チャプター72
〜王城 中庭竜王杯会場〜
「なっ!!」
その瞬間、アルベルトは時間の流れが遅くなったような感覚を覚えた。
「ここからは、俺の番です」
それからは、文字通りラインハルトの独壇場だった。ひたすら繰り出される激しい突きに、今度はアルベルトが防戦一方だ。
鋭い突きは焦点が狭い分刀身で防ぐのも難しい。疲れの色が見え始めていることは誰の目にも明らかだが、そんな体では猛攻を受けきれるものではない。一部の攻撃が鎧を掠めている。
「くっ! 鋭い!」
「そりゃあ、このタイミングをじっと待ってましたから。ああして攻撃を続けていれば、いくらあなたでもそのうち疲れてくる。そうなれば、攻撃の手も緩むし反撃の糸口も見えてくる。シンプルな作戦です。それそれっ! 防ぎきれなくなってるのがわかりますよ!」
ラインハルトも、攻撃に集中したい中で最低限の言葉を紡ぐ。それはコミュニケーションであり、戦略上の挑発であり、相手への敬意でもある。試合で戦っている以上相手は『敵』だが、決して本当の意味での敵にはなり得ない。これが、立場や生まれを理由に一般兵士を差別するような腐り切った貴族の子息なら話は別だが、今相対しているのはそういった人物ではない。それを十分の理解していればこそだ。少なくとも、この男の下でならば命を預けて働ける。それがこの試合を通じて得たラインハルトの直感的な評価だった。
「人の疲労を待つとは、考えたね。こちらは攻撃に転じた以上その手を緩めることはできない。だから攻め続けるしかないが、防ぐ方はそこまでの体力を消耗せず、まして剣による攻撃を槍の柄で防ぐのだから、さほどの苦労も要しない。ラインハルト君といったね。君はどのような経験を積んでいるのかい? 是非とも教えてほしいね」
「それは、試合が終わった後にでもゆっくりと! 今は、そんな余裕はないんで!」
手短に会話を切り上げ、再び攻撃に専念する。いくら防御の方が消耗が少ないとはいえ、体力の消耗自体は避けられない。だから、ラインハルトも全力では動けていない。そんな中での必死の攻撃は、ちょっとでも会話に気を取られていたらすぐに緩んでしまう。それこそ、アルベルトに反撃のチャンスを与えることになってしまう。一瞬の油断が命取りになる、そういう試合なのだ。
「いいね! じゃあ、試合が終わった後にでも、どこかで時間を作ろう。そこでゆっくりと話を聞かせてくれ」
「いいんですか? 俺みたいな平民出身の兵士と世間話なんかしても。家名に傷とか出世の足を引っ張るとか、そういうの、ないんですか?」
あまりに快く身の上話の会を承諾してくれたことに、思わず拍子抜けしてしまう。城内で働いていると、ふんぞり返った貴族連中の態度に触れることも多い。だから、必要最低限の話しかしないような者も見てきたし、露骨に見下してくる者も見てきた。もちろん全員がそう言う手合いでないことは十分に理解していたが、この大会でもそういった態度の悪い対戦相手はいた。だから、今こうして戦っている相手がこれほどまでにフランクに自分の話を聞いてみたいと言ってくれたことに、驚きと嬉しさが込み上げてきた。
「私は、自分が優れていると認めた相手であれば、身分や出自は気にしないよ。少なくとも、君たち平民出身者を見下すようでは、目指すような立派な騎士にはなれないからね。事実、私が指揮官として兵を率いて魔物と戦うような日が来た時、従えるのは自分より格の低い貴族出身者ばかりじゃない。君たち平民出身の兵士も編成に加わるだろう。その時、できれば精鋭揃いの部隊として第一線で戦い、民やこの国を守りたいと考えている。そうなれば、君は私の直属の部下になっている可能性だってあるだろう。残念ながら、身分の枷を取ってやることはできないがね。それでも、それを軽くすることはできるようになりたいとは考えているよ」
「やっぱ、あなた珍しい貴族ですね! 俺も、できるならそう言う人の下で働きたいですよ! 魔物がまた攻めてきたとして、どれだけ役に立てるかはわかりませんけど!」
