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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第九章 決勝のあと
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チャプター79

〜王城 中庭竜王杯会場〜



歓声に沸き立つ表彰式会場。国王は誇らしげに観客たちに向き直るアルベルトたちを優しい瞳で短く見遣ると、今度は観客席に視線を向けた。端から端まで、ゆっくりと、そしてぐるりと。

 これには観客達はますます沸き立つ。目が合ったかも、と思うことで、より一層国王に親しみを覚えるのである。しかし、その後、国王は急に神妙な面持ちになり、暫しの間黙ってしまった。

「……陛下?」

 この様子に、アルベルトは何事かと呟く。観客達も、何かがあるのでは、何かが始まるのでは、と次第に沈黙が広がっていった。

 観客達の沈黙が全体に広がったのを見計らうように、国王は重々しく口を開いた。

「この場に集まってくれた者たちよ、余はこの場を借りて皆に謝らねばならない!」

 その言葉に、会場中がざわめく。一体何を謝ろうというのか。しかも、このような場でわざわざ、ということは、全国民、全王都民に知らせたいというわけではなく、あくまでこの場にいる者達、多く見積もってもこの大会の観戦者に知らせたいということだ。しかし、謝るというのがよくわからない。会場一同の混乱は広がるばかりだった。

「此度、大会は素晴らしい二人の戦いによって見事幕を閉じた。だが! 極秘の調査により、残念ながら八百長による不正な試合が行われていたことが分かった。確認されたのは一試合だけでは合ったが、これはあまりに不名誉なことであり、余と大会運営委員の不徳の致すところである」

 その声も瞳も、冗談を言っているようには聞こえないし見えない。国王は、本気でそう言っているのだ。ということは、大会で不正があったこともまた事実であり、それを直接関係しているわけでもないのに謝罪しようというのだ。一国の主がそこまでの態度を示すことの意味を、一同は測りかねた。

「さて、ここからが本題である。大会の運営委員が行ったその者への取り調べにおいて、本気で戦えば決して負けないという趣旨の言葉を発したとの記録があった。そこで、この者に汚名返上の機会を与えたいと思う。ここで正々堂々試合をさせ、見事な試合を見せれば罪は不問に付す。見苦しい試合であれば、しかるべき処罰を与える。さて、観客の皆々に尋ねたい。もうひと試合、観たくはないか? 今大会がここで終わってしまうのは、物足りなくないか?」

 今の観客達のボルテージを前に、このような期待を煽り立てるような言葉を浴びせられて、黙っている者はいない。端から端、誰をみても熱狂的な歓声を上げている。これが観客達の答えだった。

「そうか、やはり観たいか。では、余はこの大会の主催者として、騎士団を預かる者として、その期待に応えねばならん! 大会トーナメントとは独立したエキシビションマッチとして、特別なひと試合を設けようではないか!」

 まるで用意してきた原稿を読むかの如く、国王はノリノリで観衆の声に応えた。できるだけ威厳のある面持ちを保とうと努めていたが、果たしてできていたかどうかは怪しい。それほどまでに、国王と観客達のテンションは同調していた。

 本来であれば八百長試合の当事者を改めて裁くための理由付けにすぎない試合ではあったが、どうせならば少しでも盛り上げてやろうというのが国王なりの心意気であった。

 そして、一通り観客達を見回すと、そのテンションをコントロールするかのように、今度は目を伏せ、神妙な面持ちを作った。

「皆の者、ありがとう。だが、ここで一つ問題がある。ここにいるアルベルトとラインハルトの両名は、先ほどまでの死闘によりすでに疲労困憊の身である。いくら彼らに及ばないことが予想される相手でも、まともに相手ができるほどの体力は残っていないだろう。ならば相応しい相手は誰か。余は考えた。幸いなことに、今大会では手練の戦士が第一試合から観戦しているではないか。その者に相手をさせれば良い、と。それは誰か! この中には顔や名前を知っているものもいるのではないか? あそこを見よ! あそこには、二人の戦士が座っておる!」

