チャプター68
〜王城 中庭竜王杯会場〜
「えー、大変長らくお待たせしました。これより、決勝戦です」
武舞台中央のザルツラント侯爵が静かに告げる。国王の異例の謝罪に、先ほどまでざわついていた観客席が、再び静まり返る。
「対戦相手の二人を呼びましょう。アルベルト・フォン・ゲッツェンマイヤー、そして、ラインハルト・ハインツ。両者、舞台上に」
これまで、興奮混じりの叫びと共に選手を呼んでいた侯爵も、決勝ということで静かに二人の名前を呼んだ。直前までどのようなテンションで二人を武舞台に上げるか悩んでいたが、会場が水を打ったような静けさに包まれたのを受け、落ち着いたテンションで行くことを決めた。ここは決勝戦、あくまでも、厳粛に。
観客たちの見守るような様子も、侯爵の静かな言葉があってこそだ。
「いよいよだね、エルちゃん」
「うん……」
ここまで大会を見守ってきた二人も、流石に緊張する。まるで、ゴクリと固唾を飲む音すら響いているのではないかと思うほどだ。
程なくして、武舞台の奥から二人が現れた。
「おっ?」
「なるほど、そうくるんだ……」
武舞台に現れた二人を見るなり、会場中がざわめき始めた。それもそのはず、二人とも揃ってこれまでとは違う鎧に身を包んでいた。おそらくは決勝用のおめかしといったところだろうが、大会期間中の記憶に焼きついた姿とは異なる二人に、戸惑いを隠せない。
アルベルトは深蒼の、まるで抜けるような青空を写したかのような色の鎧だ。いわゆるフルメイルに当たるもので、元々そういう作りなのかわざとそういう着こなしをしているのか、兜は被っておらず、顔はよく見える。おそらくは、貴族出身として彼または彼の家が所有する最も格式の高い鎧なのだろう。だからと言って、儀礼用の鎧によくある過度に装飾の施されたある種下品さを覚えてしまうようなデザインではなく、金の縁取りや家紋と思しき浮き彫りなどはあるものの、意識してさりげなく施されているようだった。
「あれはいい鎧だよ」
「おま、見てわかるのか?」
エルリッヒたちの席から国王一家の席を挟んだ反対側、同じように武舞台の二人を見ていたツァイネがポツリと呟いた。そこまで目利きのする方ではないゲートムントは、目を丸くするばかり。
「うん、大体はね。鎧ってさ、どんな材質で作られてるかっていうことと、どの程度の厚みで作られてるかっていうのは大事でしょ? あとは、関節の動きを妨げない設計になっているかどうかと、どの程度の重量か。ううん、正確には、着る人の筋力に対して御しきれるだけの重さに留まっているかが大事なんだけど、まず、動きを妨げないようしっかり関節部が開けられてる。実戦じゃ、できるだけ多くの面積をカバーすることも防御力につながるけど、それ以上に相手の攻撃をしっかり受けたり避けたりできる機動性の方が重要になることも多いんだ。その辺はゲートムントも知ってると思うけど」
「いや、そうだけどよ、今の説明に出てきた素材と厚みまではわかんねーだろ。あの青い色だって、そういう金属なのか塗装なのか、わかるのか? 少なくとも、俺にはさっぱりだ」
吸い込まれそうなほどの美しい蒼。それは、同系統の色をした親衛隊の鎧ともまた異なる色味を放っており、見るものの目を釘付けにする。少なくとも、実利優先で作られた鎧でないことは誰の目にも伝わる。だが、その分だけ、実利面、いや、実践面での機能については読めないところが多い。これは、自分の戦士としての経験だけではなかなか培うことのできないものだ。
