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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第八章 いざ決勝戦
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チャプター70

〜王城 中庭竜王杯会場〜



「そらそら! 防戦一方になってるぞ!?」

 反撃に転じたアルベルトは、軽快な動きで斬撃を繰り出していく。特殊な金属でできているのか、製法に工夫があるのか、美しい長剣を軽々と振るっている。一方のラインハルトは、槍の柄を使って巧みに受け止めていた。見ている多くの観衆には伝わっていないが、これをもれなく受け止められるだけでも、並の戦士ではないという証なのだ。

(くっ! 素早い! 攻撃を受けるだけで精一杯だ!)

 小気味の良い金属音がリズムよく響き渡る。騎士団で行われた兵士の武器の刷新プロジェクトのおかげか、これだけの攻撃を受け止めても柄には傷ひとつ付いていない。これだけの激しい攻撃を受け続ければ、以前使用していた槍であれば、とっくの昔に折れていたかもしれない。

 相手の攻撃を受けてみる、いわば小手調べの意味合いを持っての防戦ではあったが、自分の間合いで戦えていないことへのもどかしさは募るばかりだった。本来、剣に対しての槍というのは相手のリーチの外から攻撃できることに最大の強みがある。それを、あえて相手の間合いまで踏み込ませているのだから、我慢や辛抱といった言葉では片付けられなかった。

「いつまでもやられっぱなしじゃありませんよ!」

 言葉尻では強くのコメントを返しながら、この攻撃を受けているタイミングで、なんとしてもその癖を掴み、反撃の、嫌さ勝利の糸口を掴みたいと思っていた。アルベルトにとっても小手調べの意味合いのある攻撃だったが、互いに様子見をしていることがわかっているため、ラインハルトの目論見はお見通しで、アルベルトとしても手の内を見せない攻撃に終始していた。

「威勢のいい言葉だ! だけど、今のところは口先だけになってるようだね! まずこの剣戟の牢獄から抜け出せなくては何もならないんじゃないかい?」

「そうですね! でも、こういうことも、できますよ!」

 剣城が振り下ろされるその一瞬を突いて、手にした槍を両手で旋回させた。バトンでも回すかのようなその動きに、アルベルトは咄嗟に手を止めた。槍使いがそのような動きを取ることは知っていたし、実際に目にしたこともあったが、何しろ相手はここまで勝ち進んできたラインハルト、それがどのような行動の起点になっているかと思うと、決して油断はできなかった。

「名付けて旋風槍! 珍しいことじゃないですが、意表を突くには十分です。事実、あなたは剣を引いた。それだけできれば、目的は十分果たされました」

「た、確かに、私は剣を止めたし、間合いも取った。狙いはこれか。伊達にここまで勝ち進んだわけではないということか」

 反撃の起点に繰り出したと思わせ、その実そこまでの行動ではなく、相手の攻撃を止めることまでが目的だった。咄嗟にそこまでは読み切れなかったが、そのまま攻撃を続けていても、痛手を被っていたかもしれない。引いたのは正解だったと、自分に言い聞かせる。




「今のはいい判断だったな」

「どっちが? アルベルトくん? ラインハルトくん?」

 来賓席で観戦しているゲートムント達が、先ほどの一幕に思わず感想を零す。ゲートムントは第一回戦からラインハルトに肩入れして応援していたのを知っているが、咄嗟に攻撃を止めたアルベルトもまた賢明な判断だったと言えるので、ついつい聞き返してしまった。

「そりゃ、ラインハルトに決まってんだろ。と言いたいとこだけど、確かにあいつもよくあそこで止めたな。もしあのまま斬り込んでたら、剣を弾かれて終わってたかもしれねぇ。もちろんそこまでヤワじゃねーだろーけど、普通の兵士なら間違いなくそうなってただろうな」

「俺が訊いたこととはいえ珍しいね、ゲートムントが槍使いじゃない人を褒めるなんて。ああいう槍の振り回し方、確かゲートムントもするよね?」

 これまで長い間ゲートムントと共に戦ってきたツァイネが、思い出しながら確認を入れる。同じ動きを見せたのは一度や二度ではなく、決まって相手は魔物ではなく、盗賊のような人間だった。

