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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第八章 いざ決勝戦
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チャプター71

〜王城 中庭竜王杯会場〜


「動いた!」

 それまでじっとタイミングを測っていたアルベルトが、意を決したのか勢いよく駆け出した。これには会場が沸き立つ。もちろん、来賓席も例外ではなく、エルリッヒも身を乗り出してしまいそうになるのを必死に堪えていた。

「すごい猛攻だ!」

「こういうの、メッタ打ちって言うんだよね!」

 二人も思わず声を上げる。アルベルトの攻勢は、それほどまでに勢いがあった。一見すると、ラインハルトは防戦一方に見える。ここまで勝ち上がった二人だから、決して観客席から見えている通りの戦局ではないのだろうが、少なくとも、今は視界に飛び込んでくる状況に裏があるようには見えなかった。

「どうしても、槍の方が間合いが広い分懐に入られたら不利だからね。こういう時に反撃に転じるのは難しいと思うよ。さてさて、どう出るのかな?」

「ほえ〜、エルちゃん結構詳しいね。やっぱあれ? ゲートムントたちと旅してると自然と詳しくなっちゃうもん? それとも、昔の経験?」

 思わず解説めいたことを言ってしまった。この大会ではついついそういう役回りになることが多い。フォルクローレもそれなりに街の外で戦闘を経験してきているが、この辺りの知見ではまだまだエルリッヒには敵わない。なにしろ普段の攻撃手段がお手製の爆弾か杖による殴打なので、それ以外の武器は依頼があって調合する時くらいしか触れないのだ。冒険者を雇って護衛を付けることもあるが、彼らの得物についてあれこれ知識を深めようという意欲はない。いや、それはエルリッヒも同じなのだが、彼女の場合、物事に対する好奇心というものが、より幅広かった。だから、周囲の者が戦闘をするときでも、じっと観察することが多かったのである。それが、今のこの解説に繋がっていた。

「んー、そうだなぁ、いろいろ? 昔の経験もあるけど、ゲートムントたちの戦いを見てより詳しくなった部分もあるしね。フォルちゃんは、そういうのはあんまりって感じでしょ」

「お、鋭いね。その通りデス。ゲートムントたちにしろ他の人たちにしろ、戦いが起こったらおまかせだからね〜。あたしが気にするのは、爆弾で同行者に被害を与えないようにすることだけだし。でも、それは結構しっかり考えてるつもりだけどね。投げる方向、相手に気をつけたり、強力なやつを投げる時はみんなに退避してもらったりして」

 フォルクローレがどう思っているかはわからないが、エルリッヒはこの話を聞いても、そこまでの感心はなかった。むしろ、主な武器が爆弾という、あまりにも際立った個性のバトルスタイルを貫くからには、最低限意識しておいてほしいくらいの話なのである。

「あれ? 反応薄い?」

「いや、だって。フォルちゃん、悪いんだけど、それ、基本的なやつだからね? 爆弾使いなんて私も他に知らないけど、絶対必須の配慮だからそれ」

 つい、黙っているのも悪いと思ってしまった。こういう感情になった時に遠慮がいらないのは非常にありがたい。フォルクローレと接していて、本当に嬉しく思うところだ。友達相手に遠慮して言いたいことが言えないなどというのは、どうしても寂しいし、友達になりきれていないのではと感じてしまう。

「ひ、必須だったのか……てっきりあたしは配慮のできる女のつもりでいたのに。あぁ〜! これじゃあみんなに申し訳が立たない! 今まで、得意げな顔をしていたよ!」

 大袈裟にショックを受けて見せるその様子も、フォルクローレと友達付き合いをしていて楽しい点だ。本当にシリアスな時はともかくとして、普段のやりとりの中では場が重くなったり暗くなったりしない。

「い、いや、そこまで気にすることは。最低限の気遣いはできてるんだし。それより、試合を見ようよ。いつ戦局が動いてもおかしくないんだし」

「まだ攻撃続いてるけど? これ本当に戦局動く?」

 アルベルトの猛攻はまだ続いていた。パッと見る限りでは、何か明確な戦略があって攻撃しているようには見えない。一方のラインハルトも、反撃の糸口が掴めているようには見えない。ただただ一方的に攻撃を続け、一方的に防御を強いられているようにしか見えなかった。

