チャプター66
〜王城 一階 国王の控室〜
「始まりの言葉はあれでよかったか? 少し長すぎなかったか?」
「いえ、十分です。お見事でした」
大会期間中国王一家の控室として使うことにした応接室。その一番奥に置かれたソファに座っている国王は、カップに注がれた紅茶を口にしながら先ほどの『最終日開始の辞』についての意見を求めていた。相手は、今大会の運営において最も影響力を持つ中心人物、ルーヴェンライヒ伯爵である。
彼の一存というわけではないが、最終日に寄せて直接武舞台の中央で言葉をかけるように提案したのは彼であり、運営委員の中でも伯爵の意見は大きかった。
「騎士団としてだけでなく、国としてのこの大会への期待の表れと、騎士と兵士の分断の抑止、であったか? あの言葉だけでそれが伝わるとは思えぬがな。それに、多くを求めすぎではなかったか?」
「いえいえ、陛下のあのようなお言葉は、思い当たるところのある者は勝手に真意を推し量ってしまうものなのです。ですから、心にやましいところのある者には、ちょうど良い自戒になるというわけです」
伯爵はニヤリと笑みを浮かべながら解説してみせる。実際の効果がどれほどあるかはわからないし、それ自体もさほど気にしてはいなかった。ただ、あのスピーチを聴いていた者の中に一人ずつでも強く意識した者がいればそれで十分だった。きっと、その意識は伝播する。
元来の大会の目的は国王にも十分に共有されている。だから、今改めて説明するまでもないのだが、それをわざわざ口にしてしまうのが伯爵の性分なのだった。もちろん、国王も付き合いが長いのでそれを熟知しているし、今回のスピーチの目的の解説でもあるので、さほどくどいという印象はなかった。
少なくとも、わずかばかりでもその意義が強固になれば良いのであった。そのためには、国王自らによるスピーチを行うことは大きな効果と意味を思っていた。
「今大会については、そちに一任しておる。余はただ楽しむばかりだ。だから、細かいことは何も言うまいて。少しでも華と釘を添えられれば良いがな」
「華と釘、ですか。面白い言い回しをなさいますな。確かに、陛下直々のお言葉は大会に華を飾りますし、直接釘を刺されたような形でもある。お見事でした」
あまり白々しく褒められても嬉しくないが、立場上そういうことも多いのが国王というもの。だから、相手の言葉が本心かどうかはある程度見極められるようになっていた。もちろん、伯爵の言葉に嘘がないことははっきりと理解している。『王子様』と呼ばれてチヤホヤされていた子供時代は全ての賛辞を疑いもせずに喜び自分を過信していたが、大人になった今はそうではないことを理解してしまった。家臣の中にはお世辞を言う者も少なくない。だからこそ、忌憚のない言葉をかけてくれる伯爵のような忠臣の存在はありがたい。
「そなたに褒められるのは、いつも悪い気がせぬな」
「そうですか? そうおっしゃっていただけるのは光栄ですが、私は苦言も呈しますぞ?」
こういうやりとりができる相手は少ないので、たとえ耳の痛いことであっても率直に意見をくれる相手はとても貴重なのだった。どうしても、国王という立場に物怖じして意見を言えないことがある。即位してすぐの頃はまだ若かったために賛辞はお世辞であっても、苦言は本心から、というケースも多かったのだが、歳を重ね、国政でも実績を積み上げていくと、次第にそういうケースは減っていった。自分より若い家臣も増えてきた。だから、それを寂しく思っていたし、自分が道を誤った時のことを考えると不安にもなった。
「その、苦言の方が大事なのだ。これからも、言いたいことがあるならばいつでも遠慮なく言ってほしい」
「恐れ多い言葉です。でも、それも国王陛下の勅命とあらば、家臣として従うことにいたしましょう。尤も、私は武官ですから、見えぬこともあるでしょうが。さ、そろそろ御席へ行きませんと。皆を待たせておりますからな」
