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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第八章 いざ決勝戦
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チャプター67

〜王城 中庭竜王杯会場〜



「王様! 今までどこで何してたんですか!?」

 唐突に会話に割って入ってきた国王の姿に、エルリッヒたちは二重の驚きを隠せなかった。最終日開会の式辞を述べた後、城内に戻ったかと思えば、そこそこ長い時間なんの音沙汰もなかったのだから。

 考えられるのは、お手洗いに篭っていたか、誰かと話し込んでいたか、急に体調が悪くなったか、あるいは、何か大事があったか。隣に座っているフォルクローレをはじめ。周囲の観客たちがそんなことを考えていたかどうかはわからないが、少なくともエルリッヒはそのようなことを考えていた。

「いやすまぬ。ルーヴェンライヒ伯と話し込んでしまってな。皆を待たせてしまった。だが、余が席に戻ったからには、もう試合開始だ。案ずるが良い」

「は、はぁ」

 あまりにも呑気な様子に、ついつい生返事を返してしまう。不敬と知りつつも、このような反応しか返しようがなかった。隣のフォルクローレも、呆れ顔を隠せないでいる。もちろん、突然の国王の姿に驚きのあまり固まっているだけかもしれないのだが、ポカンと開いた口からはその真相を窺い知ることはできない。

「父上、その者たちだけでなく、我々と観客全員にも、何がしかの説明をするべきでは?」

「フ、フランツ! 痛いところを突きおる。そうだな、確かに、それが良いかもしれぬな。さて、ここから話しかけてどれだけの者に届くものやら……」

 なかなか戻ってこないことに気を揉んでいたのはエルリッヒたちだけではない。王子フランツもまたその一人だった。今日は決勝戦ということもあり、気合を入れて儀礼用の白銀の鎧まで着込んできたのだ。こんなあまりにも個人的な用件で試合開始が遅れたとあっては国民に示しがつかないとすら考えていた。だから、つい口を挟まずにはいられなくなってしまったのだ。しかし、それはフランツだけではなかったようで……

「国王たる者の御声に耳を傾けぬ者など、国民にあらず。親衛隊に捕縛させ、首を刎ねて仕舞えばいいではないですか。ねえお兄様? 貴女たちも、そう思うでしょ?」

「ゾフィー。そこまで過激な思想は持っちゃいないよ。というか、そんなにあっさり国民の首を刎ねてたら、国は成り立たないよ。冗談でも一国の王女がそんなことを口にするものではないよ」

「そ、そうですね。私たちも、そこまであっさり罪人扱いで処刑されるのは流石に嫌ですね……ドキドキ」

「エルちゃんはまだどうにでもできるだろうからいいけど、あたしはか弱い娘だから、本当にそんな国になったら逃げ出すしかないよ。まさか王女様がこんなに過激な考えだったなんて」

 こともなげに暴君のなことを言ってのけた王女ゾフィーに、二人は恐れ慄いた。大会初日に話をした時も、少しばかり言葉尻に棘を感じていたのだが、まさかこんなことを言おうとは。その表情を見ても、とてもではないが冗談を言っているようには見えない。今日身に纏っている真紅のドレスが、まるで無数の棘を持つ薔薇の花のように、そして首を刎ねた国民の血で染められているように思えてならなかった。

「ゾフィーよ……なんと恐ろしい……」

 これには、さすがの国王も絶句する。

「ちょ、ちょっと! 何真に受けていらっしゃるの? そちらの二人はまだ私のことをよくご存知ないから無理もないにしても、お父様とお兄様まであんな冗談を本気になさるなんて。私が大事な国民に対してそのようなこと、考えるはずがないじゃないですか。それよりも、ここでこうして話している時間が惜しいのではありませんか? お兄様の言うとおり、早く観客たちに一言言っておあげなさいな」

