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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第八章 いざ決勝戦
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チャプター76

〜王城 中庭竜王杯会場〜



 ラインハルトの最後の力を振り絞った攻撃は、アルベルトの体力も強かに奪い、鎧にも無視できないダメージを与えていた。

 会場内に響き渡る金属音が、それを如実に物語る。

「くっ!! このままでは!」

「あと少し、届け!」

 もはや残っている体力はわずか。少しでも威力を上げるために、その突きは全体重を乗せて繰り出されていた。それは、もしかしたら普段以上の威力が乗っていたかもしれない。ここで、奇跡のようなことが起こった。

「なっ!」

 なんと、アルベルトの鎧が、いくつかのパーツに割れてしまったのだ。まさかの、防具の破壊である。

「やった!」

 もちろん、大会にはそれを禁じる規定はない。あくまでも試合運びの中の出来事として発生した事態ではあるが、こんなことは、大会期間中一度もなかった。

 ガラガラと音を上げながら、鎧は足元に落ちていく。個別に固定していたガントレットや下半身部分こそ無事だったが、肝心の胴当てはすっかり金属の欠片へと変貌を遂げていた。

 ラインハルトの勝利は見えた。そう誰もが思った次の瞬間、奇跡がここまでであることが証明されることになった。

「あ、あれ? ち、力が……」

 ラインハルトは、鎧を破壊したことで勢いを止めることができず、そのままバランスを崩してしまった。しかも、体制を立て直すだけの余力はもうない。

「そこが君の限界だったようだね。と言っても、十分すぎるほど高いところにあることは見せてもらったけど。これで、終わりだよ。それっ!」

 一転体が自由になったアルベルトが、こちらも最後の力を振り絞り、俊足の一撃を繰り出した。この試合で最初にして最後の、双方合わせての有効打となった。

「っ!!」

 衝撃に、ついに力無く崩れ落ちるラインハルト。勝負は、ようやくの決着となった。

「騎士たる者、奥の手はなくとも最後の一撃を放つだけの体力は残しておくものさ。とっても、鎧が壊れたことで身軽になったと言うのも、大きいけどね」

 こちらも、言い終えると同時に、力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。そして、会場全体が静まり返る中、試合の行く末を最も近くで見ていたザルツラント侯爵が、大きな一言を上げる。

「勝者、アルベルト・フォン・ゲッツェンマイヤー!!」

 その一言を皮切りに、観客たちが一斉に歓声を上げる。ようやく、この試合、そしてこの大会に決着がついた。



☆☆☆



「いやー、終わったねー。槍使いの彼が負けて、ゲートムントは悔しがってるだろーね」

「それはあると思うよ。だけど、まさか鎧が壊れるとは思わなかったよね。あれ、むしろフォルちゃんは嬉しかったんじゃない?」

 来賓席で見ていたエルリッヒたちも、興奮冷めやらぬ様子で勝敗の行方を見届けていた。どちらが勝ってもおかしくない試合というのがエルリッヒの見立てであり、そんな中で起こったわずかなきっかけが、勝負を決した。そのように見ていた。

「あ、わかります〜? あの鎧、よくわかんないけど特殊な金属使ってそうだったし、なんか豪華だったし、あれをあたしが調合した素材で作った槍が壊したんだから、スカッとするよねー。なんていうのかな、権力への反旗、みたいな?」

「いやいや大袈裟な。そこまでのことじゃないでしょ。んでも、あの槍の性能が証明されたのは間違いないんだし、また注文、増えるかもね。流石にもう手伝わないけど、そうなったら無理せず頑張ってね」

 応援しながらも、さりげなく突き放す。それがエルリッヒなりの友情の形だった。いつも手伝っていては、自分のお店がままならなくなるし、二人一組に思われても困るからだ。いつでも手伝えるのは、食事に来た時に少し気を遣ってあげるくらい、それでちょうどいいのだ。