大会は国王の休憩時間に合わせて準備の時間ということで、試合はまだ始まっていなかった。決勝戦ということで、行われるのはひと試合のみ。例の八百長試合の釈明試合と優勝者への国王からの簡単な表彰といった予定はあったが、3位決定戦も予定しておらず、今までとは比べ物にならないくらい短い時間で片付いてしまう。トーナメント制で試合の行われる大会の宿命だが、徐々に少なくなっていく試合数も、この日がその最たるものなので、少しでも時間を引き延ばそうという思惑でもあった。そうなれば、わずかでもこのお祭りムードも続けることができる。
しかし、あまり待たせることもできない。そろそろ頃合いだった。
「うむ、参ろうか。最後の試合、実に楽しみよ」
「ええ」
二人は、柔らかいソファから腰を上げ、控え室を後にする。
☆☆☆
〜王城 中庭竜王杯会場〜
「試合、始まらないねぇ」
「ん〜? 何か準備してるんじゃない? それに、王様も引っ込んだままだし、王様がいなくちゃ試合も始められないでしょ。急に対応しなきゃいけない書類でも回ってきたとか、お手洗いに行ってるとか、そういう感じじゃない? 伯爵もいないから何か大会についての重要な話をしてるかもしれないしね」
国王が戻ってこないことで、一部の観客がざわつき始めていた。それは、フォルクローレも例外でなく、すでに暇を持て余し始めている。
まさか休憩がてら伯爵と話をしているとは思わない観客たちが騒ぎ出すのも無理はなかった。エルリッヒは冷静に判断して宥めようとしたが、理屈ではないのだ。感覚として『じっと待っていられない』のである。だから、どれだけ説明されようと素直に耳に入ってこない。
「そういうことじゃなくってさぁ〜。わかる? わかるかなぁ。あたしのこの感覚。たぶん、今ざわついてる人たちもおんなじだと思うんだよね」
「そういうもの? だとすると、私にはわからない感覚かも」
あれこれ思案してみるも、やはりフォルクローレの気持ちが理解しきれない。一般の観客がざわつくのはわからないでもないのだが、わずかなりとも運営側に近い立場としては、何かしら段取り上の理由があるのだろうと考えるのが筋ではないだろうか。そう考えると、「早くしろ」と急かすのは違うのではないかという結論に達してしまう。だから、フォルクローレの「事情を想像しても納得できない」感覚が理解できなかった。
「エルちゃんはいい子なんだよ。事情を想像して、感情をコントロールできちゃう。でも、あたしは無理だから。そういう、理性的な振る舞いは苦手っていうかなんていうか……」
時としてエルリッヒも舌を巻くほど合理的な考え方をするフォルクローレの口から「理性的な振る舞いは苦手」などという言葉が出たのでは、もう何も言えない。何かタチの悪い冗談のようにすら聞こえてくる。もちろん、フォルクローレがどちらかといえば感情のままに生きている娘だということは理解しているし、それが魅力なのも理解している。だが、小さい子供でもないのだから、こういう時くらいは状況を理解して振る舞ってほしいと思わないでもなかった。
「フォルちゃんと知り合って結構経ったつもりだったけど、まだまだ知らないことはあるな〜」
「何を唐突に。そりゃそうだよ。みんな、どれだけ親しくなっても相手の全部を理解することなんて無理なんだから。そういうのは、むしろ人生の先輩のエルちゃんから聞かされるもんだと思ってたけど?」
珍しく自分が諭すような物言いができて、ついつい嬉しくなってしまう。一方のエルリッヒは、自分の方が長くこの世界で過ごしているものの、結局のところ『人間ではない』という決定的な違いが引っ掛かり、たかだか20年くらいしか生きていないフォルクローレの物言いにも、真剣に耳を傾けてしまうのだった。
「そうかそうか、そういうものなんだね」
「もしかして、人間は親しくなったら全部理解し合えると思ってた? まさか〜! 今まで出会ってきた人のこと、思い出してみなよ〜。全部は理解できてなかったでしょ? お互い」
「二人とも、何を哲学的な話をしておるのだ? そんなに暇にさせてしまったか。いや、すまぬすまぬ」
会話に割って入るように頭上から響いてきたのは、先ほど武舞台の上で聴いたばかりの声だった。
「!!!」
「王様!」
ようやくのところで、国王は貴賓席に戻ってきたのであった。
〜つづく〜




