チャプター80
〜王城 中庭竜王杯会場〜
ゲートムントが名指しされたことで、二人に集まっていた注目は、いよいよゲートムント一人に集中することになった。生来お調子者の気性があるので、言いようのない快感を味わっていたのだが、国王は、それも見越していたのかもしれない。ツァイネが騎士団に知り合いが多いからと言って、八百長や審判の手心などということはあり得ない。それは、国王自身が一番よくわかっているはずなのだ。
「この者、ゲートムントは準優勝ラインハルトと同じく槍の使い手である。本来であれば、決勝を戦ったこの二人のどちらかと戦わせるつもりであったので、またとない代役であろう! いや、代役などと言うては失礼であるな。ともかく、槍の名手であるゲートムントであれば、そのエキシビションマッチをしかと盛り上げるに違いない! いや、ともすれば、あっという間に勝敗が決してしまうかもしれんがな。さあ、ゲートムントよ、ここに降りてくるが良い!!」
槍の名手とまで言われて言われたのでは、ますます調子に乗ってしまう。ツァイネはそれを少し心配に思いながらも、ゲートムントを送り出すことにした。
「ほら、陛下のご指名だよ。行って来なよ。しっかり盛り上げるんだよ」
「そりゃ、あいつの実力次第だな。八百長試合じゃその辺見えなかったし。あっさりぶっ飛ばしちまっても、そりゃ仕方ねーってもんだ。てわけで、行ってくるぜ!」
気持ちの上では今すぐ武舞台に飛び降りて行きたいくらいだったが、流石のゲートムントも怪我をしてしまうので、ここはおとなしく下へと降りていく。その一連を、観客たちは期待を込めた目で追っていた。そんなところまで観察されるのかと思うと気恥ずかしいが、有名人は辛い、と言う気持ちを初めて経験することになった。これがかつての勇者や英雄譚の英雄たちが味わった感覚だったのだろうかと思う。
逸る気持ちを抑えながら、階段を降りていく。今は丸腰だから、どんな武器を当てがわれるのだろうか、などと言うことを考えていた。まさか一旦家に槍を取りに帰る時間をくれるとは思えない。騎士団に伝わる伝説の槍みたいなものがあり、それを使わせてくれるのであればいいのだが、大方はラインハルトと同じ新しく支給された槍だろうか、と想定した。防具のことを一切考えていないあたりが、ゲートムントのゲートムントたる所以である。
そうして考えているうちに、地上まで降りてきた。軽快なステップで武舞台まで上がると、視界に国王の姿を捉え、一転緊張のあまりぎこちない動きになった。この辺りは、庶民出身兵士のラインハルトと同じである。
「ゲートムントよ、そのように緊張せずとも良い。そもそも、そなたは余と何度か会うておるではないか。まだそのように緊張しておるのか。ふむ、国王として威厳がありすぎるのも困りものだな。とにもかくにもゲートムントよ、よくぞ降りてきてくれた。改めて問いたい。余を始めとした大会運営委員で勝手にそなたとの戦いを決めてしまったが、受けてくれるな?」
ゆっくりとゲートムントの元へと歩み寄ると、静かに問うた。ゲートムントに、エキシビションマッチを戦う意思があるのかどうか。もし、色良い返事が返ってこなければ、またもっともらしい理由をつけて、今度はツァイネを狩り出す心づもりであった。
だが、その算段は杞憂に終わった。ゲートムントの表情は、とても明るかった。確かに国王を前にとても緊張している様子が見てとれるが、それでも尚明るい表情をしていたのである。それはつまり、気乗りしないどころかやる気満々ということの現れと言うことだ。これには、国王もこっそりと安堵の息を漏らした。もしもの時にツァイネに依頼するという第2プランは、できれば使いたくなかった。ツァイネは国王の目から見ても世渡り上手で、国王が戦えと命じれば戦うだろうし、なんなら国王の想定したプランの通りに戦い、勝利を収めることも、八百長同然に善戦の末に惜敗することもできるだろう。だが、それでは面白くない、八百長試合で不正に勝利を収めたルイズを実践にて処断するのが一番の目的だが、この大会の最後の試合としてひと盛り上げしようと言うのもまた事実であった。