「うへぇ、手伝ってくれないの?」

「当然。こっちだってお店があるんだから。っとと、二人がようやく立ち上がったね。注目注目」

 ゆっくりと、まるで力を感じさせないような動作でなんとか立ち上がる二人。その表情は、お互いに晴々しているように見えた。後腐れのない試合に終わって良かったと、他人事ながらもほっと胸を撫で下ろす。



☆☆☆



「いい試合だったね」

「こちらこそ。まさか、末端兵士の俺がここまでいけるとは思いませんでしたよ」

 二人は、清々しい表情でお互いを称え合っていた。一般兵士でここまで勝ち進めるとは思わなかった、貴族出身の騎士で占められると思われた大会終盤でも一般兵士が幾人も勝ち残っていて、油断ならず、番狂せも楽しめる試合運びになったこと、まさか鎧を破壊されるまでの攻撃を受けること、それら全てが、終わってみればいい思い出だった。

「しかし、この鎧がここまで見事に破壊されるとはね」

「いやー、それはあの……なんかすみません」

 足元に散らばった残骸を見ながら、それでも楽しそうな表情が変わることはなかった。アルベルトが怒った様子を見せない以上、これはそういう気持ちになる必要のある出来事ではないのだ。あくまでも試合の中のアクシデント。それ以上でもそれ以下でもない。そうして受け止めることで、少しでもラインハルトが気に病まなければそれでいい。そんな思惑も見え隠れしていた。

「気にする必要は全くないよ。でも、一応、私のために家であつらえられた、それなりに頑丈な鎧だったんだけどな。いやー、まさか、一般支給品の槍でこうまで見事に砕かれるとは。うんうん、頼もしい限りだ!」

「それは、この街の鍛冶屋がすごいんですよ。この新しい槍、ていうか武器、軽いのに丈夫で扱いやすいんです。これなら、また魔物が襲ってきても、もっとしっかり戦えますよ」

 実際には恐怖で足がすくむことも考えられるのだが、今はあまり考えないようにする。それよりも、アルベルトが本心から鎧が壊れてしまったことを肯定的に捉えているのが伺えて、ラインハルトも心底ほっとしていた。

 二人は力の入らない中握手を交わすと、そのまま両腕を天高く突き上げた。なんとなく、二人ともが勝者として引き分けたような、そんな気持ちにもなっていたのである。

「あー、二人とも、良いかな?」

 割って入ったのはザルツラント侯爵。彼には、勝者を讃えるだけでなく、大会の司会進行という重要な役割があった。どうしても、水を差すようなことをしなければならない場面があるのである。

「はい、なんでしょう」

「あ、もしかして、時間が迫ってる的なことですか? すみません、段取りを妨げちゃって」

「いや、それはいいんだが、この後の段取りを説明しなければと思ってね。一度奥に戻って服装を整えたら、再びここで表彰がある。国王陛下直々にお言葉を下される。そこで、二人には一言言ってもらおうということになっている。良いかな?」

 侯爵は事前に覚え込んだ段取りを説明していく。二人は、言われてみればこの後の流れを何も把握していなかったことに気づき、新鮮な気持ちでその説明を聞いていた。

「ええ、もちろんです」

「はい、俺も大丈夫です」

「では、着替えながら、少し休んでいるといい」

 そうして、二人を城内に帰すと、今度は侯爵が武舞台中央に歩み出て、徐にしゃがみ込んだ。謎の行動に、会場内はまた静まり返る。

 目を凝らして見ていると、彼は足元に散らばっている鎧の欠片を吟味してるようだった。その行動に一体どんな意味が。そうざわついていると、ようやく立ち上がって一声を上げる。

「会場の皆様! ご覧くださいこのあたり一面の鎧の残骸を! これこそが、今の試合がいかに死闘であったかを物語る生き証人! ここに、第一回竜王杯は勝者が決しました! 健闘を繰り広げた二人に今一度大きな拍手をお願いします! そして、国王陛下による表彰まで、しばしお待ちください!」

 その言葉と共に、会場内は再び大きな歓声と拍手に包まれた。




〜つづく〜

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