「冗談だと? 冗談では済まされぬような気もするが、確かに早く試合を開始せねばならぬな。では、この喉にもうひと頑張りしてもらうとするか」

 国王は咳払いを一つすると、ゆっくりと立ち上がった。観客席よりも高い位置にある貴賓席でも、国王の席は最も高い位置にある。そこで立ち上がった国王の姿は、まさにこの国の象徴であり最高指導者という印象を与える。国王が着席したことでいよいよ試合が始まるかと思えば、また新しく話し始めたので試合開始できない。そのような姿を目にしていては、いささかにも興が冷めてしまう。そんな中でいきなり立ち上がったのだから、流石に観客一同も注目する。

「……」

 観客席の端から端までに目線を送ると、少し待って静まり返るのを確認してから、おもむろに口を開いた。

「皆の者、待たせてしまってすまない。余がなかなか戻って来ぬゆえ、気を揉んでいたのではないだろうか。これについては申開きをするつもりはない! 城内に戻った後、少しばかり話をしておったのだ! そして、観客席に戻った後もまた、そのことについて王子たちに詰められておったのだ! だが、それももう終いだ! 余がここに戻ったからには、試合はもう間も無く開始される! 誰もが待ち望んだ、決勝の試合である! このつまらぬ謝罪はこれまでにして、試合の行末を見届けようではないか!」

 この声明にどれほどの効果があったのかはわからない。だが、一部の者がこれを受けて歓声をあげた。すると、呼応するように周囲の者たちも声を上げ始める。そうして、観客席は一体となって大きな盛り上がりを見せた。

 流石に貴賓席の貴族たちは冷静な面持ちでその様子を見ているようだったが、それでも、今この場で味方につけるべきは観客席の国民たちであり、貴賓席の貴族たちではない。国王はひとまず安堵した様子を見せながら、改めて着席した。

「ふぅ。なかなかに気を使うものよ」

「父上、あれで良かったと思いますよ」

「ええ。幸い、皆お父様のお言葉に耳を傾けていたようですし。これで、あの者たちの首を刎ねる必要がなくなりましたね」

 涼やかな笑顔で言ってのけるゾフィーの言葉は、やはり恐ろしい。一応本人は「冗談である」と言ってはいるが、それをどこまで信じていいものかは、この場にいる全員が計りかねていた。

 少なくとも、国王は自分が任命した養育係にはそのような不遜な物の見方をさせるような者はいないと自負していたし、フランツも、自分と王女であるゾフィーとは教育の科目や教育係の態度の違いこそあれ、自分がそのような教育を受けてきていない以上、その辺りの観点は変わらないだろうと踏んでいた。そして、二人とも、身内としてそのような見方が育つような態度では接していない自覚はあった。

「お前のその言葉、もしかして、母上か?」

「お母様? 笑えないご冗談を。お母様もこの国の王妃、責任のあるお立場ですよ? 戯れでもこのような冗談は口にするはずがありません。ご安心くださいな。お父様も」

「……そうか。それなら良いのだ。よもや王妃が吹き込んだとあれば、それはそれで一大事だからな」

 安心したのも束の間、ではいつどこでこのような悪趣味な冗談を言うようなボキャブラリーを身につけたと言うのだろうか。結局のところ、そこが謎のままなのである。

「よもや、書庫の書物か? あそこであれば、古今の多くの書物が収められておる。かような物言いをする登場人物の出てくるものも一冊や二冊はあろう」

「なるほど! それはあり得ますね!」

「またまたご冗談を。あのような埃くさい場所、私が行くわけがないではありませんか。それよりも、ザルツラント侯爵、でしたっけ? あの方がお出ましになりましたよ?」

 ゾフィーの言葉に、真相の追求はお預けとなってしまった。武舞台に視線を向けると、確かにザルツラント侯爵が歩み出ていた。今やすっかり国民の人気者となっている男である。

「さ、今度こそ、試合始まりですね」

「ゾフィーよ、王女よ。この件は大会の後、しかと追求する故、忘れるでないぞ?」

 一言だけ釘を刺し、国王もまた武舞台に意識を集中させるのであった。




〜つづく〜

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