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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第八章 いざ決勝戦
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チャプター73

〜王城 中庭竜王杯会場〜



「今の、見えたか?」

「なんとかね。あれはかなり速かったよ。まさかまだあんな動きができるなんてね、驚いたよ」

 アルベルトが見せたその動きは、この場にいる全ての者を驚かせた。疲れが見えていたのは誰の目にも明らかで、ラインハルトの攻撃を防ぐことで手いっぱいのように映っていたところに目にも止まらぬ早業、驚き以外の何者でもなかった。

 それは、ゲートムントとツァイネも同じだった。

「あいつ、疲れ始めてたんじゃなかったのかよ。あんな動きができるんなら、最初から見せてりゃもう決着がついてたんじゃねーのか?」

「実力を隠してたっていうよりは、秘蔵の技ってところだろうね。真意のほどはわからないけど、ラインハルト君と互角の試合を楽しみたかったか、負担が大きいとか禁じられてるとかで、できるだけ使わないようにしてたのか。多分、そんなところじゃないかな」

 武舞台に視線を向けるとすっかり間合いが開いた両者。この距離からでははっきりとはわからなかったが、ラインハルトは驚きを禁じ得ないようだった。



「なんだ、今の……」

 誰の目から見ても明らかに瞬間的に間合いを取ったように見えた。もし、あれほどのスピードで攻撃を繰り出してきたら、とてもではないが捌ききれないだろう。勝利のための決め手に欠ける状態に焦りを感じていたが、そこに追い打ちをかけるかのような動き。ラインハルトは直感的に悟った。

(これはヤバい……)

 額から、一筋の汗が滴り落ちるのを感じた。

「予想通りの反応、ありがとう。これは、我が家に伝わる流派が持つ動きの一つ。基本的には騎士団で伝えてる王国流の剣技で戦ってるんだが、いざという時にはこちらの流派で戦うことにしている。我が家の流派は素早さに重きを置いていてね、他の戦士が一呼吸する間に2回攻撃を繰り出すことを目的として研鑽を積まれてきた。今見せたのは、そのうちのひとつ、基礎の動きさ。こうして相手より早く動くことができれば、相手を翻弄することもできるし、有利に攻撃することもできる、と言うわけさ」

 アルベルトの声は少し遠い。距離が離れていることを意識せずに話しているようで、ラインハルトは耳を凝らさなければならなかった。だが、要点は十分に聞き取れた。

(あれだけ素早いのが当たり前の流派って、なんだよ。こっちだって疲れてるってのに、あんなスピードを相手にしなきゃなんないってのか)

「そんなにすごい流派なら、最初から見せてればよかったじゃないですか! 一体なんで今まで出し惜しみしてたんですか!?」

 返す言葉はできるだけ大きく。これなら、アルベルトも労せず聞き取れるだろう。遠慮することなく思いの丈をぶつけてみた。もし舐められていたのであれば、到底許せることではない。そもそも、アルベルトはここまでこの流派を見せることなく戦い、決勝まで勝ち上がってきた。見方を変えれば自分が唯一本気を出させた相手と取ることもできるのだが、それならそれで、ここまで引っ張ったことは不可解だ。果たして、どんな答えが返ってくるのか。

「悪いが、隠し種と言うのは最後まで取っておくものだからね。戦場では極力周りと同じ流派で戦い、可能な限りその状態で勝利を収める。もしそれで制圧できなさそうな場合のみ披露することにしている。これは我が家の家訓でもある。だから、君には悪いが、ここまで温存させてもらったんだ。納得はいかないかもしれないがね」

 納得も何もあったものではない。差し当たり舐められていたわけではなく家訓に従って戦っただけだと分かったので内心のモヤは晴れたが、どこかすっきりしない思いが残っているのもまた事実だった。

(こっちには隠し種なんてないんだぞ。どうすりゃいいんだ……)

