チャプター77
〜王城 中庭竜王杯会場〜
かくして、第一回竜王杯の決勝戦は幕を閉じた。試合の主役である二人は休息のために城内に戻っているが、会場の興奮はまだ収まらない。このあと、表彰があるだろうことを想像し、誰もが最後まで大会を見届けようという気でいるのである。
「会場の皆様! これより表彰式を行います。今しばらくお待ちください!」
ザルツラント侯爵はそう告げると城内へと引き払っていった。今、武舞台の上には誰もいない。会場の喧騒はそのままに、武舞台の上だけが静寂を演出していた。
「いやー、負けちまったなー」
「あれ、意外とさっぱりしてる? もっと悔しがると思ってたのに」
試合の行く末を見ていたゲートムントとツァイネ。二人も試合の結末についつい言葉が漏れる。だが、ゲートムントが見せた清々しい表情は、ツァイネには少し意外だった。
ここまでの試合、いかなる試合でもゲートムントは無条件に槍使いがいればそちらを応援し、勝てば我がことのように喜び、負けても我がことのように悔しがっていた。決勝となれば尚のことだろうと思っていたのが、思いの外後腐れのない顔をしていたのだから、驚きも一入である。
「んあ? もちろんめっちゃ悔しいぞ? やっぱ、槍使いが優勝する様は見たかったからな」
「ならなんでそんなに晴れがましいの?」
今のゲートムントは、悔しいと語った口とは裏腹に、憑き物が落ちたような顔をしている。負けたと言っても準優勝まで来たのが嬉しかったのか、ラインハルトの活躍に胸がいっぱいになっているのか、果たしてどのような真意があるのか。
「そっか、そんなにスッキリしてるように見えるんだな。そりゃ悔しいに決まってっけどよ、ああいういい試合を見せられたら、悔しいとかどうとか、そういうのはもうどーでもよくね? それによ、いくらなんでも俺の方が強いし? そう考えたらそこまで悔しがることもねーかって思ったんだよな」
「なるほどねー。話を聞いてもイマイチわからなくてごめんね。自分が槍使いじゃないからかもしれないけど、そこまで入れ込んでなかったからなぁ」
とは言うものの、ツァイネはツァイネで試合自体にはしっかりとのめり込んで観戦しており、内心では試合運びの分析もしていたのだが、それでも一番は彼ら二人の一挙手一投足に意識を持って行かれていた。
つまり、十分に入れ込んでいたのである。
「ま、なんつーか、いい試合だったよな」
「だね。あそこまで接戦になるとは思わなかった。どっちが勝つとか負けるとかじゃないけど」
アルベルトには圧倒的に有利だと思われた装備があり、代々伝わる流派を修めていた。後半見せた剣技などは、見るものを圧倒する鮮やかなもので、あれにはツァイネも思わず唸った。
一方のラインハルトには、槍という圧倒的なリーチがあり、平民出身の兵士ということで、家柄を気にするような余計な意識がなく、功名心もあるようだった。
そのような二人がどんな試合を繰り広げるのかと思っていたが、予想以上の接戦が繰り広げられたことに驚きを禁じ得なかった。まさに互角と言ってもいいほどの試合になるとは、誰が予想できただろうか。
「だなー。あいつ、かなりいい感じで頑張ってたよな。もちろん俺の方が上手く戦えただろうけど。それに、貴族のあいつも偉そうな感じがなくてよかったよな。ああいうやつばっかりだったいいんだけどな」
そうなのである。貴族出身の騎士たちには、一部に身分を笠に着た傲慢な者がいるのも事実なのだ。特に、それを肌で感じてきたツァイネと、ツァイネの実体験を色々と聞かされているゲートムントには、そういう手合いへの嫌悪感が強く芽生えていた。だからこそ、アルベルトのような爽やかな若者の存在は貴重であり、一層好印象に映るのである。