そのように言外の意図を過不足なく汲み取れてしまうような人物では、盛り上がりに欠けてしまう。そして、それ以上に、ツァイネの実力が問題だった。はっきり言って、ツァイネは強すぎた。ルイズの本当の実力はわからないが、どれだけ高く見積もっても勝機はないだろう。それでは面白くない。一方のゲートムントは、ツァイネと並ぶ実力だと紹介して見せたが、その実本当にそこまで強いのかどうかはわからない。ツァイネとルーヴェンライヒ伯爵が認める実力を持っていることと、先の魔物の襲撃時に街を守った立役者の一人であることしか知らないのだ。実力が分かりきっていて勝負にならないこともはっきりとわかる相手をぶつけるより、未知数の者同士に戦わせた方が、面白くなるだろう。そんな打算が働いた。
「も、もちろんです! 俺の実力をみんなに見せて、楽しませてやるぜ! です!」
「よいよい、それでよい。それでこそあやつの相棒だ」
回答に、そして物腰に、納得するように頷くと、再び観客にも聞こえるよう声を張り上げた。
「さて、試合に臨むための得物だが、流石に今から武器を取りに帰らせるのは時間がかかりすぎる。そこで、皆に支給しているものと同じ槍を使ってもらうことになるが、それで良いか?」
「はい! 考えていた通りなんで。あの、お城に伝わる伝説の槍みたいなのはないんですよね?」
失礼かもしれないが、気になったら訊かねば落ち着かない。つい、質問してみた。これには、アルベルトも笑いを必死に噛み殺している。そして、ラインハルトは目を輝かせているように見えた。肝心の国王はというと、一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに虚空に視線を向けると、今度はゲートムントの瞳を見つめた。
「そうだな、相手が貴族であることを理由にいい装備を身につけているようなことがあれば、不公平に思うのも無理はない。だが、すまぬな。生憎と宝物庫にはそのような槍の収蔵はないのだ。王家としても所有しておらぬしな。どこぞの貴族家で私的に持っているものもいるかもしれぬが、城としてもそのような物の目録までは把握しておらん。だから、騎士団としては、支給品の槍が一番いい槍と言ってもいいかもしれん」
「そーいうことなら、仕方ないっすね」
もしそのような槍が城内にあるのであれば、一度くらい振るってみたいと思っていたが、ないのであれば仕方がない。むしろ、使用を許可されないよりもよっぽど諦めがつく。これには素直に従うことにした。
「あー、誰か、この物に支給品の槍を」
ザルツラント侯爵が城内に手配をかける中、国王は話を次に進めようとしていた。
「武器の手配はこれで良い。次は、鎧だな。鎧も支給品の軽鎧になるが、それで良いか?」
「そうっすねー、防具はこのままで大丈夫っす。です。この方が、身軽なんで」
鎧についてもは採寸して近いサイズの鎧を用意させねばと考えていた矢先に、思いもよらない返答が返ってきた。これには流石の国王も驚きを禁じ得なかった。身の危険もあるが、観客の盛り上がりも高まったようなので、これはこれでよしとするのが面白そうだと思うことにした。
「そ、そうか。自分で選んだ判断であれば良いが、危険があるようであれば、侯爵に試合を中断させるゆえ、それは肝に銘じるように」
「はい。そうならないよう戦います」
軽い答えを返すと、観客席に向けて手を振ってみせた。ようやく、国王を前にしての緊張もほぐれてきたようだった。そうこうしていると、城内から兵士が槍を持って現れた。ラインハルトが手にしているのと同じ、フォルクローレ謹製の、ゴルトナイト製の槍だ。
「ゲートムント殿、これをお使いください」
「あ、こりゃどうも。なんか、殿なんて照れ臭いっすね。じゃ、ちょっと振り回してみてもいいですか? 少し馴染ませたいんで」
一言断ると、周りの人と距離が空いているのを確認して、渡された槍を振り回してみせた。その巧みな槍捌きは、やはりラインハルトの瞳を輝かせるのに十分で、観客もこの演武に目を奪われていた。
「よしっ、ちぃっと軽いけど、いい槍だ。いい試合ができそうだな」
ゲートムントは、準備万端とばかりに槍を武舞台に突き立てた。
〜つづく〜