つい、攻撃の応酬に言葉の応酬を混ぜてしまう。アルベルトには、そうさせる何かがあった。この試合は決して冷たい決闘ではない。それがお互いの中の暗黙の了解だった。
しかし、それにしても変な貴族だ。こんなに公平な目線の夢を語るとは。これには、ラインハルトもついつい調子を崩されてしまう。
それにしても、と思う。先ほどのアルベルトの猛攻は確かに激しかったが、闇雲に攻撃しているようにも見えた。これまで戦ってきた騎士たちがそうだったように、貴族は各家庭ごと流派があるものではないのか。今の攻撃からは、そのような体系だった攻撃の気配が感じられなかった。もしかして、ただ勢いに任せて攻撃していたのだろうか。だとしたら、どういう理由だろうか。こちらの攻撃を警戒して、ということなら光栄だが、もし何かの作戦だったら。いや、もしこのようにあれこれ考えさせることが目的なのだとしたら。
「どうした! 切っ先がぶれているぞ? 考え事か?」
「ええ、そうですよ! でも、全部振り切ります! あなたがどのような攻撃を繰り出してこようと、培ってきた経験で対処するだけです! その前に、俺の攻撃で処理を掴むだけです!」
アルベルトの作戦、気になることは気になるが、それについて考えることで自分の攻撃が鈍るのでは本末転倒だ。今はただ、攻撃に集中するのみ。
「いい答えだ! 攻撃の鋭さが戻ってきたな!」
「槍の本文は突きですからね! これが本来の攻撃です!」
と、強気の言葉を紡いで見せるも、このままで勝利できるほど甘くはない。先ほどの逆で、今度は自分が消耗する番なのだ。何か強力な決め手がなければ自分が疲れた頃、アルベルトに反撃のチャンスを回すことになるだろう。それだけは避けたいのだが、なにしろ決め手がない。今はただ、ハッタリだけでも効かせておかなくては。
「いい攻撃だ! この鎧がなかったら、おそらくもう負けていただろう。こういう点で我々の方が始めから有利というのは、心苦しい気はするよ!」
「そんなあなた方に勝ってこその栄誉ですよ! 強制参加で義務付けられてる以上、俺たちはただの引き立て役じゃない! こうして番狂せを演じただけでもそれなりの意義はあっただろうけど、せっかくだったら優勝を狙いたい! 武器がいい、鎧がいい、小さい頃から専門的な訓練を受けてきている、そんな騎士たちに勝つからこそ面白いし、観衆たちが楽しむんです!」
騎士による一騎打ちで終わると思われた今大会だったが、下馬票を覆す平民出身兵士たちの活躍によって、予想外の盛り上がりを見せていた。騎士団の引き締めや性根の歪んだ貴族出身者の炙り出しが重要な目的の一つとはいえ、観客を入れて開催する大会の体裁を取っている以上はエンターテインメント的な色合いは外せない。そういう意味でも今大会は成功と言えるだろう。あとは、最後をどう演じるかだけだ。もはや、この場にいる誰もがどちらが勝つかを予想できない。
「この槍は支給品の一斉入れ替えで支給された武器ですが、いい武器ですよ! 軽くて丈夫で取り回しやすくて! これなら、魔物とも渡り合えるって思いました! その武器にも、決して負けません!」
貴族衆の武器は特製なので、見た目が豪華なだけでなく、市販品や標準支給品とは性能も異なる。だが、いわゆる『特殊な金属』はそうそう産出されるものではないので、そこまで強烈な性能の武器というのはそうそう存在しない。だから、今回の武器の入れ替えはその差を埋める好機だった。
「そうだろうね! この剣も鎧も、悲鳴をあげているよ。でも、限界を迎える前に私も勝利のために一石を投じないとね! 君にばかりいい顔はさせられないよ! 家名も立場も背負っているが、それ以上に、一人の騎士として!」
防戦一方の様子を見せていたアルベルトが、その一言の後、突如として後退し、間合いをあけた。その動きは、ラインハルトの認識を超えていた。
「今までも小手調べというわけではないけれど、もっともっと本気を出していくよ!」
その表情には、この大会を楽しんでいる様子と、同時にラインハルトの実力に対する焦りが同時に伺えた。
〜つづく〜




