チャプター69
〜王城 中庭竜王杯会場〜
武舞台の中央に歩み出た二人は、言葉を交わすこともなく、睨みを効かせることもなく、ただじっと、穏やかな表情のままで視線を交わしていた。
「それでは、両者準備はいいですね?」
「ああ」
「大丈夫です」
ザルツラント侯爵が確認する。確認すると言っても、それはあくまで心の準備を問うたようなものだ。それ以上に準備するものはなく、それとてこの場に立った以上、もはや覚悟はできており、改めて訊くようなことではない。もはや、単なる式次第でしかなかった。
「では、両者構えて」
静かなひと言を受け、二人はその手の中の得物を構える。会場全体に、緊迫した空気が漂った。
「それでは、試合開始!」
いよいよ告げられた決勝戦開始の合図。二人はいきなり鍔迫り合いに臨むようなことはせず、示し合わせたかのように間合いを取った。そして、少しの間武器を構えたままじっと相手の様子を伺う。互いに、どちらが先に動くかを測りかねていた。と同時に、もし自分が先手だったら、後手になってしまったら、どう対処するべきか、それを頭の中でシミュレーションさせていた。
会場の一同ととともに、舞台から降りたザルツラント侯爵も、固唾を飲んで見守る。
(両者、睨み合ったまま一歩も動かない! これが強者の読み合いか! とか言いたい!)
実況したい欲を必死に堪えながら、邪魔にならないように観戦している。そもそもザルツラント侯爵が任命されたのは、話が上手いとか会議の場でたらい回しに遭ったとか、ましてや爵位が低いからとか、そのようなことではなく、単純に担当を決めるくじのようなもので『当たり』を引き当ててしまっただけなのだ。しかし、この大役を引き当ててしまったことで普段の職務から解放され、連日観客の歓声を浴びる中で、すっかりこの仕事が楽しくなっていた。だから、終わってしまうことの寂しさとともに、せっかくだからこの試合を実況したいとすら考えるようになっていた。
誰一人、そんな思いを知る由もなく、今はただ、安全のためという目的で決められた『試合を邪魔しないように舞台から降りて見守るべし』というルールに従うしかないのであった。
「はぁ、もどかしい……」
静かな中にも強烈な思いの込められた呟きは、誰にも聞かれることなく、会場の空に消え去った。
「……」
「……」
ザルツラント侯爵の思いを余所に、二人の睨み合いは続いていた。大会初期であれば、観客たちが痺れを切らして野次の一つも飛ばしていたかもしれないが、そこはこの大会をずっと見てきた者たち、お互いに無策で飛び込めないためにタイミングを測っているのだと十分にわかっていた。互いに強者、ならばこの読み合いにも大きな意味があり、ここを制することが試合の流れを大きく左右すると、誰もが理解していた。
しかし、このままでいいとは思っていないのも両者に共通した意識。難しい読み合いが続く。
「……」
「……っ!」
沈黙を破り、先に動いたのはラインハルトだった。長い槍の穂先をアルベルトに向け、思い切りよくかけだしていった。これには、観客たちも思わず声を上げる。
「おおっ! ついに動いたか!」
「やれーっ!!」
「負けるなーっ!!」
観客たちの声が二人の耳にも入ってくる。否が上にも、気持ちは昂っていく。
「たぁっ!」
ものすごい速度で相手の目の前まで駆けると、その勢いのままに鋭い突きを繰り出す。アルベルトは手にした剣でそれをいなす。
鈍い金属音が会場中に響き渡る。それは、観客たちの熱狂に拍車を掛ける合図となった。
「まさか、君が先に動くとはね!」
「槍はリーチがありますから、あなたがどう反応しても対処できると踏みました」
ここへきて、ようやく二人は言葉を交わす。言葉のやり取りも、この場では重要な駆け引きだった。うまくいけば、それで相手の攻め手を緩められるかもしれない。言葉の通じない魔物相手には意味をなさないテクニックだが、人間相手の戦いであれば、重要な戦術なのだ。と言っても、ラインハルト自身は人間同士の戦いが起こることを願っているわけではないのだが。
「流石にここまで勝ち進んで来ただけのことはあるね。シンプルだけど堅実な考え方だ。それに、この突きもいい! 初撃を剣でいなすことはできたけど、まだ腕に痺れが残ってるよ。こんな相手と戦えるなんて、光栄の極みだね!」
「こちらこそ! あなたのような身分も地位も実力もあるような方にそんな風に言ってもらえて、光栄の極みです! 少なくとも、嘘でもお世辞でもないって伝わりますから!」
言葉を交わす間も、激しい突きを繰り出し続ける。アルベルトはそれをことごとくいなしているが、いかにも貴族が使っていそうな豪奢な剣だからこそ、いとも簡単にいなすことができているのだ。これがなまくらとまでは言わずとも、従来一般の兵士に支給されていた鉄製の剣だったなら、今頃はとっくに刃こぼれしていただろう。下手をしたら、曲がっていてもおかしくはない。それほどの鋭い攻撃だった。
「私たち貴族出身者は立場上指揮官として君達の上に立つことが多いけど、これほどの実力の持ち主がいるというのは、実に心強いよ!」
「それはどうも! 俺も、あなたのように強くて誠実な人が指揮官だったら、安心して戦えますし、守れます! でも、今この場では、そういった礼節は脇に捨てさせてもらいます!」
激しい連撃を締めるかのように、一歩深く踏み込んでの一撃を放った。
「なっ!」
”そういう攻撃”が来るかもしれないということは頭の中で想定していたものの、対処できなかった。
「まさか、この試合での一撃目を君が与えてこようとはね」
想定を超える速度で放たれたその一撃は、アルベルトが防御体勢をとるよりも速く、その鎧を穿っていた。
「ここまでの試合で見せていた攻撃よりも速いじゃないか。まさか、今までは本気じゃなかった、なんて言うつもりはないだろうね」
「ありませんよ。ただ単純に、今までの試合で研究されてるだろうって思って、試合のない日に上官にお願いして自主練の時間を取らせてもらってたんです。もっと速い一撃を繰り出すために。短い期間の特訓だったけど、その成果が出ただけですよ」
流石にアルベルトの鎧に傷を付けることは叶わなかったが、それでも、最初の一撃を与えたという事実と、鎧から伝わる衝撃は紛れもなくラインハルトの手柄であった。一般兵士がここまで貴族出身の騎士と伍するとは。それは、今大会で何度も見せつけられた快哉、あるいは屈辱の最たるものだった。
「いい一撃だ。本当に頼もしい。だが、私とてこのような場で、やられっぱなしということはないよ。伊達にここまで勝ち進んできたわけではないしね!」
目の色が変わった。ラインハルトは咄嗟に飛びすさり、間合いを取る。ここまで防戦一方だったのは、あるいは本気だったのかもしれないが、どこか小手調べをされているような感覚があった。おそらくは、その小手調べが終わったのだろう。いよいよ、反撃開始というわけだ。
「そうですね。あなたの攻撃もないと、試合が盛り上がりません。槍が遠距離からの攻撃以外にも有利というところを、見せてあげますよ。さあ、来てください」
そちらが小手調べを行ったのなら、こちらも小手調べをする番だ。まさにそう言いたげな様子で、アルベルトからの攻撃を促した。
「様子を見るだけでは、終わらないかもしれないぞ? 後悔しても、遅いからな」
「もとより後悔などありません。それに、生易しい攻撃がこないことくらい、想定済みです!」
二人は短く睨み合うと、今度はアルベルトが剣を構えて駆け出した。
〜つづく〜