「お城じゃ、貴族連中は思い思いの豪華な鎧を着てるからね。そういうのを見てると、だんだん目が肥えていくんだ。あれは間違いなく、塗装じゃなくてああいう色の特殊な金属だよ。おそらく、刃物で傷付けても中から銀色が現れるってことはないはずだ。俺たちが着てる鎧とも違う素材のようだから、どこかで金に糸目をつけないルートで手に入れたんだろうね。今まで見てきた中だと、ああいう色をした金属は、大体が見た目よりも軽い。それに、昨日までの姿と比較しても、特段太くは見えないから、厚みは通常通り。間違いなく、名実揃ったいい鎧だよ」
「お前がそこまで言うんだったら、そう言う鎧なんだろうな。けど、そしたらあいつ、ラインハルトは不利なんじゃないか?」
いかに彼が槍の名手だったとしても、そのような強固な鎧を突き崩すことは難しいはずだ。一方、丈夫で軽い鎧などという反則のような防具に守られている相手では、いかにリーチで有利といえどもアドバンテージを生み出しにくいはずだ。
とはいえ、そのラインハルトも、準決勝までとは打って変わって少しだけ立派な鎧を着ている。
「ラインハルトくんが一方的に不利かどうかは、やってみないとわからないと思うよ。ここまで勝ち進んできた実力は伊達じゃないしね。それに、彼は彼で今までよりいい鎧を着てるようだし。あれは、騎士団でも中隊長クラスの兵士が着ることを許されてる鎧だ。上官に贈られたか、昇進でも約束されたか、とにかく、こっちも決勝に向けて手を入れてきたって言うことだけは間違い無いだろうね」
「で、いい鎧なのか? あれ」
やはり遠目に見るだけでは判別のつかないゲートムントは、こちらもツァイネに尋ね、蘊蓄を求める。ツァイネの騎士団で培われ、ギルド所属の戦士に下野したことでさらに育っていった鑑定眼は、講釈を聞いているゲートムント自身も頭が良くなったような気にさせるものだった。
少なくとも、銀色の軽装鎧としか判別できない以上、『前よりは丈夫そうだ』という雑な感想しか吐き出せないゲートムントには、とてもありがたい解説書のような、教科書のような存在だった。
「あの鎧は、鉄に特殊な銀が混ぜてあるんだ。その特殊な銀は、産出量もあんまり多く無いんだけど、それ以上に単体で武具を作ってもそんなに丈夫な代物じゃない。でもね、他の金属に混ぜると、その性質が結び合って軽くて丈夫にさせるらしいんだよ。あと、炎にも強い、なんていう噂もあったよ。魔物の吐く炎とか、魔王時代の火の魔法なんかには有効だったのかもね。で、軽装だから、兎角リーチの長い槍使いの行動範囲を妨げない。ほら、立派な肩アーマーなんかがあったら邪魔でしょ? それに、何にどう有効なのかはわからないけど、一応教会で清められた聖水で清めてあるから、神のご加護も付加されてるんだ。一応、安全祈願ってことみたいだけど。とはいえ、あっちのアルベルトくんもそうだけど、前線から遠のくほど立派な鎧を着られる仕組みには疑問を禁じ得ないけどね」
「……違いねぇ」
二人は前線に立ちながら丈夫な鎧を好きに着られる今の立場のありがたみを実感するのだった。
「あの二人、ていうかツァイネの鎧講座、ためになる……」
「え、なんのこと?」
人間以上の聴覚で先ほどの男二人のやりとりを聞いていたエルリッヒ。ついつい感想を口にしていた。なんのことだかわからないフォルクローレが、覗き込むように疑問を返す。席の離れている男たちには知る由もないやり取りだった。
「いや? あの二人の新しい鎧について、ツァイネが色々語ってるのが聞こえちゃってね。フォルちゃんも聞く? 覚えてる今なら、それなりに正確に解説できるよ?」
「いいよいいよ。決勝だから気合い入れて今までよりいい鎧で臨んできたってことでしょ? あたしには、それだけが間違ってなきゃそれで十分だよ」
こともなげに言ってのけた様子に、エルリッヒも穏やかに一息吐いた。
「ま、それはそうだね。うん、その通りだ」
〜つづく〜