「少なくとも、ここまで披露することなく勝ち進んで来たわけだけど、決勝戦ではそうもいかなくなった。だから、ここからは本気でいかせてもらうよ。いや、さっきまでも本気だったけどね。我が家の流派をここまで披露するのは初めてかもしれない。あっという間に決着がついても、恨みっこなしだよ」

 表情が、変わった。

「っ!!」

 またアルベルトが先ほどの速度で迫ってきた。ラインハルトも咄嗟に槍を構えようとしたが、遅かった。あまりにも素早いその一撃を防ぎ切ることができず、一撃を受けてしまった。この試合初めての有効打である。

「咄嗟に回避姿勢を取ったから大したダメージじゃなかったけど、あれを毎回防げって言うのは無茶だぞ。なんとか反撃の糸口を見つけないと」

「私がこれを解禁したからには、そのようなチャンスは来ないぞ? 今のはほんの小手調べ、もう少し、速度を上げることができるからね。そら、そらっ!」

 ラインハルトが体勢を戻すよりも前に、2撃目が放たれた。やはり、早い。覚悟して攻撃を受けていても、見切れそうにはなかった。幸い、一撃はあまり重いものではなく、すぐに敗北に繋がるわけではなさそうだった。やはり、アルベルトに見えた疲労はなかったことにはなっていないらしい。もちろん、それが即反撃に繋げられるかといえばそうではないのだが、こちらのダメージが蓄積しすぎないうちに何か反撃の一手を繰り出す頃ができれば、あるいは。

「くそーっ! 全然受けられん! これじゃあ、遅かれ早かれジリ貧だ! なんとか、なんとか見出さなくちゃ!」

「だから言っただろう、ここまで見せているんだ、もはや君に勝機はない!」

 尚も攻撃は続いている。やはりあまり重くはないが、まともに防ぎきれていないことに変わりはない。

「なんとか、なんとかしなkyちゃ!!」

 一歩、また一歩と、ラインハルトは押されていた。


☆☆☆


「そらっ! そらっ! そらっ!!」

 アルベルトがここまでのスピードで攻撃を繰り出したのは、訓練以外では初めてだった。先の魔物の襲来でも、自分たち貴族出身の騎士は兵士の指揮に当たっており、直接魔物と対峙したわけではない。他国との争いがなくなった今、そう言う相手と戦うのであれば小手調べすることもなく実力を発揮して戦えるものだが、模擬戦ではそのような必要もなく、そのような機会にも恵まれなかった。もちろん、それはここまでの試合でも同じだったのだが、そうもいかなくなった。

 疲労は隠せないレベルで残っている。そこにつけいられたらという不安要素はあるが、少なくとも今ラインハルトはまともにこの攻撃を防御できてはいない。こちらの体が限界を迎える前に押し切ってしまえば、勝利をもぎ取ることはできるだろう。いや、そうしなくてはならないのだ。

「まさか、ここまでの攻撃を見せることになるとは思わなかった。それでも、見せたからにはもう負けるわけにはいかない!」

「こっちこそ、負けたくないって気持ちは同じですよ! なんとか、なんとか糸口を見つけて見せますんで!」

 語り口は強気だったが、一方的に攻撃を受けながら放つ言葉としては、負け惜しみのようにも聞こえた。だが、ここまで戦いを繰り広げてきたアルベルトには、それが負け惜しみなどではなく本気で反撃のチャンスを伺っていると言うことが強く伝わってきた。

「その気持ちは評価に値する! でも、思いの強さが同じなら、実力差が勝負を分ける!」

 アルベルトもまた、言葉には半ば強がりを混ぜていた。家伝の流派で戦うのは先ほど語って聞かせた通り、可能な限り他の騎士や兵士たちと同じ王国騎士団に伝わる流派で戦うことを旨としていたが、それと同時に、消耗が激しい流派であるのもまた事実だった。少しでも長く戦えるよう、鍛錬は欠かしていないが、それでも、長時間戦うにはまだまだ不安が残った。

 できるだけ早く、ケリをつけなくては。双方とも、内心に強い焦りを浮かべ、そしてそれを必死に隠していた。




〜つづく〜

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