チャプター81
〜 王城 中庭竜王杯会場〜
「どうだな? 支給品とはいえ、なかなかのものだろう」
「は、はい! これならいい感じに戦えそうです!」
国王は密かにこの支給品の武器たちが自慢だった。自身も王家に伝わる剣術の伝承者として若い頃より武芸の鍛錬も欠かさず、武具の収集などは行っていないものの、強力な武具などへの関心は強かった。
そんな国王のこと、密かにこれらの武具を納入する際に行われた説明に目を輝かせていたのである。曰く、鉄より軽く、それでいて丈夫な、漆黒の金属でできているという。そんな話を聞かされたら、自らも奮ってみたくなるのが人情というもの。剣や槍などを振るってみて、その出来栄えの良さに思わず笑みを隠せないでいた。
とはいえ、ゲートムントはフォルクローレがインゴットを調合してから武器へと姿を変え、それを城に納入するまでの一連に立ち会っているため、珍しいわけでも初めてというわけでもない。それでも、じっくり振るう機会まではなかったので、こうして自らの得物として扱えることは楽しみだった。
「では、そろそろこの試合のもう一人の主役を呼ばんといかんな。侯爵、余はまた上の席に戻るゆえ、余が着席したらあの者を呼んでくれ」
「はっ。お気をつけてお戻りなさいませ」
ザルツラント侯爵に見送られ、国王は再び遙か高みにある国王専用の観覧席へと戻って行った。正直なところ、ここで観戦するのが一番間近で試合を見届けられるのだが、国王のために設られた席から観戦することは国王の務めと、表情には出さなかったものの、心のうちでは泣く泣くこの場を離れたのであった。
「そんじゃ、例のあいつの呼び出し、頼むぜ。侯爵様」
国王が城内に消えたのを確認するや、ゲートムントは表情を崩して侯爵に話しかけた。
「そ、そなた、急に態度が変わったな。まぁ待て。陛下も仰られたではないか。自分が席に戻ってから呼べと」
「いやー、王様がいなくなったら急に緊張が解けてな。って、そういや、そうだったな、じゃ、それまでちぃっと準備運動でもするかな。それとも、準備運動してたらハンディキャップになっちまう? お二人さんはどう思う?」
すっかり普段通りの様子を取り戻したゲートムンは、ラインハルトとアルベルトにも意見を求めた。相手が準備運動すらしていない状態で現れるのであれば、それだけでも相手に対して有利になってしまう。それは公平ではない。もちろん八百長は普通に戦っても勝てるが念の為、というスタンスでやっていた、という空気で言い訳をしていたので、準備運動程度で優劣がつくようでは八百長なしに勝てたかどうかは怪しいのだが。
唐突に質問を投げられた二人は、軽く顔を見合わせた。そして、言葉を交わすことなくアイコンタクトでアルベルトに回答の先を譲った。仮にも身分が違うということで身を引いた形だ。
「う〜ん、私は準備運動程度では気にするような差はつかないと思うけどな。むしろ、しっかり準備運動しておかないと怪我をしかねない。いや、武器を交えての試合を控えているのだから、怪我はつきものかもしれないがね」
「やっぱ、そうっすよね。俺も同じことを思いましたよ。しっかり体を温めたほうがいいと思うっす。それより、さっきの槍捌き、並大抵じゃないのが伝わってきましたよ。俺もこの大会で準優勝できたくらいだから、それなりには自信ありましたけど、今の一瞬で俺の方が負けてるって思い知りました。あれが、街の外を知ってる人の動きなんスね」
「いやいや、そんなに持ち上げんなって。もちろん全力で鍛錬は積んでるし、いろんなやつと戦ってきたから? それなりには自信あるけどよ、試合前に煽られたら危険だっつーの。せめて、試合が終わってからあれこれ言ってくれた方がありがてーな。ま、この試合で全力を出せるかどうかはわかんねーし、期待外れにさせちまうかも知んねーけど。てわけで、事前の買い被りみたいなのはなしで頼むな」
思いの外謙虚なゲートムント。それは、これから始まる試合が簡単なものなのか、それとも苦戦を強いられるのか、全く想像できないでいたからだ。魔物や獣相手であれば、ある程度気配で強さを推し量ることもできるのだが、これが人間相手となるとそうもいかない。恐ろしい牙もなければ厳しい角も生えていない。まして騎士ともなれば鎧を身に纏っており、その下の体躯が読めないのだ。一般的にパワーとスピードは反比例しがちではあるが、そのセオリーも、相手の体格を見極めてこその予測であり、穂先を交えぬままに鎧越しにそれを推し量ることは難しい。