 少なくとも、フォルクローレの目には。

「あの二人、何にも考えずに攻撃と防御に徹してるように見える?」

「まぁ、見かけ上は。や、流石のあたしも何か戦略的なこと考えてるんだろうなー、くらいは分かるよ? でも、あの様子じゃ、そんな風にはとても見えないから。それに、えーっと、剣を振ってる方、何君だっけ? 彼、ちょっと疲れてきてない?」

 そこまで見えていれば上出来だ。フォルクローレが指摘した通り、二人の攻防によって響いていた金属音に、乱れが出始めていた。それまでは一定のリズムを刻んでいたのに、今は徐々に音の間隔が開いてきている。攻撃のリズムが保てなくなってきている証拠だ。

「ま、いくらなんでもあんな攻撃を長時間続けてたら、多少は疲れちゃうだろうね。それが考えのうちなのか、考えなしに攻めて行った果ての結果なのかは、まだ見えないけど」

「ほらやっぱり見えないんじゃん。エルちゃんが思わせぶりなこと言うからてっきりしっかり考えて攻撃してるのかと思ったよ。それとも、相手の反撃タイミングも絡むから作戦が崩れてきてるってこと? んんん?」

 戦いは自分一人のプランでは成立しないから難しい。ついついそんなことを考えてしまった。フォルクローレが魔物や獣と戦う時は、もう少しシンプルに攻めてくるから、作戦も立てやすいし攻撃も読みやすい。むしろ反撃に転じてこない可能性なんて、考える必要すらなかった。

「詳しいことは、あの二人にしかわからないことだけどね。でも、今何かの番狂せが起こってるみたいだよ」

「ほへぇ。やっぱあたしにゃ難しいわ」

 フォルクローレは来賓席の手すりに腕を乗せ、遠い目をしながらアルベルトたちの攻防を見つめた。


☆☆☆


「あの二人、どう見る?」

「どうったって、なぁ」

 こちらはゲートムントとツァイネ。彼らもまた、戦況やそれぞれの作戦を予想しながらこの攻防を見届けていた。果たして二人はどのような作戦を立てながらこの攻防に臨んでいるのか。

 まさに、文字通り手に汗握る攻防である。

「まず、あの剣の男には疲れが見えてる。そんで、槍使いのあいつはそれを待ってた。てのは間違いないだろーな」

「うんうん、いいねいいね。俺も同じだと思ったよ。あと、剣の男じゃなくてアルベルト君、槍使いのあいつじゃなくて、ラインハルト君ね。そろそろ名前を覚えてあげよう」

 普段は大雑把でガサツなところの目立つゲートムントだが、戦況判断となれば話は別だ。冷静に状況を見極め、可能な限り正しく戦況を分析しようとする。その眼差しだけは、確かなものだった。ただ闇雲に槍を振るうばかりの男ではない。

「いやー、わりぃわりぃ。どうも直接話をしてない奴の名前は覚えきれなくってよー。でも、えーと、ラインハルト! ラインハルトだ! あいつは反撃のタイミングを待ってたんだろうけど、あいつ、アルベルトの攻撃がすげーからなかなかタイミングがなくて、どうせなら疲れるまで辛抱しよう。てとこだったんじゃね?」

「うん、その線は強そうだね。真偽の程はわからないけど、疲れてきてるのは確かだろうから、いよいよラインハルト君の反撃じゃないかな」

 まだアルベルトの攻撃は続いているが、少しずつその手が緩んでいることは、一般の観客にも気づかれつつあるだろう。どこまで魅せることを意識しているかはわからないが、疲れをみせることは好まないはずだ。そういった事情をどうリカバーしてくるのか、ツァイネはそんなところにも注目していた。

「この試合、まだまだ楽しめそうだよ」

「だな」

 鳴り止まない観客席の歓声に応えるかのように、ラインハルトの槍がアルベルトの剣を跳ね除けた。




〜つづく〜

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