 そうして国王が力強く指差したのは、他でもない一般観客席よりはるか上空にしつらえられた来賓席。ゲートムントとツァイネの席だった。


☆☆☆


「うそー!!」

 この様子に真っ先に声をあげたのが、彼らの席から王室席を挟んだ反対側に座る、エルリッヒだった。ゲートムント達にエキシビションマッチをさせるという噂は聞いていたが、少なくとも関係者からは一言も出ていなかったし、国王とも伯爵とも話ができる位置にいて、そのような計画があれば聞かされていてもおかしくはない立場だったにも関わらず、これまで何も聞いていなかった。だから、立ち消えになったか根も歯もない噂だったのかと思っていた矢先の指名には、思いの外驚きがあった。

「あの噂、ホントだったんだねぇ」

「いや、私が驚くのも変なんだけど、びっくりだよ。王様、本当にどっちかに戦わせるつもりなんだ」

 正直なところ「楽しくなってきた」というのがエルリッヒの本心ではあったが、当人達が今頃どういう気持ちなのかを考えると、友人としては現時点では素直に楽しめないのもまた本音だった。

「あの二人、どう思ったかな」

「う〜ん、ゲートムントは待ってました! て思ってるんじゃない? ツァイネは、あんまりそういうの気乗りしないタイプ? て感じがするから、なんとか自分にお鉢が回ってこないように、て思ってるかもね」

 と、より付き合いの長いフォルクローレが代弁して見せる。だが、国王はまだ沈黙を守ったままだった。あえて注目を二人に向ける作戦なのだろう。次の発言が待たれた。


☆☆☆



「いやー、俺たち指名されちゃったな!」

「ちゃったな! じゃないよ、全く……」

 国王からの突然の指名に、初めは驚いた顔を見せたゲートムント達だったが、すぐさまその表情は変わっていった。嬉しそうなゲートムントと、面倒臭いという意志がありありと見えるツァイネ。二人の面持ちは正反対だった。

「あの噂、本当だったんだな!」

「なんで嬉しそうなのさ。いや、それは野暮な話なんだけど、どうするの? さっきの彼が思った以上に強かったら。ゲートムント、これだけの相手の前で恥をかくことになるんだよ?」

 自分のことはまるっきり棚に上げて、ツァイネがゲートムントの感情を抑えようとする。その実、ツァイネ自身は自分が戦っても決して負けるとは思っていなかった。親衛隊に入るためには、一般の兵士や家柄で指揮官に無条件に任命されるような騎士達よりも実力面で優っていなければならない。腕試しなどが実際に行われるわけではないが、その時点での騎士団員よりも強いと認められたからこその人事であり、まして退団後に様々な実戦を経験している今、負ける理由がないとすら思っていた。

 この、一見自信過剰にしか見えない自負も、客観的な評価や努力に裏打ちされたものなので、一概に自意識過剰とも言えない。ただ、ぱっと見大人しそうなツァイネがそのような自己認識を持っているということは、彼のことをよく知らない者には意外に映る。

「ちょ、お前なぁ。俺が負けるわけねーっての」

「その油断がいけないんじゃないの? 試合なら失うのは名誉だけで済むけど、相手が魔物や盗賊だったら、命の危険もあるでしょ。全く、なんでみんなが見てる中でこんな話をしてるんだろうね、俺たち」

 そうなのだ。国王が指差しをしてまで注目を集めている中するような話ではない。ここは、衆人環視の期待に応えねばならない場面だ。ひとしきりの話を終え、ようやくそこに意識がたどり着く。

「んじゃ、とりあえず拳を突き上げてみるか」

「えぇ〜? 恥ずかしいよ。ゲートムント一人でやったら? 俺はただ手を振るだけにしておくよ」

 二人はめいめいの仕草で注目に応える。それを見ていた国王は、一瞬「ようやくか」という表情を見せるも、観客が気にする素振りも見せずに湧き上がったので、すぐに口を開いた。

「さて! 彼ら二人はいずれ劣らぬ猛者である! 元親衛隊としてかつては余の身辺を守っていたツァイネ! そして、彼の相棒であり、生粋の戦士であるゲートムント! この二人のうち、どちらに戦ってもらうべきか、答えの出せるものはおるか? おそらくはおるまい。それは余も同じであった。だが、ツァイネは騎士団にも顔を知る者が多い。今回はその一点を考慮し、ゲートムントにここに立ってもらいたい!」

「お、俺!?」

 名指しされた時点で、どちらが戦うのだろうと考えていたところでの指名には、興奮を隠しきれないゲートムントなのであった。

「よっしゃー! やってやるぜ!!」




〜つづく〜

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