「とりあえず、応援しててくれりゃあいいからな」
「わ、わかりました」
「……」
この試合でゲートムントが誰と対戦するのか、それはまだ一部の関係者しか知らない。アルベルトもラインハルトも知らないのである。もしかしたら顔見知りどころか親しい同僚かもしれないその相手が、果たしてどのような試合を繰り広げるのか。これには流石に固唾を飲むしかなかった。
「そろそろ、陛下が席にお戻りになる頃だな。それでは、あの者を呼ぶとするか。本来の主役のそなたたち二人は武舞台の傍ででも観戦しておると良い。座って観戦するよりは疲れるかもしれないが、特等席ゆえな」
「光栄です」
「そうだな。ある意味、一番すごい試合になるかもしれないという予感がしている……」
決勝を戦った二人は仲良く武舞台を降り、そのすぐそばに二人並んで陣取った。ここならば試合がまさに目の前で楽しめる。
武舞台には、ゲートムントとザルツラント侯爵の二人。否応なしに、観客席もざわつきが消える。
「では、皆々よろしいですな? 先ほど国王陛下も語られたように、これから始まる試合は今大会でただ一人確認された八百長試合の張本人に、その剣で汚名返上の機会を与えようという趣旨のものです。彼が汚名返上に相応しいかどうか、皆の目でもしかと見定めてください。そしてもう一つ、試合の前後は、決して罵詈雑言などは浴びせないようにお願いします。彼が汚名返上に相応しくないと判断された場合でも、騎士団の規則に則った処罰が用意されていますから」
その言葉に、静まり返っていた会場に笑いが溢れる。確かに、会場から罵詈雑言やヤジが飛び交ってしまっては、試合どころではないし、試合の雰囲気も悪くなってしまう。事前に一言添えるのは正しい。それに、騎士団の規則で罰する予定があると伝えることで、観客の感情を抑えることにもつながっていた。そして、少し冗談めかした言い方を取ることで、観客に試合を楽しむ空気を作り出した。もしかしたら、国王はそういうことも考えてゲートムントに白羽の矢を立てたのかもしれない。
「あくまでも、試合を楽しんで、その勝敗にのみ結果を見出してください。いいですね?」
見事観客のテンションをコントロールすることに成功した侯爵は、周囲を見回すと、再び静まり返った会場に咳払いを一つ響かせた。
☆☆☆
「おっ! いよいよだ!」
「ドキドキするね〜。ゲートムントのやつ、ちゃんと勝てるかな。あたしたちもあの人が本当は強いのかどうかさっぱりだったもんね」
このエキシビションマッチを楽しみにしているのは何も観客たちばかりでない。エルリッヒたちもまたその一人だった。噂には聞いていたものの、信憑性については疑わしかったものが、今これから実際に開催されようとしている。その実力をツァイネの次によく知る二人だ、もちろん勝利は信じていたが、対戦相手であるルイズの本当の実力は誰も知らない。だから、戦う前から勝利を確信することはできなかった。
「ね、エルちゃんは気配みたいなので相手の強さを感知するようなことはできないの?」
「無茶言うなぁ。もちろん気配で人が近づいてるとかどうとか、そう言うのはわかるよ? 魔物を前に強い弱いって言うのもわかる。けどねー、みんな武器だの防具だの身に付けてるでしょ? 鍛えてる体だけが強さの資本じゃないからさ、分かりにくいんだよ。目に見えない気迫、なんて言うのも強さに影響するでしょ? だからさ、この辺は当てにしない方がいいって思ってるんだ」
などとこともなげに言ってのけるが、普通の人間にできることはない。実は普通ではない会話が繰り広げられていたのである。
「仮に気配で相手の強さが分かったとしても、それで試合前からこっちが勝つ、なんて言っちゃったら面白くないでしょ? ほら、もうすぐ試合開始だよ。試合を楽しもうよ」
「そーでした。確かにそれじゃつまんないわ。野暮なこと訊いてごめんね〜。じゃ、我らがゲートムントの活躍を見よう!」
そうして、二人も武舞台に視線を向けるのであった。
☆☆☆
「それでは、ルイズ・フォン・マルクト辺境伯、武舞台へ!」
侯爵の声は、高らかに響き渡った。
〜つづく〜




