして、わずかに体勢が崩れた。そうなのだ。剣よりも長く重たい得物を振り回す槍使いにとって、ちょっと体勢を崩すということは、すなわち致命傷になりかねないのだ。

「今だ!」

 その、わずかなよろけを見逃さずにルイズは剣を振りかぶった。そして、勢いよく振り下ろす。ゲートムントは動きやすさを重視したために鎧の類は身につけていない。このままこの攻撃が当たってしまえば、どのような怪我を負うかもしれない。ましてルイズが手にしているのは代々家に伝わる名剣だ。ナマクラでも生半な量産品でもない。だが、それでもその手に迷いはなかった。ほんのわずかその腕でゲートムントの実力を垣間見てしまった今、そのような甘い手心を見せていたのでは、試合といえど勝機を失うと直感が呼びかけていた。

「うおおおおおお!!!!」

 貴族としては少しはしたないと思われても仕方のないような叫びと共に、勢いのついた剣はゲートムントの肩に降りかかって行った。




〜つづく〜

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