「ま、人間相手にしか通じねーから、誰にでもってわけじゃねーけどな」

「??? どういうこと? 威嚇とか牽制とか、魔物相手にも使えるんじゃないの?」

 百戦錬磨のツァイネといえど、槍使いの考え方やセオリーに通じているわけではない。こういった、槍使いならではのことについては都度ゲートムントに教えてもらうことで知見を得てきた。持つべきものは相棒である。

「魔物なー。魔物は頭はいいんだけど、人間とは知恵のつき方が違うから、ああいうのには反応しねーんだよ。それに、人間より重たいのが真正面から襲ってくるって考えてみろよ。あの動きじゃ何にも防げねーんだわ」

「なるほどねー。面白いなぁ、槍ならではのセオリーって感じがして。そういうの、剣で戦ってると知らないことばっかりだよ」

 腕組みをしながら感心する。ゲートムントはどちらかというとあまり考えて戦っている印象のない、いわゆる"脳筋"寄りに見られがちなのだが、命のやり取りもある実戦で勝ち抜いていくためには頭を使わないわけにはいかない。細かいことを考えることは苦手なので直感で補っているが、それ自体もあれこれ考えながら戦った経験が土台にあってこそなのだ。

「騎士団にも槍使いは色々いたんじゃねーの? そいつらからも色々聞いてても良さそうなもんだろーに」

「ん? まぁ、騎士団時代にも槍使いの同僚はいたんだけどね。ゲートムントほど親しくはなかったし、ゲートムントの方が実力も上だしね。教えてもらうならゲートムントの方が気安くてよりためになるよ」

 二人は幼い頃から一緒に過ごしてきた間柄だ。騎士団に就職してから出会った同僚も、訓練で苦楽を共にした仲間ではあるが、積み重ねてきた時間が違う。そこへ来て実力が上などと言われたのだから、流石のゲートムントも気恥ずかしい。

「お前にそう言われると照れるな」

「照れないで。正当な評価をしてるだけだから。さ、試合を見届けなきゃね」

 話をしていると試合に集中できない。二人は再び意識を武舞台に戻した。


☆☆☆


「よし……」

 アルベルトの間合いを離すことには成功した。ここからが試合の立て直しだ。アルベルトの得意な間合いはラインハルトの間合いよりも狭い。攻め込まれたら先ほど以上に防戦一方の展開になることは目に見えている。なんとしてでも自分の間合いでの試合展開に持ち込まなければ。

 だが、それは相手型も同じだ。今頃は、どうやって間合いを詰めるかを考えていることだろう。


「咄嗟にあんな攻撃を出してくるとは恐れ入った。伊達にここまで勝ち進んでないな」

 息を整えながら、アルベルトもまた次の作戦を考えていた。素直に考えれば剣で槍の間合いに入り込むのは至難の業だ。もちろん一般兵士が相手であれば、実力差でどうにでもなる。だが、同じ一般兵士でも今対峙しているのはここまで勝ち進んだラインハルトだ。数値化できるものではないが、実力差は無視できないほど拮抗していると考えるのが妥当だろう。だからこそ、ここからの攻め方はしっかりと組み立てなければ、アウトレンジから一方的に攻撃されることは容易に想像できた。

「幸い、防具の力はこっちの方が上だけど……」

 それだけを頼りに押し切るのは難しい。やはり、綿密に作戦を立てなくては。だが、頭の片隅では、そうやって作戦を練っている自分に少しばかり苛立ちを覚えていた。格式ばった騎士としてではなく、いち戦士として、何も考えずに突っ込んでいきたいという思いが捨てきれないでいたのだ。

「……」

 しがらみなく体面も気にせず戦士として戦えるラインハルトが、羨ましくすらもあった。

「向こうも攻め手を考えてるところだろうか。私がどう攻めて来るかも含めて」

 観客は今こうして思案している時間も楽しんでくれているのだろうか、それとも、ヤキモキしているだろうか。つい、そんなことを考える。それすらも、騎士としての煩わしい考えなのだが。

「迷っていても、試合は動かない、か」

 腹を括る時が来たのかもしれない。手にした剣を今一度強く握り直し、ラインハルトを遠目に一瞥した。

「よし!」

 アルベルトは、勢いよく駆け出して行った。




〜つづく〜

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