一方のラインハルトはというと、平民出身というだけで二人からすれば親近感の対象と言っても過言ではない。騎士団全体で見れば、貴族出身者の方がよほど少ないのだが、やはり、目立つ者には意識が向きやすい。そういう意味においても、二人からの印象はとても好意的だった。
「表彰式か、王様も出てくるのかな」
「出てくるんじゃない? せっかくの場所に陛下が出てこないってのは、ないと思う。それよりも、俺はエキシビションマッチの噂の方が心配だよ。本当に戦わされるのかな」
いつになく心配そうなツァイネ。このような場であまり目立ちたくはなかったし、正直この大会では観客に徹していたいというのが本音だった。そこへ行くと、ゲートムントの方がはるかに乗り気のように見えた。
あえて心情を探るように話題に出してみたが、嫌がる素振りは微塵も見られない。この時点で、もし本当にお呼びがかかったら、ゲートムントを推挙しようと強く心に決めたのであった。
「エキシビションマッチねー。俺だったらぜひあいつと戦いたいね。どっちが槍使いとして上なのかを見せつけてやりたい。ま、いうまでもなく俺が勝つけどな」
「ラインハルト君ね。いい加減覚えてあげようよ。あと、自己顕示欲はあんまり感心しないなー。ここは俺たちが目立つ場所じゃないんだから、もっと謙虚に行こうよ。わざと負けろとは言わないけどさ、華を持たせるって言うのは意識してもいいんじゃないかと」
自らは参戦したくないと考えている割には、ゲートムントの考えには口を挟む。ごくごく近しい相棒だからこそ許される苦言ではあるが、確かに自分がどれだけ優位に立てる実力を持っていても、それをひけらかすような戦いをしたのでは、せっかくの盛り上がりに水を差しかねない。それは、観客として本意ではないのである。
「そもそも、ゲートムントがそんなに一方的に勝てるかどうかは、わからないんじゃない? やるなら武器も鎧も同じ支給品を身につけるわけでしょ? そうなると、装備品の有利不利はなくなるわけだし、俺たちはラインハルト君と直接手合わせしたわけじゃないから、その実力の程を体で理解してるわけでもない」
「でもよー、俺たちは外で実践を積んでるんだぜ? 魔物とも野盗とも戦ってきて、城の兵士とは明らかに違う経験を積んできてるんだから、絶対実力は上だって。お前の言う、謙虚な戦い? それはまあ、意識してもいいと思うけどよ、だからってわざと互角の戦いを見せるのも変だろ? それに、ある程度はもっと強ぇ奴がいるっていうところを見せるのも、教訓になると思うんだよ。だってほら、あれだろ? この大会って、騎士団がたるんでないかを見るっつー目的もあったじゃん。その辺は俺も覚えてるぜ? となりゃ、俺があいつより強いところを見せることで、世間にはもっと腕の立つ奴がいるんだから、街の平和のためにも、魔物が襲ってきた時のためにも、もっと精進しなきゃって思わせられるってわけだ」
珍しく長々と語っているその姿は、どこか自慢げだ。頭を使って持論を展開していることで、ある種の陶酔状態のような感覚に陥っているのだろう。確かに、一見すると尤もらしいことを言っているようではあるが、これもまた、ツァイネからすれば「そう言うことではない」のである。
「ゲートムント、この大会は、そう言う目的があるのは確かだけど、街のみんなにとっての娯楽でもあるんだ、それを忘れちゃダメだよ。どう振る舞ったらみんなが盛り上がるか、それを一番に考えなきゃ。っとと、侯爵が戻ってきたね。そろそろ表彰式じゃない?」
「ったく、お前は頭が硬いなー。みんな、そこまで意識して観てねーと思うぞ。ま、どっちにしろ、表彰式で呼ばれたら喜んで行くけどな!」
二人はそこで会話を切り、再び武舞台に意識を向けるのであった。
〜つづく〜




